作品タイトル不明
優しい他人
次の日は、普通に仕事だった。
いつもよりも反応が鈍い自分を自覚して、今日中にやらなければいけないことだけをゆっくり慎重に進めることにする。
仕事に影響が出てしまうなんて、平日に実家に帰るのはやめようと思う。
今日、何度目かのため息が出た。
それを見ていた同僚に心配されてしまう。
「大丈夫? ハーブティーのティーバッグ要る?」
同僚は紅茶やハーブティーが好きで、机に何種類も常備している。
「胃に優しいのが欲しいです」
今日はお言葉に甘えさせてもらおう。
「カモミールがいいかな。淹れてきてあげようか?」
「嬉しいです」
「ふふ、素直でよろしい」
そう言うと、私のマグカップを手にポットのところまで歩いて行った。
母も同じように優しいことをしてくれるのに、なぜ私は受け入れられないのだろう。同僚の背中を見ながら、そんなことを考えてしまう。
母だったらこんなとき「もう、しっかりしなさいよ」「本当に駄目な子ね」と、余計なことを言うからか……。
優しさの後に、あからさまに「感謝」を求められるのが不快なのかもしれない。恩着せがましいというか……。
お昼になったが食欲は湧かず、机に突っ伏して寝ることにした。
トンと肩を突かれ、顔を上げると、同僚がスープを入れたマグカップを机に置いた。
「食堂から運んできたから、冷めかけてるけど」
「あ、ありがとう……」
駄目だ。いけないと思っているのに、涙が止まらなくなってしまった。
「あ~あ~。もう、今日は早退したら?」
コクンと頷いて、私は早退届を書いた。
なんとか一人暮らしの部屋へ辿り着き、ベッドに潜り込んだ。
こんな時でも、実家から出て良かったと思う。嫌味を言われず、自分のペースで休めるのだ。
ああ、つくづく、人と暮らすのに向いていないと思う。
夕日が差す頃に、扉がノックされた。何時間か寝たせいか、体は少し楽になった気がする。
誰何したら同僚の声が帰ってきた。扉を開けると、お粥と果実水の差し入れを持って立っている。
「胃が弱い人に勧められたお店のだよ」
「本当にありがとう」
もう、何て言ったらいいかわからない。
「明日も無理そうだったら……。急ぎのことだけ教えてよ」
「明日締切りのものはないけど、明後日の準備をしないと……。話が長くなりそうだから、入って?」
そう言って一歩後ろに下がると、同僚は慌てて否定した。
「ごめん、すぐ帰る。お兄さんか弟さんに伝えとく?」
「やめて! それで母にバレたら、飛んでくるから」
同僚は私の勢いに目を丸くした。
「わかった。しっかり休んでね」
ああ、怒鳴ってしまった。けれど、気分を害していないかのように、微笑んでくれた。
「――ごめんなさい。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあね」
パタンと扉が閉まる。
お粥を口に含み、また、泣いてしまった。