軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

キルサスの誤算

聖剣の団の屋敷の一室で、キルサスとエレナが話をしていた。

「……とりあえず、ゼルディア討伐の報酬が入ってきたのはよかったわね」

「そうだな」

キルサスはテーブルの上に置かれた数枚の大金貨を見つめる。

「遠征の費用を差し引いても、プラスにはなるか」

「ええ。ただ、団員が三人犠牲になったわ」

「それは仕方がない。あの骸骨戦士は強いモンスターだったからな。神樹の団や月光の団も犠牲者を出しているし」

「……そうね」

エレナは、ふっと息を吐く。

「ヤクモは一人で大金貨十枚以上手に入れたみたいよ」

「……だろうな。ゼルディアに止めを刺したんだから、それぐらいはもらえるだろう」

「キルサス……」

「ああ、わかってる。君は正しかったよ。ヤクモは追放するべきではなかった」

キルサスは金色の髪を整えながら言った。

「基礎魔力が増えれば、雑魚スキルもほどほどには使えるようになるようだ」

「ほどほど?」

エレナの眉がぴくりと動く。

「ヤクモはゼルディアを倒したのよ。ほどほどなんてものじゃない。【紙使い】のスキルはとんでもないスキルよ」

「それは違うな。たしかに紙で戦うやり方は相手の意表をつける。だから、ゼルディアも大技を避け損なった。それに……」

「それに何?」

「ゼルディアはヤクモと戦う前に十二英雄の二人と戦っていた。魔族殺しのキナコともな。あの三人がゼルディアに大きなダメージを与えていたんだ」

キルサスは笑みを浮かべて、エレナに歩み寄る。

「瀕死の状態だったゼルディアは空に逃げようとした。そこでヤクモは紙を足場にして追いかけた。そしてあの大技で止めを刺したんだ。本当に幸運な男だよ」

「運で倒せたってこと?」

「運だけではないが、その要素が強いだろう。あの大剣の威力は強いだろうが、すぐに消えていた。つまり、一発勝負の大技ってことだよ。僕なら避けることができる」

「それはどうかしら?」

エレナは首を右に傾ける。

「ヤクモがあの技を出すとわかってれば、避けられるかもしれない。でも、そうじゃないのなら、避けるのは難しいと思う」

「それは君が魔道師だからさ。白兵戦がやれる冒険者なら、あれはかわせるね」

「だけど、ゼルディアはかわせなかったわ。十二英雄二人を白兵戦で圧倒していたゼルディアが避けられなかったのよ」

「それは魔法の壁を使ったからさ」

キルサスは肩をすくめる。

「ゼルディアはミスをした。あの状況なら、魔法の壁を具現化せずに大剣を避けることが最善だった。まあ、宙に浮いていたことで避けにくかったのかもしれない」

「でも……」

「エレナ」

キルサスがエレナの腕に触れる。

「君に言われなくても、今の僕はヤクモを認めている。彼はCランク程度の実力があると思ってるからね。だから、聖剣の団に戻そうとしたんだ」

「アスロムとシルフィールは、ヤクモをもっと高く評価してるみたいだけど?」

「ヤクモはゼルディアを派手な大技で倒したからな。それで二人は勘違いしたんだよ。ヤクモがSランクの実力があると」

「その評価は間違ってるのね?」

シルフィールの質問にキルサスはうなずいた。

「そうだ。彼らは後悔するだろう。Sランク待遇でヤクモを入団させたら、人件費がかかり過ぎるからな」

「ヤクモにそこまでの価値はない……か」

「そういうことだ」

キルサスは白い歯を見せて笑った。

「まあ、ヤクモが聖剣の団に戻る可能性は低いが問題はない。Cランク程度の冒険者なら、絶対に入団させたいってわけじゃないからね」

「それならいいんだけど……」

その時、扉が開いて、アルベル、ダズル、カミラが部屋に入ってきた。

三人の服はぼろぼろで、カミラは腕に包帯を巻いていた。

「んっ? どうしたんだ?」

キルサスがアルベルたちに歩み寄った。

「すみません。依頼に失敗しました」

アルベルがキルサスに向かって頭を下げた。

「……失敗?」

キルサスの眉がぴくりと動いた。

