軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85.理屈じゃない安心感

皇帝の許しを得て、謁見の間から退出した俺は、急いで近くの水場に走った。

持ち歩いている水筒は使わなかった。

大事だけど、緊急じゃないからだ。

水場にたどりつき、まわりに人がいないことを確認してから、水の中に飛び込んだ。

水ワープ。それでまず、ヘカテーの部屋に飛んだ。

「お待ちしておりました」

「ヘカテー」

ヘカテーは部屋の中にいた。

言葉通り俺を待っていたようで、俺が現われたのとほぼ同時に、しずしずと頭を下げてきた。

待っていたんだろう。

定例じゃないタイミングで、約束を破る形で連絡してきたということは俺がすっ飛んでくる事も予想していたはず。

だから彼女は、俺が真っ先に飛ぶであろう自分の部屋で待っていた。

「もうしわけございません――」

「ありがとう」

「――えっ」

俺はヘカテーの言葉を遮った。彼女は目を見開き驚いた。

俺がここに真っ先に来るとヘカテーが予想していたのと同じように、俺もヘカテーが開口一番まず謝ってくるだろうな、というのを予想していた。

付き合いがどんどん長くなってきて、ヘカテーの事も段々とわかるようになってきた。

だから俺は、もし彼女が謝ろうとしたら即座に止めようと思っていた。

「大事な事を知らせてくれて、本当にありがとう。助かったよ」

「い、いえ……」

「本当にありがとう」

「はい……」

「それに、さすがヘカテー、さすが大聖女様。その判断力、本当にすごい事だと思う」

ちょっとでも罪悪感が残っているといけないから、俺はちょっと過剰にヘカテーを褒めた。

褒めるのは簡単だった。

俺が本当にそう思っているからだ。

狂信者ともいえるヘカテーが、 俺(神) との約束を破ってまで情報を届けてきた。

その判断力は本当にすごいと思う。

だから、思った事を言えばいいだけだから、褒めるのは本当に簡単だった。

俺は思ったとおりのことを、ただ隠さずにってだけ意識して全部ヘカテーに告げた。

「あ、あ、あ……」

次第にヘカテーは、顔どころか耳の付け根から首筋、多分だけど全身がまっ赤っかになっていった。

俺に褒められるすぎて、いまにもパンクしそうな感じだ。

「あ、雨」

このまま卒倒されても困るから、ひとまず褒めるのを中断した。

丁度窓の外で雨が降り出して、通り雨の音がめちゃくちゃ響いてきたから、

一旦雨の方に話を振ることで話題をリセットした。

分厚い雨雲は、部屋の中をくらくさせたが、その間ヘカテーの赤面が引いていった。

「それより、もっと具体的な状況を教えてくれるかな」

「あ、はい」

「どうしてヘカテーに反乱が起きたって分かったの?」

「神も掴んでいらっしゃるかと思います、ここしばらく、日照時間が日に日に長くなっております」

「うん」

俺ははっきりと頷いた。

逆にヘカテーがなんで? とは聞かなかった。

爺さんやイシュタル、貴族に皇帝と、支配者たちが気にしていることなら、ルイザン教がまったく無視しているはずもない。

そしてヘカテーはルイザン教の大聖女、トップにいる人物だ。

前代未聞の異変を報告されないわけがない。

だから俺はその事をまったく無視して、ヘカテーの説明だけを聞いた。

「それによって生じるであろういくつかの問題点、それを監視していましたところ、農民に反乱の動きがある事に気づいたのです」

「生じる問題点? どういうこと?」

「神は『積算日照』という概念をご存じでしょうか」

「えっと……ごめん、初耳」

「恐れながら申し上げますと、作物が育つ過程で、発芽から収穫まで、合計でどれくらいの日差しを浴びたのか、という概念です」

「あー……なるほど」

俺は頷き、納得した。

「たしかに作物はお日様の光を浴びて育つから、育つにはどれくらい浴びればいい、という考え方は理にかなってるね。そっか、確かに、お日様があまりでない年は不作とかなるしね」

