軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラスボスの死亡フラグ

金が欲しかったからだ。

咄嗟に叫んだ言葉は、言い訳としては幼稚すぎた。だがもう始まってしまったことだ。止まらない。

金が欲しかった、わりのいい商売ができるからこそ仕えた。魔物を売ってやった、いい金になった、人間にだまされているとも知らずになんて間抜けな魔王様。

(――どうかどうか、私めに一切の情など残さずに、魔物になって生き延びてください。人間としての幸せをつかめないなら、せめて)

あなたに救われた命だ。いくらでも使おう。

たとえあなたに殺されることになったとしても、きっとそれが正しい命の使い道。

「――ッ!?」

いきなり覚醒した視界に、真っ白い天井が飛びこんでくる。違う、自分が住んでいた部屋の天井はもっと薄汚くて木目で――と思い出そうとして、自覚した。

それは前の部屋の話だ。

魔王であり皇太子クロード・ジャンヌ・エルメイアの従者であるキースの部屋は、修繕された古城の一画にある。主に婚約者ができたときに、そうなった。

起き上がり、寝台脇に置いてあった眼鏡を取る。ふうっと息を吐き出して、背中がびっしょり寝汗をかいていることに気づいた。

嫌な夢だった。

(クロード様に殺される夢なんてねえ。縁起でもない)

どうしてそんな夢を見たのだろう。ここ数日、アシュメイル王国であった事件のつじつま合わせに奔走した疲れが出ているのかもしれない。

起き上がり、洗顔と身支度をすませ、服に袖を通す。気を引き締めねばならない。

今日はこれから、アシュメイル王国から帰還する主を迎えるのだ。

「キース様! キース様、クロード様が戻られました!」

「思ったとおり、予定より三時間以上早いですね! まったく」

帰ってくるなという手紙の返事に『帰りたい』『反省している』『魔物達の顔が見たい』といった家を追い出された浮気夫のような情けない懇願が並んでいたので、予定時刻より早く帰ってくると思っていた。呼びにきた護衛のひとり――カイルもしっかり身支度をととのえていることに、ひそかにキースは満足する。

廊下に出ると、同じようにウォルトも身支度をととのえて待っていた。ふたりともクロードの行動を把握するようになってきたようだ。

「出迎えはエレファスさんですか」

「そーです。あいつクロード様の魔力借りたら好き放題転移魔法使えるんだもんなあ。クロード様、堂々の正面玄関からのお帰りだそうですよ」

「少し魔物達と遊ばせたら、身支度して皇城に放りこまないといけませんね。建国祭も近いし、仕事は山積みです。ゼームスさんに伝達お願いします、あとドートリシュ公爵家にも一報をいれないと」

スケジュールを頭の中で立てながら、外へ出る。今日はいい天気のようだ。

さあっと差しこむ朝日が、嘘のようにまぶしい。これは久しぶりに魔物達に会えて、魔王の機嫌がいいからなのでは――と思ったとき、正面玄関から聞き慣れぬ声が響いた。

「あれが魔物か! ほお……本当にここは魔物だらけだな!」

「いいからもう帰ってくれ。魔物達が脅えている」

「それはしかたあるまい、余は聖王だからな。というかお前、送ってもらっておいて早々に帰れとはなにごとだ。茶ぐらい出せ、恩知らずが」

「お前が結界を解いてくれれば、僕は自力で帰れたんだが?」

苦々しさを隠しもせず、クロードが相手をにらんでいる。ウォルトとカイルがぽかんとしているのも無理はない。キースだって、驚きで目を見開いてしまう。

魔物達だって遠巻きにながめているのは、驚いているからだ。

「で、これが魔道士か。お、あっちの者達も人間ではないだろう。なんだ?」

「……僕の護衛達と、従者だ。いいからもう、アシュメイルに帰ってくれ」

「帰したくば転移させてみるといい、できんだろうがな!」

「クロード様」

思い切って進み出ると、クロードがはっと振り向いた。その表情が妙に子どもっぽくて、予感がじわじわと期待に変わっていく。

「その御方は?」

「これは」

「アシュメイル王国の王に向けてこれだと?」

「これで十分だ。こっそり王宮から抜け出してきたくせに何をえらそうに」

「抜け出してこなければ、堅苦しい訪問の宴だのなんだの、お前も余も仕事に追い回されるだけではないか」

金色の髪を朝日に透けさせた華やかな男が、両腕を組んで魔王に向けて憤慨する。

聖王バアル・シャー・アシュメイル。魔王の魔力ですら無効化する、聖なる力の持ち主だ。

なるほど、と笑い出したくなるのをこらえて、深呼吸する。

「それに魔王城を見せるという約束だろうが」

「そんな約束を交わした覚えはない。そして見たんだから一刻も早く帰れ」

「――全員、よく聞きなさい。まずお茶とお菓子の用意を」

キースの声に、クロードが眉をひそめた。眼鏡を一度持ち上げて、目の奥にくるものをこらえながら命令を飛ばす。

「クロード様のご友人です! 絶対できないと思ってたクロード様のご友人! 逃がしてはなりません、粗相のないように! ウォルトさんとカイルさんはおふたりを客間まで案内して、エレファスさんは客間の準備をお願いしますよ」

「は、はい! わかりました今すぐ!」

「誰が友人だ! いやその前に絶対できないとはどういう意味なんだキース……!」

「真理ではないか。よいよい、余が! お前の初めての友人として! 今、現れたぞ! さあさあ、ありがたく出迎えるがいい!」

「ええ、どうぞこちらに! ご案内致します!」

「待て、どうしてお前が主賓扱いになるんだ……!?」

愕然としているクロードは、身内と認識した人間を『お前』呼びする自分の癖に気づいていないのだろうか。小さく笑うと、こんなやつに茶なんて出さなくていいと言い出した。そんな失礼なことができるわけないだろうとたしなめる。

本日が晴天な時点で口先だけなのはわかっているのに、往生際が悪い。

またひとつ、一度は諦めたものを主が手にしたのだ。

だからあの夢は、もう消えた過去に違いない。