「どういうことだ? 君たちはウオチ村の魔氷狼退治の仕事をやってたはずだ。まさか、魔氷狼を倒せなかったのか?」

「十体以上の群れだったんです。それにカミラが杖を壊されて、攻撃魔法の威力が弱くなって」

「カミラが?」

「しょうがないでしょ!」

カミラがアルベルをにらみつけた。

「あいつら、私ばっかり狙ってくるし。アルベルたちが後衛の私を守ってくれれば、広範囲の攻撃魔法だって使えたのに」

「俺は魔氷狼のリーダーと戦ってたんだ。そんな余裕はねぇよ!」

「僕だって、三体の魔氷狼に囲まれてたから」

アルベルとダズルが同時に反論する。

「言い訳は止めてよ! 第一、アルベルが何も考えずに魔氷狼の群れに突っ込むのがいけないんでしょ」

「はぁ? 俺のせいかよ!」

アルベルが声を荒げた。

「お前たちが俺の言う通りに動いてれば問題なかったんだ。それなのに逃げ回ってばかりじゃ、勝てるわけないだろ!」

「アルベルは、魔氷狼を倒せ、しか言ってなかったじゃん。あんなの指示じゃないよ」

「待てっ!」

キルサスが右手を上げた。

「君たちがミスをしたのはわかったが、なぜ戻ってきた? 一度撤退しても、また戦えばいいじゃないか?」

「戦おうとしたんです!」

アルベルが言った。

「でも、あいつら、洞窟の中に逃げて、追いかけてたら迷ってしまって」

「はぁっ? 地図を作ればいいだろう?」

「そういうのはヤクモにやらせてたから」

その言葉に、キルサスの頬がぴくりと反応した。

「……ヤクモに?」

「はい。ヤクモは戦闘はいまいちだけど、地図作りとか武器の手入れとかは丁寧だったから、雑用をやらせてたんです。だから、俺たちは覚えてなくて」

「何をやってるんだっ!」

キルサスは声を荒げた。

「ヤクモがいないことはわかってただろ! それなのに、なぜ、誰も地図作りを学ぼうとしなかった?」

「それは俺たちの仕事じゃありません!」

アルベルが言った。

「俺たちは戦うことが得意なんです。そんな雑用は他の奴にやらせればいいでしょう」

「そうよ」

カミラがアルベルの言葉に同意した。

「私たちは将来Aランクになるんだから、地図作りなんて覚える必要ないし」

「君たちは何を言ってる?」

キルサスのこめかみに血管が浮かび上がる。

「地図作りは冒険者の基礎だぞ。最低限はできるようになっておかないと、不測の事態に対応できないじゃないか。事実、君たちは洞窟で迷って、依頼に失敗した」

「それは……」

アルベルの声が途切れた。

「……はぁ」

キルサスは深くため息をついて、額に手を当てる。

「やはり、僕は間違っていたようだ」

「間違っていたって、何をですか?」

ダズルが質問した。

「君たちを残して、ヤクモを追放したことだよ」

その言葉を聞いて、アルベルたちの目が大きく開いた。

「キルサスさん!」

アルベルがキルサスに顔を近づける。

「冗談は止めてください。笑えませんよ」

「冗談じゃないよ。僕は君たちより、ヤクモを評価してる」

「本気でそう思ってるんですか?」

「ああ。今はね」

キルサスはアルベルたちを見回す。

「君たちは魔氷狼の討伐に失敗した。魔氷狼はEランクのパーティーでも十分に倒せるモンスターだ。そのモンスターを倒せなかったんだから、評価が落ちるのは当然だろう」

「だけど、ヤクモより下なんてありえません!」

アルベルは眉を吊り上げる。

「あいつは運と強い武器で成果を上げてるだけです。実力はFランクレベルですよ」

「僕の見立てでは、ヤクモはCランクレベルだよ」

「Cランク? そんなこと、前は言ってなかったじゃないですか?」

「あぁ。君たちはまだ知らないのか」

「何をですか?」

「ヤクモが六魔星のゼルディアを倒したことをだよ」

「……え?」

アルベルが口を開いたまま、数秒間無言になった。

背後にいるダズルとカミラも同じように口を開けている。

「ヤクモがゼルディアを倒した?」

「正確には止めを刺した、だがね」

キルサスは髪を整えながら言葉を続ける。