俺は何度も何度も頷きながら、ものすごく納得した。

言葉自体ははじめて耳にするけど、理屈は元村人の俺にはすぐに理解して、納得できるものだった。

「そんな言葉があったんだ」

「考え方自体は以前からございました、農民たちは体感として理解していたようです」

「うん、そうだよね」

「言葉として、そして理論として確立されたのはここ十年くらいの事です。近年、体系的に研究をおこなう者も増えてきましたので」

そういうヘカテーは何故か苦虫をかみつぶしたような顔をした。

どういうことだろう――と考えてすぐにハッとした。

ダガーの事を思い出してたんだ。

あまりそこは触れない方がいいかな、そう思い俺はこっちの話を続けた。

「えっと……って事はつまり、昼間が伸び続けると」

「はい、積算日照が崩れます。特に農民は『夜の太陽』を普遍的に信仰しておりますので」

「だよねえ……」

夜の太陽、というのは言葉通りの意味だ。

一般的に、民間では昼間は「昼の太陽」がでているから明るくて、夜は「夜の太陽」がでているから、という考え方が非常に根強い。

かくいう俺も、マテオに転生する前はそういう考え方だった。

マテオに転生して、貴族の爺さんがたくさん本を集めてくれて、それを浴びるように読みまくった結果そうじゃないとわかった。

だけど、農民は未だにそう思っている。

そして、「お日様を浴びて育つ」というのは、夜の太陽も入っている。

光を浴びてそだって、闇を浴びて次に育つための体力をつける、という感覚だ。

「まだ、掴んでいるだけだと四カ所だけですが、おそらくは更に増えていくかと思われます」

「うん……そうだよね」

「応急処置にしかならないかと思いますが、神官などを各地に派遣して、『夜の太陽』はないことと、農作物に影響はないことを説明させようかとおもいます」

「だめだよ、それはだめ」

「え?」

ヘカテーはきょとんとした。

俺にいきなりダメ出しを出されるとは思っていなかったんだろう、かなりの驚きようだ。

「な、なにか、間違いを犯しましたでしょうか」

「まちがいというか、それはあまり意味がないんだよ」

「意味がない?」

「多くの人間、特に農民とかにとってね、正しいかどうかっていうのはそんなに重要じゃないんだ」

「重要じゃ、ない」

「あえてわかりにくくいうけど、正しいことって正しい訳じゃないんだよ」

「……正しさは受け入れられない、と?」

「うん。こういう時、理屈じゃない安心感がほしいんだ、みんなは。わかるかな」

「…………はい」

ヘカテーは重々しく頷いた。

「神の教えを説く過程で、そのように感じられている、と思った事は何度もありました」

「そっか、だったら話は早い。その説明? に向かわせるのは止めて。こういう時、理屈がどうとか、正しさがどうとかっていうのはよくて無意味、最悪で逆効果だから」

「承知いたしました、すぐに止めます」

「それと……ありがとう」

「え?」

ヘカテーはまたきょとんとした。

この流れですぐにまた褒められるとはまったく思ってなかったようだ。

俺はふっと微笑みながら、ヘカテーにいう。

「ヘカテーの所に来てよかった、とりあえず応急処置だけど、一時凌ぎの方法を思いついたよ」

俺は海にやってきた。

前回の一件のあと、再び人魚達の所に返した海神ボディに乗り換えて、海上にでた。

海上にでて、海の上にたって、空を見上げる。

太陽は西に傾きかけている、もうすぐ日没だ。

俺は両手を広げて、手の平を上に向かせた。

海神ボディ――海神。

海から離れても人間を超越した力を行使できるけど、一番力を発揮できるのはやっぱり海にいるときで、海に関連した事をするときだ。

俺は、海から大量の水を気化――空気にした。

水は空気になって、空に立ちこめていく。

みるみるうちに、遙か上空で集まって、雲になった。

最初は白い雲だったのが、どんどんどんどん集まって、黒い雨雲になっていく。

ほぼほぼ無尽蔵の海水から立ち上って水気はあっという間に雨雲になって、空を覆い尽くした。

爺さんが集めた本の中に、雨雲と雨の理屈を書いた物があった。

その一つが、海から蒸発した水が空で雨雲になって、陸に流れて雨になって、そしてそれらは川に集って、また海に帰る――というものだ。

それを俺は再現した。

海神の力で、海水を水気にして、雨雲をつくった。

すると――空が暗くなった。

圧倒的にくらくなった。

まるで夜のように暗くなった。

昼間でも――ヘカテーの屋敷にいるときのような昼間でも、通り雨で部屋の中が暗くなる。

昼間なら多少暗くなるだけですむけど、夕暮れの沈むか沈まないかくらいの時間帯なら、まるで昼間が縮まったかのような錯覚がするほど暗くなった。

「……よし」

とりあえずこれでいいだろう。

何も解決していないし、ごまかしに過ぎないけど。

元村人としての感覚で、これでしばらくは誤魔化せるだろうと、俺はホッとしたのだった。