作品タイトル不明
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言質をとられないよう、慎重にアイリーンは話を進める。
「ハウゼル女王国は、我が国との良好な関係を望んでおられる、ということかしら?」
「そのとおりです。これは先の船の事故に対するお詫びもかねております。女王陛下も不幸な行き違いに心を痛めておられましたので」
ゆっくりと目を細め、扇を広げて顔を半分、隠す。
(不幸な行き違い。そう、そうくるのね)
ハウゼル女王国の女王試験の内容は、魔王と愛を育むこと。クロードの子どもを身ごもれるかどうかが試験内容だ。
これは女王の子どもが魔王の子どもであることを容認する、と暗に告げている。
ハウゼル女王国では女王の子どもであってもなんの地位もない。
だが、エルメイア皇国にとっては皇族だ。その子どもは、ハウゼル女王国から生まれながらにして承認と援助を受けられる人物になる。ハウゼル女王国の女王の血が混ざっているということになれば、魔王が皇帝になろうが、他国からむやみやたらと警戒されることはなくなる。
それだけの影響力がハウゼル女王国にはある。
「もちろん、エルメイア皇国のためだなどと一方的なことは申しません。女王試験はあくまでハウゼル女王国の女王を選ぶもの。その内容も決して政治に左右されるのではなく、女王陛下が夢見で得た正しい未来を歩むための道筋です」
「その、正しい未来へ向かうために次代の女王に課された試験が、『魔王と愛を育むこと』だとおっしゃるの?」
「はい」
「なんのために? 女王を目指すあなたがたの意見が知りたいわ」
それは、とまずうしろのふたりが並び出た。
「私は人々を幸福に導くためだと考えております。そのために必要な力なのだと」
「もともと聖と魔は神の御許ではひとつのもの。聖の象徴である女王と、魔の象徴である魔王が結ばれることは、世界のあるべき姿です。そこへ回帰するときがきたのだと思います」
「私は魔物とも仲良くするためだと思います」
頭が痛くなりそうな空論を遮って、置いてけぼりだった先頭の少女が声をあげた。
「魔物と争うのではなく、話し合えばいいということだと私は思いました。違うんでしょうか?」
扇で軽くあおぎながら、目を細める。
それはアイリーンと目指す未来と同じだ。だがそうそう受け入れられることではない。現に、他の候補生達からは無言の反発を感じる。
(……でもこの子がもし女王になったら、それがハウゼル女王国の方針になる)
ただ気になるのは、同じような内容の回答をゲームのテキストで読んだことだ。
4の悪役令嬢グレイスの回答として。
「それに魔の者と心を通わせるといった試験内容は、これが初めてではありません。実は数百年前にもあったことです」
「我が国の祖である聖剣の乙女が挑んだ女王試験ですわね。確か、魔を司る神に愛を教えよ、でしたかしら?」
「そうです。よくご存じですね」
声をはさんだアイリーンに、先頭の少女が感嘆の声を返す。ゲームの知識が正しいことはわかったが、だからこそ警戒が増した。
「皆様の考えはわかりました。ですが、皇太子殿下の子どもができれば、そちらではただの庶子でもこちらでは皇子や皇女。これは国の乗っ取りではないのかしら?」
「ええと……」
答えたのは、詰まった先頭の少女ではなく、やはりそのうしろのふたりだった。
「ハウゼル女王国がエルメイア皇国を乗っ取る理由はございません。ご心配なのであれば、生まれた子どもに皇位継承権を放棄させる誓約書もご用意しております」
「合格者に妃や皇后の位も必要ございません。ハウゼル女王国の女王陛下になるのみです」
不戦不可侵、慈愛の国、永世中立国の頂点に立つ、神聖ハウゼル女王国の王。
その地位は世界の頂点に立つのと同じことだと、口にされなくとも伝わる。
「私達を受け入れてくださいませ、皇太子妃殿下。この試験はあなたの地位を脅かすものではなく、この国を守るものです」
その説得に、反論の余地はなかった。
「――彼女たちに部屋を用意なさい。クロード様の愛妾候補として」
「ありがとうございます」
「アイリーン様!」
女官のひとりが非難するように声をあげた。
ついでに窓の外で雷が落ちた気がするが、アイリーンは笑顔を崩さない。
「こちらにメリットしかない、いいお話でしょう」
お前達が信用ならないなんて理由で、蹴ることはできない。相手もそれを見込んで押しかけてきている。
「賢明なご判断かと存じます。それで、クロード様はいつお戻りに」
「さあ、いつかしら。あの方はふらふら出歩くのが趣味で、わたくしも困っているの」
口調を変えて空とぼけると、相手がわずかに沈黙した。
扇を閉じ、足を組み直したアイリーンは、壇上から優雅に微笑み返す。
「そういうことなの。ごめんなさいね」
「……なるほど、愚問を申し上げました」
「ところで皆さん――特に、先頭のあなた」
「……私ですか?」
立っているだけだった少女がこちらを向く。アイリーンはにっこりと笑いかけた。
「お名前と、よければ顔を見せていただけるかしら。これからわたくし達、仲良くしなければいけないでしょう?」
「ハウゼル女王国では輿入れの際、顔を見せない決まりで」
「わかりました。皇太子妃殿下、大変失礼致しました」
反発するうしろを押さえて、ゆっくりと先頭の少女がヴェールをはずした。
ヴェールでまとめあげていたのか、つややかな黒髪がこぼれ落ちる。すらりとした佇まいには気品があった。瞳は、深い菫色だ。
聖なる力を持つ者の証。
「初めまして。私、グレイス・ダルクと申します」
「グレイス・ダルク……」
「はい。有り体ですが、女王にあやかった名前です」
はにかむグレイスに、そうとアイリーンは頷く。冗談ですむなら笑いたいところだ。
名前だけならまだよかった。だが、まっすぐな黒髪と、深い菫色の瞳。きりりとした眉に、凛とした顔立ち――『聖と魔と乙女のレガリア4』の悪役令嬢グレイス・ダルクとそっくりの顔が、アイリーンに恭しく礼をする。
(しかも試験内容が魔王に愛を教えろっていう4の試験内容とほとんど同じじゃないの!)
ゲームは終わっているはずだ。
だがゲームが終わっても現実は続くことを、アイリーンは知っている。