軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚したからといって、油断してはならない。それは皇太子夫妻でも同じだ。

結婚の一歩目、初夜を失敗したのは油断によるものだとアイリーンは分析している。そのあとも隣国にさらわれて聖王の妃になったり魔竜を退治したり条約を結んだり外交をしたりして、時間だけを浪費し、夫婦とよべる仲にはなっていない。

だがそれも今夜で終わりだ。

アシュメイル王国から戻り、ばたばたと雑務を片付けて一週間ほど。建国祭が始まるまでは一息つけるようになった夫婦の寝室で、アイリーンは仁王立ちした。

「クロード様! 準備はよろしくて!?」

肌よし、化粧よし、寝間着よし、準備よし。気合い十分のアイリーンに、夫であるクロードは深く頷き返した。

「なんとか仕事は片付けた。人払いも終わった。聖王とも話をつけた。邪魔は入らない、今夜こそだアイリーン」

「ええ、今夜こそやり遂げましょう!」

「だがもう少し雰囲気がなんとかならないか」

「雰囲気ですか」

「そう、たとえばうしろのどう見てもいらない道具とか、片付けていいだろうか?」

クロードにうながされ、アイリーンは背後を見る。

寝台をまがまがしく飾っているのは、閨事に悩む夫婦のために考案されている道具だ。

視覚効果を狙った派手な色の枕に、寝台を取り囲む蝋燭の数々。あやしい色をした香が天蓋まで満ちており、サイドテーブルには念のために蛇やら何やらをつけた滋養強壮剤が用意されている。

バルコニーに出られる窓際には魔王復活の魔法陣が描かれた祭壇まで作ってみた。

自分も飾っていてどうかとは思った。だがクロードは魔王だし、こういう魔法陣があればリラックスできる方向に賭けてみたのだ。

「だめですか。わりと本格的なのですけれど、この祭壇。クロード様の回復用になるかと」

調子にのって、ゲームで見た魔王復活の儀式そのまま再現してみたのだが、クロードはしかめつらだ。

「だめだ。何を回復するのか知らないが、あるだけで雰囲気がぶち壊しだ」

「何が必要かわからないのでとりあえず全部用意したんですが……」

「レイチェルや皇城の女官達は反対しなかったのか?」

「しましたわ。でもアイザック達は賛成してくれましたし、夫婦のことですもの。クロード様と相談のうえ決めるべきかと――あっ」

ふいっとクロードが手を横に払った瞬間に、寝台が元通りになった。クロードが魔力でどこかに夫婦円満のための道具を片付けてしまったようだ。

「まったく必要ない」

「じゃ、じゃあこれはどうでしょう! リュックおすすめのアルコールの入った飲み物だと」

「待て、飲むんじゃない。君は酒に弱いとかそんなオチだろう」

いそいそ取り出した瓶とグラスも取りあげられてしまった。

「心配しなくても、僕の魔力は安定している。聖王からもらったこれのおかげでな」

クロードが自分の片耳につけている、紫水晶の小さな耳飾りを指さす。

聖王が自ら聖なる力をこめたそれは、聖王の疑似結界に似た効果があるらしい。巨大な魔力を持つクロードに対しては、不安定になった魔力を押さえこむ役割を果たしてくれている。

「腹が立つが、腐っても聖王だ。今のところ問題なく機能している」

「……そうでしたわね。いいお友達ができてよかったですわ、本当に」

「君まで冗談はやめてくれ。友達じゃない」

「あら、でもキース様が森の古城にバアル様専用の客間を用意したとか」

嘆息したクロードが、ガウンを脱いで椅子の背もたれにそれをかけた。

「いくら僕の魔力で殺せない同年代の同性が現れたからって、キースははしゃぎすぎだ」

「それが貴重なんでしょう。でもそれとは別に、クロード様の不調の原因をつきとめないといけませんわね……」

昼間のリリアの指摘を思い出して、顔をしかめてしまう。

「その前にすることがあるだろう?」

ひょいと片腕で抱き上げられた。そのまま寝台に向かわれ、アイリーンは慌てる。話がそれたせいで、勢いにのりそびれた。

「あ、あ、あの、もう少しお話をしましょう! そう、雰囲気を盛りあげてから……っ」

「心配しなくていい」

緊張をほぐすための頼もしい道具がなくなった普通の寝台におろされると同時に、唇をふさがれた。

「君は何もしなくていい。僕にまかせてくれれば」

「そ、それが嫌なんです! わ、わたくしも何か、クロード様に」

「なら、そのままの君をくれ」

赤い瞳に優しく請われて、抵抗する力が抜けてしまった。でもそれでいいのかもしれない。

(夫婦なんだもの)

