軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

99.話をするために

「あはは、すっごく懐かれちゃったね」

「そうだけど……懐かれた、っていっていいのかな」

オノドリムは楽しそうに言うが、俺はちょっとだけ微妙な気分になってしまう。

ニュクスは夜の太陽、詳しい理屈――生態っていった方がいいのかな? その事は前々分からないけど、世界の昼夜を司っている、そんな存在だ。

正直それって神くらいか、見ようによっては神以上にすごい存在だと思う。

そんなすごい存在を捕まえて「懐かれた」って片付けるのはどうなんだろうと思ってしまう。

「どう見たって懐かれてるじゃん?」

「うーん」

「それにすごく嬉しそうだし、好きな様にさせてあげなよ」

「それはもちろんそのつもりだよ」

俺はコロコロを繰り返すニュクスに軽く手を添えて、優しく撫でるようにしながら、オノドリムに答えた。

「今まで大変だったみたいだし、好きな様にさせてあげるつもりだよ」

「だったらいいじゃん」

「まあ、ね……」

俺は微苦笑しつつ、更にニュクスを撫でた。

不意に、ニュクスの動きが止まった。

俺の上を、まるで見えない壁でもあるかのようにコロコロと往復していたのが、急にテーブルから転がり堕ちるボールのように、俺から離れて転がっていってしまった。

「ニュクス!?」

驚き、起き上がって名前を呼んだ。

ニュクスは答えなかった。何も返事のないまま転がっていった。

ただのボールかのように、転がっていって、やがて壁の手前あたりで勢いをうしなって、完全に止まってしまった。

俺は立ち上がって、駆け寄る。

ニュクスの体に触れて、ゆすって、名前を呼ぶ。

「ニュクス? 大丈夫なのニュクス」

「どうなってるの?」

「わからない――あっ」

「今度は何?」

「ここ……」

俺はニュクスの体にある「それ」に気付いた。

さっき触れた時にはなかった、転がったが故に正面に来てしまった、球体の裏側。

そこはひび割れていた。

結構大きめなひびだった。

「なにこれ、今転がったときについちゃったの?」

「ううん、多分違う。ヒビの断面が古いから、人間でいうと古傷みたいな物なんだっておもう」

「……そっかー」

「なにか心あたりがあるの?」

「あたしと同じじゃん? だったら――」

「あっ……まだ本調子じゃないんだ」

俺は得心した、オノドリムは小さく頷いた。

オノドリムとニュクスはとことん同じみたいだった。

忘れ去られた存在、それが自分の生命に関わる事態にまで発展した。

当然、それは肉(?)体にも影響がでる。

ニュクスの場合このヒビってわけだ。

「やっぱり無理はさせちゃいけなかったんだ」

「……そうかもね」

「ニュクス? 大丈夫そう、なにか返事して?」

俺は優しくニュクスの体を揺すりながら、話しかけてみた。

ヒビは「裏側」だったから、呼びかけつつ「表側」ものぞいてみたが、文字はみえず、返事はなかった。

「顔色も悪そう……」

「あっ、でも何か言いたげだよ」

「え? あっ本当だ」

オノドリムに言われて改めてニュクスをみた。

目を凝らすと、ヒビがあるからわかりにくかったが、ニュクスの体の表面が動いてて、何か文字を作りたそうな感じだ。

が、それはどうにも上手くいっていない。

やはり弱っているのか、体の変化が上手く文字になっていない。

「ニュクス、僕の声が聞こえる? 聞こえるなら今は無理しないで、まずは休んで」

『……』

「お願い」

ちょっと強めにいってみた。

すると、何か言いたげだったニュクスの動きが完全にとまった。

「聞こえてるのは聞こえてるみたいだね」

「そうみたい。うーん、やっぱり無理させてたんだ」

「そこはあんまり気に病まない方がいいとおもうよ、嬉しくてしてたんだろうから」

「……そうだね」

オノドリムのいうとおりだろう、と俺も思った。

長年誰にも声が届かなかった、それが意思疎通出来る相手に巡り会えたのだから、俺でも無理をして会話を頑張っただろう。

だから、それはいい、しょうがない。

そんな事よりも――。

「ニュクス、大丈夫かな。オノドリムの時はどうだったの?」

「あたしはここまでひどくなかったんだよね」

「そうなの? ……って、そういえばあと500年したらっていってたっけ」

俺はオノドリムと出会った時のやり取りを思い出した。

彼女は確かにそういってた。

500年という、人間の感覚では長すぎる時間だから、聞いた瞬間まず突っ込んでたし、その後も普通に忘れていた。

「そうなんだよね。ここまでひどくなかったから、どうだろ……参考にならないかも」

「もっと本人から話がきければいいんだけど、この後また『しゃべれる』ようになっても、本調子じゃないだろうから無理させてるのはかわらないよね」

「そうなっちゃうね」

「もっと負担のかからない意思疎通ができればいいんだけど……またはいかいいえか、かな……」

部屋の空気がすっかり重苦しくなってしまった。

数分前まではニュクスがじゃれてくる事もあって和やかなものだったけど、それが一変して正反対なものになってしまった。

なんとなくニュクスの体をなで続けた。

効果があるのか分からないけど、「寂しい」から来る病だから、すこしでも触れてあげた方がいいのかもしれないとおもってそうした。

そうやって撫でながら、なにか方法はないかと考え続けた。

「むっ……」

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。メーティスの祈りがきただけ」

オノドリムは「そっか」と小さくうなずいた。

使徒メーティス、本を読むのが大好きで、読んだ知識を一日に一度の祈りで俺に共有するのを生きがいにしている女の子。

そのメーティスから今日読んだ本の内容、知識が共有されてきた。

「それがこの子を助けてあげる知識だった――なんて都合のいい話はないわよね」

「さすがに……」

俺は苦笑いした。

オノドリム自身もいったように、そんな都合のいい話はなかった。

メーティスから共有された今日の知識は歴史だった。

地方領主の四男坊として生まれた男が、なんやかんやで頭角を現わし、属していた王国から独立して巨大な国をつくってしまった、英雄譚のような歴史だった。

まったくもってニュクスともこの状況とも関係のない内容だった。

「……」

「どうしたの、急に考え込んじゃって」

「これで……話せるようにならないかな」

「これ?」

「 使徒化(これ) 」

俺はそういい、目の前のニュクスをじっと見つめていた。