作品タイトル不明
仰天キッドは知らされる
キッドはその世界が大荒れになったすぐ、ミックの飛び込んだ洞穴が落雷により塞がった後に、小さな村に起きた異変に絶句したのだ。
それは当たり前の反応だった。なにせ。
「やっと皆を解放できる!!」
誰かに手助けを求めなければ、あの塞がった洞穴の中のミックを助けられない。そう思い村に戻り、宿として借りていた建物に戻った時に、建物の中の、一番大きな部屋で祈りを捧げていた老婆がひっくり返ったように大笑いをしたと思うと、その次の瞬間に、ミックのは言った洞穴を塞いだ落雷とは比べ物にならないほどの大きな落雷があって。そして。
建物の中で熱心にお祈りをしていた村人たちが、一斉に骨に変わったかと思うと、その骨すらくちて砂に変わり、風に流されていったからである。
これがどういう意味なのか、さすがのキッドでもわからない。
だがたった一人だけ大笑いをしていた老婆はそのままで、老婆は大笑いをし続けていたから、キッドは片手にで短剣の柄を握りながらも、彼女に近づき問いかけたのだ。
「一体どういうことだ? この村は何だったんだ?」
この言葉に老婆は笑い続け、しかしキッドに気づいたように反応してこう答えた。
「あっはっはっはっ!!! ああ、あなたはお客様。魔神の霊を連れてきてくださったお方ですから、お答えいたしましょうね。この村は封印の村。黄金の時代に、神々によって、その運命を与えられてしまった小さな村でございます。魔神を、肉体と魂にやっとの思いで分けた神々は、しかし自分たちでその両方を滅ぼすことはできませんでした。滅ぼせないように、神々が作ってしまったからでございます。しかし放っておけば人間たちの争いの材料にされるであろう魔神のあれこれをほうっておくことも出来ず、人々が簡単には来られない小島に暮らす小さな村一つを、封印の一部といたしました」
「黄金の時代から……!?」
伝説と言われている時代からだと。馬鹿な話だと普通は思う。
そのとんでもない言葉を信じるか信じないかは人によるだろう。だがキッドは眼の前で沢山の人が骨になり砂になり消えていった光景を見ていたから、老婆の言葉が真実かもしれないと思えたのだ。
「封印の一部とされた者たちは死ぬことも楽になることも出来ず、ながいながいながい、気の遠くなる程の長い歳月の間、この島で終りが来ることを望んでおりました。この島から出ていけばと望みを託した者たちも、必ず島に戻され、深く絶望いたしました。皆終わりを祈り続け……ある時魔神の声であろうものがこう言ったのです。
われがほろぶか、 われがかいほうされるか。そのとき皆を解放してやろう。
と。その言葉を皆信じて、時折訪れる旅人から世界の話を少しずつ聞き……あれこれと解放される可能性を探しておりました。そんな時、貴方がたがいらっしゃったのです。魔神の魂を宿した少女と、封印を解いた殿方が!」
「俺はそんな封印だのを解いた覚えはないぜ」
「ええ、ないでしょうとも。あなたは魔神の魂が封印されていた呪われし聖具の、その鎖を引きちぎっただけ。まさかその事で、魔神の魂が聖具から剥がれ、少女の中に染み込むなど、想像もしなかったでしょう!!」
聖具。鎖を引きちぎる。キッドは記憶をあさって思い出した。あの時か。
「ミックを船に乗せた時だな……あの純金でできた聖具が、まさか」
その行動に覚えがあったキッドが呟くと、老婆は頷いた。そのとおりだという態度で。
「そう。魔神を封印した聖具は、神々の血が黄金であったゆえに、流された血を固めた結果混じり気のない純金でありました。そして完璧な形であればこそ、魔神はそこから出ることが叶わなかったのです。しかし貴方はその鎖を引き千切った!」
たしかにあの聖具は他のどんな効果な聖具よりも精密に作られていた。鏡面のように磨き抜かれた、完璧な真円のような形をとり、何から何までとびきりに見事な作りだった。
それ故に、売り払おうとした際に目が飛び出る高額になって、船の修理費を増やすことが出来たのだ。
老婆はよほどの興奮状態なのか、いまだ笑い続けているが、彼女も徐々に徐々に、ミイラのように乾き出している。なぜ彼女だけ即座に骨にならないのか、と一瞬ばかり疑問がよぎったキッドであるが、笑う老婆は続けた。
「魔神の魂は少女に乗り移りました。そして彼女が愛する者の接吻を受けた時に、彼女の魂と混ざり合い、言葉を与えました。そうでなければ喉を魔術で潰された彼女は、声など取り戻せるわけもなかったのです」
「おい、まて、ミックが魔神になっちまったって言ってんのか!?」
藪から棒にという言葉があるが、それに近い気持ちだった。人間が魔神に変わるなど、古今東西聞いた試しがない。あらゆる海の伝承を、趣味で集めるキッドが聞いたことのない、あり得ないであろう言葉を老婆が言っているわけだ。
それの何がおかしい、という態度で老婆が言う。
「魔神は長きにわたり、聖具にかけられた術でその魂を聖女に削って与えさせられ、魂がやせ細っておりましたから、安定するためには人間の魂と混ざり合う他なかったのです」
キッドは言葉を失った。自分はミックが突然喋れるようになったと喜ぶべきではなく、疑うべきだったのか。
だが疑って、ミックをどうすればよかったのだ。あんなに、自分を慕う一途な船員を。
何も危害を加えてこない、本当にただの娘だったのだ。ちょっと狙撃がうまいだけの。
老婆はキッドの内心など知るものかというように続ける。
「そしてこの場所で眠った少女の魂は……魔神が寝泊まりするものへの祝福として客室にかけた、”幸せな過去を夢見る”という祝福を引き金にすべてを思い出しました。思い出した彼女は何を思い出したのか知りませんが、それに耐えきれず……あちらに行きました。あちらには封印された魔神の肉体に至る祭壇がありますゆえ」
老婆が示した方角は、ミックの飛び込んだ洞穴の方角だ。つまりミックが祭壇に飛び込んだということでもある。
そう継げる老婆の体も骨に変わりだしている。そろそろ肺もくちていくのだろう声は、かすれかすれでやっと聞き取れるものだった。
「あの落雷は復活の落雷。魔神は稲妻を眷属とする最高神にならぶ神。魔神は復活し、私達はこれでやっと休むことが出来ます。ありがとうございます、旅のお方。あなたに祝福があらんことを」
「ミックはどうなるんだ、おい、まて、砂に変わるんじゃ」
キッドが我に返って言う時に遅く、老婆の姿は砂に朽ち、さらさらと失われていったのだった。
「……」
キッドは凄まじい豪雨の外を睨み、とにかくあの馬鹿を追いかけなくてはと考えた。魔神がどうたらこうたらというのも、確かめたかったのだ。そして外は明るい。雷もすごいためか、なかなかに外は明るいのだ。
「魔神が肉体を取り戻したらあいつはどうなるんだ」
魔神の魂と混ざったとか言われたあいつの、あいつだけの魂は。
「ミック!! 返事をしろ、おいミック!!」
キッドは外に飛び出して、雨の中、もう一度洞穴のところに向かい、吠えるように名前を呼び続けた。
「ミック!!」
どれだけ怒鳴ってもミックの返事はない。雨がやみ雷が収まるまで慎重な行動を取る他ない。嵐がおさまるまで持つ他ない。
キッドは舌打ちをしてから、建物の中に戻り、誰も口にすることのなくなった食料を、一人かじったのであった。