軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

86.白夜

地平線に だけ(、、) 壁のようにせり上がった雨雲が、代わりの地平線となったのを海の上から確認した。

太陽が濃い雨雲の向こうに消えていき、今日も無事に日が暮れた。

「ふぅ……」

俺は安堵し、肺にたまった息をまとめて吐き出した。

そのまま足元の海水で水間ワープをして、ヘカテーの部屋に戻った。

疑似日没後の部屋の中はヘカテーだけがいて、複数のランタンで室内を明るく照らしていた。

「お疲れ様でございます」

部屋の中で待っていたヘカテーは、手ずから手ぬぐいを差し出してくれた。

よく絞った手ぬぐいで、それで顔を拭くと気持ちよくで、疲れが一気に取れそうな感じだった。

「ありがとう、気持ちよかったよ」

俺はそう言って、手ぬぐいをヘカテーに返した。

その手ぬぐいを受け取ったヘカテーは、 俺(貴族の孫) の目から見たら動きがぎこちなかった。

それもそのはず、ヘカテーは実年齢300歳を超える、世界最大宗教の大聖女様だ。

少なくとも数百年の間、誰かの「お世話」をしたことがないはずだ。

俺を神と慕い、敬っているから自らこうやって手ぬぐいを渡してきたが、手慣れていないのは一目瞭然である。

その不慣れが逆に嬉しい、とはいえ殊更に指摘するような事でもないから、その事はそっと胸の奥にしまい込んで、お礼だけいった。

「ありがとうね、ヘカテー」

「恐悦でございます」

「今日もどうにかなったかな」

俺はそういい、窓の外をみた。

既に夜になっているし街中だから直接雨雲は見えないんだけど、それでも窓越しに外をみた。

「さすがは神でございます。このような形で日没しているように見せかけるとは。神にしかなしえないまさしく神の御業。それを目のあたりにして光栄の極みでございます」

「あはは、ありがとう」

「農民の蜂起もすんでの所で止められました。神の『調整』通り、例年の日照時間に戻っていったように見えるため、他に反乱の傾向も見られません」

「それはよかった。でも……あんまりよくないんだよね」

「何がでございますか?」

ヘカテーは不思議そうに、きょとんとした顔で見つめてきた。

俺は微苦笑しながら、答える。

「これをやっても結局なにも解決になってないからね」

「……はい」

「それに、このやり方に慣れて、地平線に雨雲の『塀』を作る形にしちゃったから逆に思い知らされる事になっちゃった。塀は毎日どんどん高くしなきゃいけない……つまり昼間の時間がどんどん長くなってるんだ」

