軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エルメイア皇国の自慢のひとつは、皇城だ。城下町のどこからでも見ることのできる高い尖塔と、時計台。美しさと威厳をかねた白亜の城。

だが、美しいばかりではない。城というのはいつでも権力争いの場だ。広々とした大理石の回廊を抜けた西の塔など、その代表例だろう。ずっと高貴な人物を生かさず殺さず閉じこめる幽閉場所として機能してきた塔だ。

現在の住人は、セドリック・ジャンヌ・エルメイア皇子と、その婚約者であり元聖剣の乙女であるリリア・レインワーズ。権力争いに敗れたこのふたりは、皇太子クロード・ジャンヌ・エルメイアが許さない限り、一歩たりとも外に出ることすらかなわず、ただ駒として都合よく使い捨てられるのみの存在である――。

「なんなのこの『百発百中★リリアの聖剣占い出店申請書』って!」

「あ、やっぱり聖剣恋占いのほうがよかった?」

「わざと言ってるのあなた。認められるわけないでしょう、立場を考えなさい!」

アイリーンの怒鳴り声に、鉄格子の向こうでリリアがむくれる。その顔に、クロードの執務室に届いた馬鹿馬鹿しい申請書を投げつけてやった。

現在、エルメイア皇国は来月の建国祭に向けて準備が進んでいる。大規模な祭典で露店が立ち並ぶのだが、よりにもよってリリアが出店を申請してきたのだ。

「ひっどーい。一生懸命書いたのにぃ」

「この申請が通ると思ったあなたの頭の中身を見てみたいわ」

「だってここの生活、暇なんだもの。アシュメイル王国が楽しかった分、余計にそう思うようになっちゃって」

「この生活を支えている国民に謝りなさい」

面会室こそ鉄格子でさえぎられてこそいるが、部屋は広く、豪華だ。天鵞絨の絨毯は隅まで敷き詰められているし、あつらえられたテーブルやソファも皇城のものと遜色ない。しかも奥には談話室とそれぞれ寝室がついており、ドレッサールームまであるはずだ。一日三食はもちろん、風呂も毎日入れるし、掃除ももちろん入る。怪我をすれば医者もくるだろう。

生かさず殺さないための、高貴な者の幽閉場所だ。ないのは自由。

そしてその生活を支えているのは、血税である。

「だから、せめて働こうとしたんじゃない。頑張ってるのにぃ」

「一万歩譲ってその心意気は認めてあげてもいいけれど、ふざけすぎていて顔を殴りつけたくなるわ。占いってなんなの、どう稼ぐつもりだったの」

「ほら、私ってアイリーン様と同じ、前世の記憶があるじゃない?」

リリアが唇の横に手の平をそえて、椅子ごと鉄格子に近づいてくる。

まさか内緒話のつもりだろうか。

「だからね、きっと当たると思うの。ゲームの知識で」

「ゲームのことだけしか当たらないじゃないの、詐欺でしょ!」

「だってハウゼルの女王陛下じゃないんだものー予知とかできなぁい」

「預言っぽいことやっておいてあっさりひるがえさないで……! あなたがそんなだから、ついにわたくし達の会話に誰もつっこまなくなったじゃないの!」

鉄格子を殴ると、リリアがきょとんとしたあと、アイリーンのうしろに控えている侍女のレイチェルと護衛のセレナに手を振った。

「この間は楽しかったわね! ふたりとも元気? 2の悪役令嬢とヒロインが並んでるってパッケージでもなかったのに、すごぉい」

「だからそういう発言をやめなさいと……!」

この世界は『聖と魔と乙女のレガリア』という、アイリーンとリリアが前世でプレイしたゲームの世界とそっくり同じだ。婚約破棄のショックで自分がゲームで雑に死ぬキャラ――悪役令嬢であることを思い出したアイリーンは、ゲームの知識で自らの運命を変えた。

他にも、魔王でありラスボスであった夫に降りかかる災難をはねのけるため、続編のラスボスを部下にしたり恋路を応援したりしてきた。

そして目の前にいるこの少女は『聖と魔と乙女のレガリア』のヒロイン、本来の聖剣の乙女だ。本来と注釈がついているのは、アイリーンがその聖剣を奪い取ったり、もう一度復活させた聖剣を消滅させたりしたからである。

そしてアイリーンの背後でこの奇天烈な会話を聞き流しているふたりは、2の悪役令嬢とヒロインである。何の因果か今はアイリーンの侍女と、召使いと見せかけた日雇いの護衛だ。

勝手に面会室の菓子をつまみながら、セレナがふんと鼻で笑う。

「今更あんた達の頭がおかしいことにつっこみなんかしないわ」

「セレナ様、失礼なことをおっしゃらないでください。アイリーン様は」

「レイチェル、フォローじゃない気がするからもういいわ。話をごまかさないでリリア様。いったい、どういうつもりなの。蹴られるとわかってたでしょう、こんな申請」

アシュメイル王国から帰還してすぐさまセドリックと共にリリアは幽閉場所に逆戻りになったが、こんな申請書を出されてしまうと、自分で足を運んで意図を確認したくもなる。

この女は何をしでかすかわからないアイリーンの天敵だ。しかたなくこの間は共闘したが、そこは変わらない。自らをプレイヤーと称し、この世界はゲームだと、生きている人間はキャラだと言い切るような女なのだ。

相変わらずの可愛いヒロイン顔で、リリアは首をかしげてみせた。

「こう、よくゲームでいるじゃない? 意味深なこと言うだけのあれ、やってみたかったの! 建国祭では占いの館を作って」

「そんなもの絶対作らないから。あなたは建国祭、第二皇子の婚約者として式典出席よ」

「じゃあ式典会場でやるわ! アイリーン様も頼っていいわよ。でも私の一番の推しだからって甘やかしたりしないんだからね? ちゃーんと主人公らしく頑張ってもらうから!」

