作品タイトル不明
84.使徒の急報
屋敷の庭、俺はオノドリムとならんで、西の空を見上げていた。
空には太陽が沈みかけている。
その沈み掛けの太陽を見つめていた。
「いま、越えたよ」
オノドリムがそっとおしえてくれた。
オノドリムがいう「越えた」というのは、「昨日の昼間の長さを超えた」という意味だ。
俺は小さく頷きながら、口を開く。
「越えたのにまだ沈みきってない……ということはまた長くなったんだよね」
「そういうことだね」
「本当に越えたの?」
俺は真横を向いて、オノドリムに念押しの確認をした。
「間違いないよ、昨日も今日も晴れだったし」
「うん」
「あれはあたしと関係ないけど、大地がどれくらいあれに照らされたのかなら分かるんだ」
「……うん」
俺は小さく、しかし重々しく頷いた。
爺さんに話を聞いてから、俺は自分なりに日照時間を測ろうとした。
それでどうやって測ろうかと思っていたところに、オノドリムが「あたし分かるよ」って言ってきた。
それで実際に測ってもらい、いま、その理屈も教えてもらった。
なるほどそういうことなら間違いないんだろうな、と納得した。
そして、このやり取りをしている間に日が完全に沈んだ。
月明かりの中、俺とオノドリムがならんでたっている。
「季節的に長くなるっておかしいよね」
一般の人はあまりなじみはないけど、暦の上では「日極」と「夜極」という二つの日が存在する。
それぞれその年の一番昼間が長い日と、一番夜が長い日を示す言葉だ。
大昔では「夏至」と「冬至」という言葉を使っていたらしいけど、いまはストレートに「日夜」のセットに変わった。
そして暦の上ではもうとっくに、「日極」を過ぎている。
「こんなことはいままであまりなかったよね」
俺は山ほど読んだ本で得た知識を頭の中からひっぱりだした。
昼と夜の長さに関連する知識を、夏至冬至の時代までさかのぼっても、こんなにズレたという事はなかった。
「そだね、あたしもこんなの知らない。なにがあったんだろね」
「オノドリムの記憶にもない?」
「えっとねー……」
オノドリムは頬に手を当てて斜め上を見て、思案顔をした。
精霊も考えごとをする時はこんな仕草なんだ、となんとなく思った。
「人間の暦の設定はよくわかんないけど、あたしの感覚じゃ今日がいままでので一番長かったね」
「そっか……」
俺は太陽が沈んでいった方角をみた。
俺は少し考えたあと、顔をあげてオノドリムをみた。
「ねえ、ちょっと、手伝ってくれる?」
「うん! なんでもいって」
まだ何も言ってないのに、オノドリムは満面の笑顔で請け合ったのだった。
☆
数日後、謁見の間。
俺はイシュタルと向き合っていた。
まわりには武装した兵士や大臣などがいて、いかにもな、そしてありふれた謁見の光景だった。
そんな謁見の間で、イシュタルは男の姿で皇帝の服と威厳を纏い、玉座に座っていた。
俺は貴族としての正式な作法で一礼して、イシュタルは鷹揚にうなずいて、楽にしていいと言ってきた。
「お時間ありがとうございます、陛下」
「うむ。今日は何用なのだ?」
「あ、うん。えっと、最近の昼間が長くなった問題でね」
「……うむ」
イシュタルは深刻な表情で頷いた。
「これを」
俺はそういって、ちゃんとした羊皮紙をさしだした。
それを近くの兵士が受け取って、それから大臣に渡して、最後にようやくイシュタルの手にわたった。
謁見する人間が何かを皇帝に渡すときの正式、というか伝統的な手順だから、俺は何も言わずにイシュタルの手に渡るのをまった。
イシュタルはそれをみた。
「これは?」
「最近の昼間の時間の長さを測ったんだ」
「長さを?」
「うん、数字は見ての通り、毎日、同じ分だけ伸びてるんだ」
俺が言うと、大臣達がざわつきだした。
ざわつきというか、動揺というか。
それまでの空気がさらに一段階引き締まって、重くなったのをはっきりと感じ取った。
イシュタルは手をかざして、大臣達を止めて、俺に聞いてきた。
「これはどうやって計測したのだ?」
「オノドリムに協力してもらった」
「なるほど。さすがだなマテオ」
イシュタルはほんの少しだけ口角を持ち上げて、俺を褒めた。
「貴重な情報だ、礼を言うぞマテオ」
「お役に立てる?」
「うむ」
イシュタルははっきりと頷いた。
「マテオがこれを持ってきたと言うことは状況の説明は不要だな。ここしばらく、天文官たちに計算させているのだが、曖昧な数字しかでてこなくてな」
「曖昧なんだ」
「うむ、まあ、『等間隔で伸びていると推測される』くらいまでは来ているが、言い切ったのはマテオが最初だ」
「そうなんだ」
俺は小さく頷いた。
ふと、大臣の中に何人か悔しそうにしてるのと、俺を睨んでくるのがいることにきづいた。
どういう意味の反応なんだろうか。
「無為な対抗心をみせるな」
ふと、イシュタルが口を開いた。
低く、聞いた人間がぎょっとするような、叱責めいた口調だ。
その場にいる全員がビクッとして、その後イシュタルが視線を向けている――俺を睨んだ大臣に向けられているということにきづいた。
イシュタルが「平坦な」視線を向けた大臣らはすくみ上がった。
イシュタルは更に続ける。
「帝国を守護する大地の精霊なのだ、その大地の精霊と張り合うつもりでいるのか?」
「い、いえ。滅相もございません……」
「そうか」
イシュタルはやはり「平坦な」ままの口調で頷き、俺に視線を戻してきた。
そして、いう。
「よくやってくれたマテオ。この国難の時に大地の精霊との橋渡しをしてくれたことは何事にも代えがたい功績だ」
「ありがたきしあわせ」
イシュタルの言葉がすこしオーバーにも感じたが、ここは公式の場、俺は素直に褒め言葉を受け取って、作法に則って一礼した。
イシュタルは難しい顔で羊皮紙に視線を落とした。
俺が想像していた以上に難しい顔だったから、なんでそこまで? と聞こうとした、その時だった。
「――えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
謁見の途中、あまりにも失礼な「えっ!?」に、全員の視線が俺に集まった。
イシュタルも不思議そうに俺をみた。
「どうしたマテオ」
「……陛下」
「うむ? ……どうした」
イシュタルは同じ言葉を繰り返したが、表情はまったく違っていた。
間違いなく、イシュタルは俺の表情から事態の深刻さを読み取ったようだ。
「大変な事が起きました」
「……話せ」
「各地で農民の反乱が起きました。今の所四つ」
俺が言うと、まわりがざわつきだした。
イシュタルは更に深刻な、しかし自制心でどうにか落ち着きを保っている表情で聞いてきた。
「どこからの情報だ」
「大聖女様に確認して下さい、今すぐ」
俺はそういった、イシュタルはハッとした。
イシュタル、そしてヘカテー。
二人は俺の「使徒」だ。
だからイシュタルは知っている。
使徒が祈りを捧げれば俺に届くという事を。
一日一回までの約束を破って。
ヘカテーは、各地の反乱という 知識(情報) をとどけてきたのだった。