作品タイトル不明
98.お日様は大型犬
「君の名前はニュクスなの?」
『はい』
球体の表面がゆっくりと時間をかけて変化して、十秒くらいかけて、俺の質問に対する返事が文章になって表れた。
まるで石碑に刻まれた文章のように、球体――ニュクスの表面に現われた。
「おお! すごい! ちゃんと文字になってる」
そばで見守っていたオノドリムは嬉しそうにいった。
俺もそう思った。
オノドリムにヒントをもらって、○×じゃなくて、形を体の表面に刻むというやり方を思いついて、それをニュクスに伝えた。
ニュクスに説明した後の質問に、向こうは「はい」という言葉で答えた。
「ありがとうオノドリム、君のおかげだよ」
「えー、あたしは何もしてないよー。でも」
オノドリムはそういい、むふっ、って感じでにやけた顔になって、まんざらでもなさそうな感じだった。
「君の役に立ったんなら嬉しいな」
「役に立ったどころじゃない、ものすごく助かった。本当にありがとう」
「うふふ」
もう一度お礼をいうと、オノドリムはますます嬉しそうにした。
にやけ顔が加速して、自分を抱きしめるように体に腕を回して、そのままくねくねしだした。
俺は改めてニュクスの方に振り向いた。
一連の事件の中心人(?)物、空にずっとあった「夜の太陽」。
そのニュクスが、「はい」の文字を表面に刻んだ姿のまま、こっちを向いて……向いて? いた。
「これも念の為の確認なんだけど。君が空にあった、えっと……夜の太陽、なの?」
『はい』
リュクスは一度「はい」を消して、また同じ「はい」の文字を刻んだ。
「ありがとう、答えたのが分かるようにしてくれたんだね」
『さっきといっしょ』
「あっ、うん、そうだよね。ありがとう」
俺はもう一度お礼をいった。
さっきの○×、大きくなったり小さくなったりする答え方の時、答えるときは一度ニュートラルになってもらった。
それと同じことをしてくれたんだ。
「言葉は子供っぽいけど、賢い子なのかな」
「どう考えても僕より遙かに年上だしね。オノドリムとだと分からないけど」
「あたしは永遠の十七歳だもん」
「ええ! もうちょっと下だと思ってた」
「もう口が上手いんだから!」
オノドリムはますます嬉しそうになって、いよいよ俺に抱きついて体を密着させてきた。
向こうはそういうつもりはないんだろうけど、オノドリムみたいな綺麗で可愛い子に抱きつかれるといろいろと 困って(、、、) しまう。
本格的に興奮しそうになる前にオノドリムの腕の中からぬけだして、ニュクスとの会話を再開させた。
「それで、僕の所に来たのはどうして?」
『おんがえし』
「恩返し?」
『みてくれたから、おんがえし』
「見てくれたから……?」
俺は首をかしげた。
見てくれたから恩返しとはどういうことなんだろうか。
はい/いいえとは違ってちゃんとした文章になったけど、それはそれで深く踏み込んだ話になってわからなかった。
「それ、どういうこと?」
『……』
ニュクスが悩んでいるのがありありと見えた。
石碑に刻まれたような『みてくれたから、おんがえし』の文字は一度消えて、別の文字を作ろうとしたようだ。
しかしそれは文字にならなく、何度も書いては消し、消しては書いて――を繰り返しているような感じになった。
悩んでいて、迷っているのがありありと見て取れた。
説明が難しい事なのか? と、思っていると――。
「分かる!」
「うわっ!」
横からオノドリムがいきなり大声を出してきた。
さっきまでの嬉しそうな、ウキウキしている顔とはちがって、真剣な顔になっていた。
そんな顔で、ニュクスに喋りかけた。
「分かるよね! 自分を見てくれた、見つけてくれたのは嬉しいよね!」
『いっしょ?』
「うん! 一緒! 同じだよ!!」
オノドリムはそういい、ニュクスにものすごい共感を示した。
心なしか、ニュクスの「顔色」が前に比べてかなり明るくなったような、そんな気がする。
「彼はあたしたちの命の恩人だね!」
『いのちのおんじん』
ニュクスはオノドリムと同じ言葉を繰り返した。
命の恩人。
それはオノドリムが現われた時に言った言葉だった。
長い間ずっと一方通行だった自分の言葉が届いた。
それは喜びだと思っていた、オノドリムの「命の恩人」という言葉も、あの後やっぱり「大げさに言ってる」とだけ思っていた。
だけど、そうじゃなかったみたいだ。
オノドリムはニュクスに共感した、ニュクスもそうだと認めた。