「推しとか主人公とかいい加減、やめなさい。ゲームはもう終わってるでしょう、今更何をするって言うの」

この間、アシュメイル王国であった事件は『聖と魔と乙女のレガリア3』が舞台になっていた。アイリーンの記憶する限りでは、FDや移植は別としても、時間軸が現在に近いゲームは3ですべて終わっているはずだ。

だがリリアは大げさなまでに目を見開いて、鉄格子をつかんだ。

「4があるじゃない、神聖ハウゼル女王国の!」

「あれは大昔の話でしょう。最初の聖剣の乙女、エルメイア皇国ができる前のことよ」

「そうそう! ミルチェッタ地方に生まれたヒロインが、突然神聖ハウゼル女王国の女王試験の候補生に選ばれるのよね! 女王候補生たちが集まる学園都市でヒーローの愛をつかみとり、自分の出生の秘密を知るのよ……!」

「……そういえば、なんで女王国なのに男子学生がいたのかしら」

「女王候補生たちが集まる学園都市は特例扱いなの! ハウゼル女王国で生まれた男子は、そこで育てられるのよ。だからヒーロー達はハウゼル女王国育ちと、外部生。それにハウゼルは冬は男性解禁で、首都でお祭りイベントとかあったじゃない~ちゃんと覚えててよぉアイリーン様」

「ああそうだった……って、のらないわよその手には!」

すぐゲームだ設定だ言い出すリリアの価値観に、あやうく流されるところだった。

「それはゲームの話、ここは現実であなたは聖剣の乙女でもなく政争に負けた第二皇子の婚約者。許可なく外に出たらクロード様の魔力で首が吹っ飛ぶ魔法がかけられている、忘れたとは言わせないわよ」

アシュメイル王国に誘拐された騒ぎで無効になった魔法はきっちりかけ直されている。

だがリリアはそんなことに頓着しない。

「なんでなんでー? 気にならないのアイリーン様! 新聞で読んだわ、ハウゼル女王国では女王選抜の試験が始まったんでしょ! 4であったやつよ!」

興奮するリリアを冷めた目で見て、両腕を組む。

「うちに関係ないでしょう。だからゲームも関係ない、はい解散」

「今の女王陛下の名前、グレイス・ダルク・ハウゼルよ!? 4の悪役令嬢の名前よ!」

「あなた、わかってて言ってるでしょう。聖剣の乙女――4の主人公だったアメリアは、エルメイア皇国を建国する正規ルートでは、ハウゼル女王の地位を蹴る。でも、双子の姉への追悼として悪役令嬢グレイスを代々のハウゼル女王国の女王名にすることにしたって、エンディングで流れてたじゃないの」

「なんだあ、知ってるの」

この世界が『聖と魔と乙女のレガリア』というゲームにまったく関係ないとは言わない。そこかしこに設定は生き続けている。4だって現実にあった話なのかもしれない。

だがしかし、ゲームはゲームだ。ハウゼル女王国は不侵略不可侵を掲げる中立国、聖なる女性の総本山といわれる女王を頂点に戴く国だ。神剣を作り、聖石や魔石の技術大国として聖具や魔具はもちろん、神具と呼ばれる聖石と魔石を混合した道具も作る。

特に有名な道具は『真実の鏡』だろう。ハウゼル女王国に侵入しようとする男性や魔物を暴き出す鏡だ。

そういう、現実に存在する国だ。アイリーン達はその現実で生きている。

「とにかくこの申請書は却下よ」

「え~セドリック様にびらと看板まで頼んだのにぃ」

「婚約者だからって何を作らせてるの、仮にも第二皇子よあれは」

「アイリーン様だって知ってるでしょ。セドリック、ほんとは芸術家志望だったって」

「……それを知っているのは、わたくしじゃないわ」

前世の自分だ。暗にアイリーンが告げたことに、リリアはふっと笑いを返す。

「そうね? わかったわ、もう一度申請書作り直すから!」

「だから許可しないって言ってるでしょう」

「私、知ってるんだから! クロード様、魔力が不安定で体調が悪いんでしょ?」

セドリックが心配してたわ、とリリアが笑う。セドリックの心配は百歩譲って認めてやってもいいが、この女の耳に入れたことには要抗議である。

「残念ね。それについては対処済みよ」

「ふうん、ひょっとして聖王様に何か頼んだ? でも原因はまだわかってないんでしょ」

まるで原因を知っているような言い方だ。

だが、決して顔にも声にも出さない。肯定も否定もしない。

無表情をつらぬくアイリーンに鼻先を近づけて、リリアが笑う。

「それでほんとにゲームは終わってるっていうには、まだ早いんじゃない?」

申請書を押し返したリリアが、低い声を吹きこんでくる。

「気をつけて、アイリーン様。ハウゼル女王国の女王陛下の能力は、予知夢と過去視よ」

「……知っているわ、ゲーム関係なくね。女王に代々受け継がれる能力でしょう」

「まるで私達みたいじゃない?」

過去に何が起こったはずなのか、未来に何が起こるはずなのか知っている。

黙りこんだアイリーンは、申請書を握りつぶす。

「ゲームに迷ったらいつでもきて、アイリーン様」

「……お断りよ」

「そんなこと言わないで。特別に今、占ってあげるから! そうね、アイリーン様は――」

ふっと伏し目がちになったリリアは、妙に神秘的だ。

たとえ聖剣などなくとも自分が聖剣の乙女なのだと主張するように、神秘的な菫色の瞳がきらめく。

「今夜も魔王様とは結ばれない! 全年齢だから!」

「帰るわよ、レイチェル、セレナ」