作品タイトル不明
終わりのキッドは抱きしめる
どうしてキッドが自分を刺したんだろう。
刺したのが自身だと言うのに、キッドはどうして、涙を流しているんだろう。
死ぬほど後悔している声で、ミックに呼びかけるんだろう。
「ごめんな、ミック。本当に。お前は辛かったんだろう。あの中に居たかったんだろう」
キッドの秀麗な顔が思い切り泣いて歪んでいる。そんな顔、したこと、一回もなかったのに。
自分が泣かせている事実が、ミックには悲しかった。
「キッド」
「刺した瞬間の手応えでわかった。……お前まで、刺しちまったって」
ああ、この人は自分まで刺すつもりがなかったんだと、ここでミックも気づいた。
きっと、ミックの外側を刺そうとして、ミックがいる場所まで短剣が到達したんだ。
胸を刺されているはずなのに、ミックには考える余裕があった。
それがミック本人にもとても不思議だったけれども、キッドが泣いていることの方が重要で、泣かせたくないとそればかりを思ったのだ。
「ルークと合流したんだ。そうしたらあいつが、お前に繋いだ魔導骨の一部が、腕の長さに合わなかったから残っている、それを埋め込めばミックの居所がわかるとか言いやがって」
ミックは何も言わなかったけれども、キッドは続きを待つミックがわかったらしい。
「ルークに頼んで埋め込んだんだ。そうしたらお前の記憶が見えちまった」
あの非道い記憶が、キッドに知られてしまったのだ。知られたくなかったのに。あんなもの、他人に体験させたいなんて、ちっとも思わないのに。
ぼんやりとミックはそう思った。キッドは泣いているままに続ける。
「ひどいな。お前の失っていた記憶は、あんなにひどかったんだな」
「……うん」
「忘れてたほうが、良かったな」
「……うん」
「男の方が耐えられない記憶だったぜ。あんな、あんな目に、お前みたいな女の子が遭わされた」
優しいな、とミックはキッドのことを改めて思った。キッドは優しい人だ。だってあの記憶のことで泣いてくれる。
「伝承の魔神は、人間の絶望を飲み込んで力を増す。……あんなことをされたお前の絶望を、腹一杯に飲み込んで、洒落にならない強さになって」
ミックは前後関係がわからなかった。魔神はキッドの話す星の話の中に出てくるばかりで、黄金の時代の伝説で、今に関係があるはずがない。
それなのにこんなことを言うなんて、まるでミックの外側に、それがいたみたいだ。
……そう言えば。最後に立ち寄った島には、魔神の肉体を封印している祭壇があるって話だった。
そこでミックは徐々に、自分の記憶がぶつ切りになる前に、どこをどう走ったのかを思い出してきた。
思い出した記憶の衝撃と苦痛で、とにかく止まっては居られなくて、建物を飛び出し、引き寄せられるように、建物の影に隠れているような洞穴に飛び込み、洞穴を一直線に突き進んだのだ。
突き進んで、息が切れても走って、もう息がまともじゃないくらいになって、やっと立ち止まった時。
……眼の前に、何かを祀る道具が一式あったのだ。
ミックがミカだった頃に覚えている道具とも型式の違うものだけれど、何かを祀ることくらいは伝わってきて、おそるおそるそれに手を伸ばした時。
道具から、出し抜けに真っ黒なものが吹き上がって、あ、丸呑みされる、と直感的にわかったミックはそれに抗うようにピストルを入れていたホルダーからピストルを抜き放ち、立て続けに三発、次々にピストルを引き抜いて打ちまくったのだ。
それは黒いものから抗うためだったけれども、がしゃんがしゃんと何かをいくつも壊す結果になった。
壊れるほどに黒いものの質量も濃度も増えていって、それが肌に触れた瞬間に、ミックの頭の中に過去の痛みが最大級と言わんばかりに走り抜けて、声がかれるほど絶叫したのだ。
そこからの記憶がとても曖昧だった。そこからどうしたのか、なんで洞穴の中に居たはずの自分が、こうして暗いけれども空を見上げる場所にいるのかがわからない。
キッドに抱えられて、空が見えたからそんなことを思ったのだ。
……推量するに、あれが魔神の肉体を封印している道具だったんだろう。それを、盛大に壊したんだ。だから魔神に飲み込まれた。
飲み込まれたから、魔神の力が増すようにと、ずっと、際限なく過去の記憶を見ていたのだ。
都合の悪い優しい記憶を思い出さないようにされて。
「……キッド」
「なんだ?」
自分は直に死ぬんだろう。心臓のあたりを刺されているから、おしまいだろう。
だから、最期は、と、キッドの温情で、死ぬまで腕の中に入れてくれているのだ。
ミックには、キッドがわざと自分ごと魔神を刺したなんて考えは浮かばなかった。
それは、義手から伝わるキッドの感情が、そう言ったものを含まないからだ。
つながった魔導神経が伝えてくるのは、キッドの後悔や悲しみだった。感情は伝わるけれども、それに至る思考回路は伝わってこない。
だからキッドの考えはここまで来てもわからない、でも。
「ありがとう。……助けてくれた」
そこまで言ってから、ミックはようやく、自分の本当に欲しかったものに気がついたのだ。
自分は。
記憶を失う前の、ミカだった頃から。
「ずっと、……誰かに、助けてもらいたかった」
それだった。苦しい孤児院時代には、助けが来るなんて夢物語だったから考えもしなかった。
でも、そこから出て、意味不明な拷問を受け続ける中で、ミックはずっと、まともな感覚の人に、助けてもらいたかったのだ。
記憶がすっぽりなくなってからも、ずっと。
欲しかったのは、理不尽な運命から、助けてくれる、助けようとしてくれる誰か。
自分の道は自分で切り拓けという意見もあるだろう。
だが……切り拓けないほどに、運命が本人の行動を制限するようなものだった時は、誰かの助力が必要だったりするのだ。
ほんのわずかでも。
そしてそれが、この今まで、なかったのが、ミックの人生だったのだ。
「ありがとう。……これで、」
もう体が限界なのだろう。魔神の腹の中に居たみたいだから、人間が魔神の腹の中なんて耐えぬけるわけがない。
それに加えて心臓のあたりを一突きされているから、もう。
意識が霞んでいく。呼吸がうまく行かなくなっていく。視界もだんだん濁りだした。
「キッド。あのね」
「……ああ、大丈夫だ。なんにも怖いことなんてないぞ」
ミックの終わりを、魔導神経ごしに感知したのか、キッドが優しい顔でミックの頬を撫でて、また抱きしめて、髪を撫でて言う。
「なんにも、怖いことなんて。俺もすぐに追いついちまうからな」
ミックはそこで、ぼんやりと触れたキッドの腹の半分が、どうしたものか、吹っ飛んでいるという現実を知ってしまった。