軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暗闇ミックは気がついた

視界いっぱいの暗闇か、それとも生傷に塩を塗るような、いいや、もっとひどい感情を呼び起こし、痛みをともない、もうやめてくれと絶叫する過去の記憶を見るか。

どこかわからない場所で、ただふわふわと漂うミックが意識できたのはそれくらいだった。

暗闇は怖かった。自分が存在していないような気分にさせられて、自分の手元すら見えなくて、そう、この見晴るかす義眼を持ってしても見えなくて、だから一層怖くて、ただただ、怖いと思った。自分が消えていく気がするのは、こんなにも怖いのだ。

だが、だから過去の記憶を繰り返し目にすることの方がましかと言われると、そんな簡単な話ではない。

それらが視界に移り、繰り返し再生されることも、また、ミックにとってもうやめてくれと懇願する苦痛だった。

どちらにしても、ミックをその二つはひたすらに苦しめ続けたのだ。

気が狂わないほうがおかしなくらいに、ミックの精神はすり減らされていた。しかしミックはまだ正気を手放せなかったことこそ、彼女の不運なのかもしれない。

そして、それらがとぎれる時にミックが思うのは

こんなせかいはほろぼしてしまえ

なのだから、ミックが受けている苦痛と絶望などが、どれだけ想像を絶するものかわかるかもしれない。ミックはとにかくこんな目に合うのは、世界があるからだと、そんなことばかり思ったのだ。

世界があるから苦しむのだ。

世界があるからこんなひどい目に合うのだ。

世界があるからそんなことを許す奴らがのうのうと生きているのだ。

殺すだけでは飽き足りぬ、何も悪いことなんてしていなかった、ただ日々を必死に生きていただけの自分を、よくもわからないことであんな目に合わせるんだから、そういった奴らが生きている世界こそ滅べばいいのだ。

ミックの思考回路にはそんな考えが何度も繰り返され、ミックはただただ世界よ滅べと、苦痛と呪の声を吐き出し続けていた。

終わりにしたいと思うのだ、こんな苦痛を終わらせてしまいたいのに、何者かの声がこう冷酷なまでに告げてくる。

「お前はいきたいと答えたのだ」

それがその何者かとの取引だったのだろうか、ミックはいつどこで何者にそれにまつわる取引をしたのかの覚えがなくても、答えを返したのはきっと間違いがなくて、だからまだ生きていたのだ。