ぎゅっと覚悟をして目を閉じる。

これで本当に、自分は魔王の、クロードの妻になれる――。

がたっと音が鳴ったのは、その時だった。

ぱちりとアイリーンは目を開く。アイリーンの夜着のリボンをほどこうとしたクロードの手も止まった。

「……今、何か、音が……」

「気のせいだ。絶対気のせいだ。気のせいじゃないと許さない」

「で、ですが」

がたがたがたっと再度音が響いた。外ではない。寝室の中からだ。

「クロード様」

「ここまできて邪魔が入るなんて、そんな馬鹿な……っ!」

絶望にそまるクロードの顔を、がっと横から光が照らした。

光源に目をやったアイリーンは、クロードを押しのけて体を起こす。

「ま、魔王復活の祭壇!? え、どうして」

ノリで作ってみただけの祭壇だ。ゲームでだって魔王復活の儀式は失敗していた。

そもそも魔王はここにいる。

だが、祭壇を中心に魔力の爆風が吹き荒れていた。鍵がはじけ飛んでバルコニーの扉が内側から開く。カーテンがばたばたとうるさく、家具まで揺れ出した。

「アイリーン、僕から離れるな」

片耳を押さえたクロードがアイリーンを抱き寄せる。耳飾りの紫水晶が、真っ白に染まっていた。聖なる力が発露しているのだ。

「ま、まさか魔力の暴走ですか?」

「違う、あっちだ。あっちの祭壇の魔力に反応してる」

がっと魔力に満ちた光が炸裂した。部屋が白銀に包まれ、目がくらむ。

「――ああ、久しぶりだな。人間の世界。いやあ、手頃な出口があって、助かったよ」

粉々に砕け散った祭壇を踏みつけて、影がひとつ、伸びる。

クロードに横抱きにされたまま、アイリーンは目をこらした。

はね気味の白銀の髪がさらりと流れ、その造形があらわになる。その美しさは、完璧に造られた美術品のようだった。すっとした鼻梁も薄い唇も、頬の輪郭も、睫の先すら、神の手で造られたように美しい。

目にした者の心をすべて奪っていくような、暴力的な美。まるでクロードのような。

(う、そ……)

知らず、クロードの服の裾を強くつかんだ。

その瞳は、赤。魔力を持つ者の証。その血塗られた目がゆっくりと嗤い――潤む。

「クロードおぉぉぉうあわぁぁぁぁんお父さん会いたかったよおぉぉぉ!」

突進してきてクロードに抱きつくと同時に、突然現れたその男性はアイリーンを突き飛ばした。

「大きくなったね、赤ん坊の頃なんか知らないけど! うんうんでも僕の息子だなあ、可愛いなあ。わかるかい、お父さんだよ!」

「さっぱりわかりませんわよ!」

寝台の上ですぐさま体勢を整えたアイリーンはクロードに抱きつき直す。

そうするといきなり祭壇から現れた不審者にじろりとにらまれた。

「えっ君、誰。うちのクロードになんの用かな」

「うちの? わたくしはクロード様の妻ですわよ!」

「うっそ、お父さん承諾してないよ! お前いつの間に結婚したの! あーどうりであっちが怒ってるわけだよ……お父さんだって許さないからね!」

「許すも許さないもありませんわよ、もう結婚してますから!」

「えーじゃあ離婚しなさい」

「クロード様に何をしてるの!」

アイリーンは右手に召喚した聖剣を、その男目がけて突き出した。人間ならきかない。

だが、魔物なら。

ばちっと音を立てて、その男の手がクロードの肩からはじけ飛ぶ。

「聖剣かぁ、懐かしい。だいぶ魔力が削られちゃった」

手応えはあった。だが、それだけだった。

なんでもない顔で、男は笑う。

「それに、耳飾りが邪魔だなあ。――魔界に強制送還は無理か」

男が嘆息すると、クロードが寝台に手をついて息を吐き出す。

ずっとこの男の魔力に縛り上げられていたのだ。

アイリーンは慌ててクロードの体に両手を回し、支えた。

「クロード様、大丈夫ですか。どこか痛いところはありません?」

「だい……じょうぶだ。動けなかっただけで」

「なるほどなるほど、その程度はできる女の子なわけだ。でもやっぱり誓約的にはまずいでしょ。もう本体の封印がとけかけてるし……わかるだろう、クロード?」

上から見下ろすようにして、その男は赤い瞳をきらめかせた。その唇から浮かべる笑みの残酷さも、美しさも、そっくりクロードと同じだ。

いや、正確には違う。

クロードが同じなのだ。

「潮時だから帰ってきなさいって、お父さんも何度も警告しただろう。なのにお前、ちっとも耳を貸さないから、直接迎えにくるしかなくなったじゃないか」

この男の顔を、アイリーンは知っている。

「……あなた……名前は」

「人間ごときが、神に名を問うか。――なーんてね! こういう言い方すると奥さんに怒られちゃうんだよねぇ……」

ゲームが終わったとは限らない。つい昼間に聞いた言葉が耳に蘇る。

「僕の名前はルシェル」

名前は同じだ。

「クロード。君のお父さんだ」

「……覚えがまったくない」

「じゃあ言い換えよう。――この世界の、一番最初の魔王。魔を司る神だ」

設定も同じ。ぎりっと唇をアイリーンは噛んだ。

(『聖と魔と乙女のレガリア4』の、ヒーロー兼ラスボス……!)

「魔界に帰りなさい、クロード。本体にのっとられて、本物の化け物になりたくないだろう?」

そう言って、何もかもを見透かしたようにルシェルは慈悲深く美しく笑った。