「……」

ヘカテーはどう相づちをうてばいいのか分からない、そんな苦々しい顔をした。

「状況はむしろ悪化してる、早くどうにかしないと」

「現在、メーティスを中心に、信徒達に書物を中心に調べさせております」

「ありがとう、過去に例があるといいんだけど」

もしもこの状況が文字通りの「前代未聞」だったら書物を調べても何も出てこないけど、今は前例があるのを祈るしかなかった。

「……ヘカテー、一つお願いしたいことがあるんだけど」

「何なりと思うし付け下さい。いかなる困難であろうと平らげてご覧に入れます」

「そこまで大げさな話じゃないよ。えっとね、地図を作ってほしいんだ」

「どのような地図でございますか」

「人が住んでるところと住んでないところを、大雑把にでいいからわかる地図。そうだね、色でわけてくれるとわかりやすいかな」

「承知いたしました」

ヘカテーは深く聞かずに、一礼して部屋の外にでていった。

おそらくは俺の頼みを実行するために、部下に命令を下しに行ったんだろう。

「すごいよな……ヘカテーって」

俺の意図なんて理解もしてないだろうに。

それでも、今はまず動く時。そう言わんばかりに、何も疑問を持たずに 頼み(命令) を実行した。

「使わないに越したことはないんだけど……」

俺の頭の中に一つの光景が浮かび上がってくるが、今はそれだけにはならないように祈る敷かなかった。

数日後の昼下がり、俺は海の上にいた。

海神ボディの姿で、海の上に立っていた。

そんな俺の横に人魚姫のサラがいた。

俺は海面の上に立っていて、サラは海面から上半身だけでている状態だ。

「ねえ、 それ(、、) 、なにしてるの?」

サラは俺の右手を見て、聞いてきた。

俺は空を見上げながら、右手を軽く突き出して、手の平を上向きにして空に向けている。

その真上に雨雲があって、海水から蒸発して水気がそこに集まっている。

いや、雨雲と呼ぶにはあまりにも異質なのかも知れない。

中途半端な高さにあるそれは、雨雲より一段と黒く、まん丸な形になっている。

まるで雨雲をぎゅっと凝縮させたようなみためだ。

サラがそれを見て、不思議に思うのも無理はない。

「雨雲だよ」

「雨雲? どうしてそんな風にしてるの?」

「……太陽を見る邪魔になるからね」

俺は微苦笑しながら答えた。

俺は朝から海に来て、太陽をずっと見ている。

ヘカテー達に過去の文書から記録を探らせつつ、俺は実際に太陽を観察にきた。

問題が起きてるのは太陽そのものだ、だからじっと観察すれば、何か手かがりが見つかるんじゃないかと思って観察に来た。

海に来た理由の一つに、360度見渡す限りの大海原の方が、障害物がなくて太陽を観察できるとおもったからだ。

実際その通りになって、更に海神ボディで水気を操ったことで、一点凝縮の「雨雲」以外雲がなくて、太陽がよく見えた。

よく見えて、朝から半日ずっと見ていた。

「そうなんだ……ねえねえ、それで何かわかったの?」

「なにも」

俺は苦笑いして、答えた。

「なにも?」

「うん、お日様自体普通に見えるんだ。といっても、普段からお日様をそんなにまじまじと見てないから、今のが本当に普通なのかもよく分からないんだ」

「そうなんだ……」

「サラは何かわかる」

「うーん、ごめん! わかんない!」

俺に聞かれたサラは海に 浸かった(、、、、) ままの体勢で空を見上げたが、すぐに首をかしげ、俺にむかって両手を合わせながら頭を下げてきた。

俺はほほえみ返した。

「気にしないで、わからなくてもしょうがないよ」

「わからないけどみてるの?」

「うん。今はわからなくても、今のをおぼえといて、明日との違いを比較するのもありかなって。状況が悪化してるんだったら、『どういう風に悪化』してるのかがわかればとっかかりになるかもしれないからね」

「そっかー」

サラはいつものように天真爛漫に、緊張感のない口調で返事をした。

これはまあしょうがない事だ。

人間と違って、海にすむ人魚は日差しの長短で何かが変わる訳ではない。

日に日に昼の長さが伸びてるけど、海の民、人魚達からすれば何かが変わるという訳ではないみたいだ。

それで緊張を持てという方が無理な話だ。

俺は再び空を見上げた。

時々話かけてくるサラと世間話をしながら、太陽を観察し続けた。

そして、夕方になる。

俺はより集中した。

そろそろ地平線の「塀」も作らないと行けないし、もしかしてこのタイミングにこそ何かがあるのかも知れない。

だから、それまでに比べて集中して空をみあげた。

しかし、事態は俺の予想を少し上回った。

集中しなくても分かる位の事態になった。

「あっ、しずまないね」

「――っ!!」

のんきなサラとは裏腹に、俺は息を飲んだ。

最悪の想像が当ったのだ。

太陽が、しずまない。

西の地平にある程度沈んでからは、地平に消えることなく真横に流れ出した。

やっぱり来た、とうとうこうなったか。

当ってほしくはなかった、が当たり前の想像ではあった。

徐々に伸びていく日照時間、その果てには「一日中昼間」になるのが想像出来た。

想像出来たことだが、当ってほしくはなかった。

俺は右手を突き上げた。

一日中、ずっと作っていた黒い玉を解放した。

瞬間、雨雲が爆発的にひろがって、空を覆い尽くした。

薄暗かった空が一瞬でくらくなった。

「ひゃあ! な、何これ」

「嵐だよ」

「嵐?」

俺は小さく頷いた。

「へえ、嵐を作ってたんだ。でもなんで?」

海の民にとって、やはり嵐も驚くものでも恐れるものでもなく、サラはそれ自体には平然としていたが、俺が何故そうしたのかにだけ不思議がっていた。

「嵐なら、とりあえずほとんどの人間を家の中に押し込めることが出来るから。あっ、大丈夫。ヘカテーに人の少ない所を調べてもらったから、嵐はそこを中心に通らせるようにするから」

俺はそういい、空を見上げた。

日が沈まない夜、それは騒ぎになりすぎるから、出来るだけ隠していたいと思ったのだった。