生きたいと答えなければ、何か別の終わらせ方が存在したのかもしれない。だがミックはいきたいと答えたのだから、この絶望は終わらないのだ。

助けてと言う言葉はすり減るほどに繰り返されて、誰も何も助けに来ないという現実が広がるばかりだったから、ミックはとうにその希望を捨てていた。

誰も来ないし何も来ない。

助けも救済も来るわけがない。

こんな暗闇にどうやってくるのだ。

それがミックの諦めだった。

その希望を諦めて、ただミックは、終わりなど永遠に来ない苦痛の中を、漂っていた。

そんな漂いの中でも、一瞬くらいは他のことを考える瞬間ができるものだ。

その時ミックは、突拍子もなくこんな夢想を始めた。

世界が終わったら世界はどうなるんだろう。

世界よ滅べ、それは強い願いであり命令であり使命だ。でもそれが終わった世界ってどんなものになっているんだろうと、偶然思考の片隅にそんなものが芽生えたのだ。

世界が終わってしまったら、残るものはいったいなんだろう。

生き物一匹、草一本も生えないのが、世界の終わりというやつなのだろうか。

誰も居ない、ただ、永遠に孤独に寿命が来るまで時が過ぎていく世界が、すべてが終わった世界なんだろうか。

そこまで考えた時だったのだ。

ぼろぼろのずたずた、気が狂っていないほうがおかしいくらいの状態の頭の中に、優しい声が思い出されたのは。

それは潮風にしゃがれた男の人の声で、若干酒やけしていて、でも思い出せる限りとびきり優しいのだ。

声が何かを話し出す。……空のお星さまのお話だ。それをずっと聞いていたいと思うくらいに好きな声。

淀みなく、途切れなく、とうとうと語られる星星の伝説。

ミックはそれを思い出した時に、隣から抱えられた温かい体温を思い出した。

その声の持ち主は、ミックをなんだかんだと叱ったり呆れたりしていたけれども、ひどいことはしなかった。それは絶対の事実だった。

乱暴な扱いはされたこともあるけれども、どちらも悪意なんてなかったし、最悪のことをしようなんて気持ちは芽生えてこなかった。

そんな相手のことを、ミックはここで思い出したのだ。

その誰かの名前を思い出そうとするのに、名前がどうにも出てこない。

あなたは誰だ、あなたは、あなたは、優しい声のあなたの名前が、とびきりの名前が思い出せない。

思い出せないことが苦しいその瞬間に、ミックは突然思ったのだ。

世界が滅んでしまったら、この優しい声の誰かも消え去るのだろうか。

どくん、と意識することなどずっとなかった心臓のあたりが跳ねた。

俺は、この、優しい声の誰かを、名前を思い出せないことがこんなに苦しい人を、消し飛ばしたいのだろうか。

心臓のあたりがどくどくと、緊張なのか何なのか、異様な速さで跳ね回るように脈打ちだす。

この人を消して、まで、俺は世界を滅ぼしたいんだろうか。

その疑問は今までどうして頭に芽生えてこなかったのか、と思うほど自然な問いかけだった。

思い出せる限り、思い出そうとしても、その人が何か非道いことをしたという感情は思い出されない。

思い出されないのだから、自分にその人はひどいことはんてこれっぱかりもしていない。

記憶を思い出そうとするほどに、思い出されるのは優しい体温と腕の中の安心感と、苦しい思いを和らげる声だった。

俺には、この人のような人が居たのだ。

この人のような人が居た、いいや、いる。

なのに、世界を滅ぼすという舵取りをしていいのだろうか?

疑問が頭の中を跳ね回りぐるぐると回転し、ミックは知らず膝を抱えた。周りを取り巻く暗闇が、音も立てないのにざわざわしている気がする。

それは、思いも寄らない何かが起きたような反応で、ミックは暗闇の中にいるのだけれども、ぎゅうっと目を閉じてみた。

その時だった。

腕、が、痛んだ。それは記憶の中で、骨がぐちゃぐちゃになるほどに暴力を受けた側の腕で、もう使い物にならないはずの側だった。

そちらが、不思議な痛みに襲われたのだ。

痛い、というよりも、腕を通して、何かが伝わってこようとする感覚だ。

何か、熱い何かが、ミックに伝わってこようとしている。

もう、怖いのも痛いのも熱いのも勘弁してほしかったから、ミックはそれを振り払おうとした。

しかし。

掴まれた、という感触が、腕から伝わってきたのだ。腕の内側の何処かから、たしかに何かに掴まれたという感覚が湧いて、そこから頭にぶち込まれたのは、ミックの知らなかった感情だった。

その感情は、ただ、ミックを案じて、生きていてほしいと願う、あまりにも単純明快な感情だった。

この感情に触れたその瞬間に、ミックは思い出した。

「……きっど?」

優しい声の主を、ずっと助けてくれていた頼もしい人の存在を、そして。

大好きな、お頭の名前を。

次の瞬間、ミックを取り巻く暗闇がぐねぐねとのたうち回り、ミックは何かから吐き出された。

そして。

「……ミック」

彼女はやっと思い出したお頭に抱き寄せられていた。

「ミック、すまない、こうする他に道が見つからなかった」

何かを言おうとしたのだ。でも、声が出せない。そこでミックは、

自分の心臓のあたりに、キッドの愛用の短剣が突き刺さっていることと、キッドが血まみれだということで、知ったのだ。

キッドが、自分を何かの外側から刺したのだと。