そして、ニュクスは死に瀕していたのが、この一連の出来事で本人以外では俺が一番強く実感している。
「本当だったんだ……命の恩人って」
「嘘つかないよー」
『おんじん、かんしゃ』
「だから恩返しなんだ」
『はい』
なるほど、と俺は納得した。
つまりはオノドリムと同じなのだ。
数百年もの間、ずっと孤独だった自分を助けてくれた。
そういう風に考えれば「恩返し」もまったくおおげさじゃないなとおもった。
『おんがえし、どうすればいい』
「えっと……そうだね……」
「やっぱり黄金でしょ」
どうすればいいのかを考えようとしたが、オノドリムがノータイムで答えた。
『おうごん?』
「そっ。ほら、あたしが前に君に教えてあげた、地中にうまってる埋蔵金」
「あったね。人間達が埋めたけど忘れさられた埋蔵金。地中に埋まってるから大地の精霊の君は全部把握してるからそれを僕に教えた」
「そうそれ。人間ってやっぱり黄金があればなんでも出来るんでしょ? お金で買えない物はないってよく言うし」
「必ずしもそうじゃないんだけどね」
俺は苦笑いした。
金で買えない物はない――そういう風にいう人も多いけど、そうだとは思いたくない。
「でもあると嬉しいでしょ?」
「それは……そうだね」
俺は小さく頷いた。
「お金があればなんでも買える」は心情的に否定したいけど、「お金があれば嬉しい」は普通にそうだと思う。
『おうごん?』
「そ、黄金」
『……』
オノドリムが頷いたあと、ニュクスは体の両面の文字を引っ込めた。
それでまた、体の表面をうごめかせた後、なんと、一部を切り出した。
球体の一部を切り出して、それをゆっくりと宙に浮かべた状態でこっちに向かってきた。
「これは――うわっ!」
何をしてるんだろうか、と聞こうとした瞬間だった。
ニュクスの体の一部が、まばゆい光を放ちだした。
それは光とともに膨らみ、姿形を変えた。
やがて光が収まったあと、そこにあったのは――。
「お、黄金、なの?」
おそるおそる聞き返した。
そこにあったのは、ニュクスの体よりも少し大きい、黄金の塊だった。
人間が立ったままはいれる、正方形の箱。
それくらいの箱の大きさの黄金だった。
『おうごん』
ニュクスはまた、自分の体の表面に文字を作って、答えた。
「これくらいはできるよね」
「知ってたのオノドリム」
「うん、まあ何となく。直接の面識はないけど長い間『そこにいた存在』だから、なんとなくね」
「なるほど……」
本当かどうかは分からないけど、なんか妙に納得出来る話だった。
オノドリムとニュクス、いってみれば数千年来の知りあいのような関係だ。
相手のことを知っていても何の不思議はない。
「それはいいけど、こんなに――あっ」
「どうしたの?」
「ニュクスの体、欠けてる……」
俺はそういい、オノドリムは俺の視線を追いかけてニュクスをみた。
球体になっているニュクスの体の表面には、文字とは違う「欠損」が一カ所あった。
人間より一回り大きな球体にある、指で作った輪っかくらいのサイズの丸い欠損。
「これって、もしかして?」
「自分の体を変換したんだね」
『からだで、おうごん、つくった』
「えええっ!? だ、だめだよ!」
俺は大声を上げた。
『おんがえし』
「恩返しはいいけど、身を削ってはだめ、絶対だめ」
『……』
「これ戻せる? 戻せるのなら戻して」
『おんがえし』
「身を削らない恩返しを考えるから。だからもどして」
結構真面目にニュクスにいった。
恩返しはいい。オノドリムの前例もあるし、それはいい。
だけど、それで「身を削る」のはだめだ。
オノドリムのにしたって、地中に埋まっているものでオノドリムが身を切るような話じゃないから受け入れられた。
「身を削るようなやり方じゃせっかく助けた意味がなくなっちゃうよ」
『……』
ニュクスは黙り込んだ。
体の表面がめまぐるしく変化した。
どういう感情なんだろう、なっとくしてくれるのかな。
そう、おもっていたら――飛びつかれた。
球体がいきなり迫って、俺にタックルしてきた。
その勢いで俺は尻餅をつき、ニュクスはその上にまるでコロコロするかのように乗ってきた。
「ちょ、ちょっとちょっと。どうしたのいったい?」
「感激してるんだよ、ね」
『はい』
ニュクスはそう返事して、また俺の上でころころした。
意図をしると、俺はまるで大型犬にじゃれつかれるような、ちょっとだけ困ったけどやめさせられない、そんな気分になったのだった。