「君たちが言うように、ヤクモは強い武器を使っている。だが、それだけで六魔星のゼルディアを倒せるわけがない。ほどほどの戦闘力は必要だ」

「だけど、ヤクモがCランクなんてありえないですよ」

アルベルが不満げな表情を浮かべた。

「あいつは基礎魔力が増えたみたいだけど、紙の具現化しかできないんだ。攻撃魔法だって使えないし、パワーもない」

「そ、そうだよ」

ダズルが強張った顔で言った。

「ヤクモのことなら、僕たちが一番わかってる。あいつは臆病で積極的に戦おうとしない。だから、倒したモンスターの数はいつも僕たちより少なかった。後衛職でもないのに後ろにいることが多かったし」

「……ねぇ」

無言だったエレナが口を開いた。

「それって、何も考えずに戦ってるあなたたちをサポートしてたんじゃないの?」

「えっ? サポート?」

ダズルがまぶたをぱちぱちと動かす。

「ええ。あなたたちの戦い方は独りよがりで、連携もできてない。だれかが戦況を把握して動かないと、格下のモンスターにも殺されてしまう」

「ヤクモがそれをやってたって言いたいんですか?」

「そうね。前にあなたたちのパーティーに参加した時、ヤクモがいたから、あなたたちが自由に戦えてたように思えたわ」

「そんなことはありえないですよ」

「じゃあ、あなたたちはどうして依頼に失敗したの?」

「……それは」

ダズルは口をぱくぱくと動かす。

「よく考えてみなさい。ヤクモはプラントドラゴンを倒し、六魔星のゼルディアを倒した。Eランクの昇級試験では鎧ムカデも倒したのよね? これ全部運と武器のおかげなの?」

「でも……」

ダズルの言葉が途切れた。

「……わかりました。運と武器だけじゃないことは認めます」

アルベルが言った。

「ヤクモは基礎魔力が増えて強くなった。でも……俺のほうがもっと強いんだ!」

握り締めたアルベルのこぶしから骨が鳴る音がした。

「もし、俺があの短剣を持っていたら、ゼルディアだって倒せます! ヤクモがCランクレベルって言うのなら、俺はBランク以上の実力がありますから」

「ならば、それを証明してもらおう」

キルサスがアルベルに歩み寄った。

「君たちにはDランクの昇級試験を受けてもらう。ヤクモより上だと言うのなら、当然、Dランクに昇級できるな?」

「できますっ!」

アルベルが即答した。ダズルとカミラも大きく首を縦に振る。

「……ふむ」

やる気になっているアルベルたちを見て、キルサスは満足げに目を細める。

「アルベル、ダズル、カミラ。最初、僕はヤクモではなく、君たちを選んだ。その理由は複数の戦闘スキルを持っていて、将来性があると思ったからだ。でも、現状はヤクモのほうが実績を残している。この評価を変えるためには、君たちも努力が必要だ。戦闘スキルの能力だけに頼っていたら、上にはいけないぞ」

「わかってます!」

アルベルが背筋を伸ばした。

「俺が本気を出せば、Sランクにだってなれることを証明してやりますよ」

「その意気だ」

キルサスは白い歯を見せて、アルベルの肩を叩いた。

エレナは唇を結んでキルサスたちの会話を聞いていた。

――上手くアルベルたちをやる気にさせたわね。これなら、アルベルたちも使えるようになるかもしれない。彼らは個人の戦闘力なら、Dランクレベルと考えてもいいし。それに本気で努力したら、Bランク以上の冒険者になる可能性もある。だけど……。

エレナの脳内にゼルディアと戦っていたヤクモの姿が浮かび上がる。

――キルサスはヤクモをCランクレベルの冒険者だと思っている。でも、私の考えは違う。あの時、ヤクモは空中を連続でジャンプして戦っていた。あんな戦い方ができる人族はいない。それにヤクモが使った大技はゼルディアの魔法の壁を一振りで砕いた。そんなことがアルベルたちにできるはずがない。

深く息を吐いて、エレナはまぶたを閉じる。

――私は十二英雄のアスロムとシルフィールがゼルディアと戦っているところを見た。彼らの強さは人族の限界を超えていると思った。だけど……その二人より、私はヤクモのほうが強いと感じた。Eランクのヤクモが……。

一瞬、エレナの体がぶるりと震えた。