軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87.100人の話を聞き分ける耳

「……ふう」

朝、俺は嵐を全部海に「戻した」。

夜の間――沈まない太陽で白いままの夜の間、民衆に気づかないように、家の中にいてもらうようにするための嵐は、通常の朝日の時間とともにようずみになったから、降りきっていない雨は海神の力で海にもどした。

空にかかる雨雲だが、海神の力をもってすれば水でしかないそれを操るのは簡単で、空は典型的に嵐が過ぎ去った後の雲一つない晴れ模様になっていた。

一晩中、被害を出さないように嵐の進路をコントロールしていた俺。

海神ボディといえど結構疲れた。

俺はそのまま、水ワープでヘカテーの部屋に戻った。

「おかえりなさいませ」

早朝であるのにもかかわらず、ヘカテーは起きていて、俺を出迎えた。

目の下にはっきりとしたクマが色濃くでていて、口調は普段とほとんど変わらないけど、彼女もまた疲労のピークを迎えつつあるのが一目でわかった。

「お疲れ様、ヘカテー。悪いんだけど、現状はどうかな」

「申し訳ございません……まだ、有力な知識は……」

ヘカテーは言葉通り、本当に申し訳なさそうな顔をした。

彼女からすれば神から受けた直命だ。

それを実行・完遂できないというのは信心深い大聖女にとって痛恨の極みなんだろう。

「あまり気にしなくても大丈夫だよ」

「ですが……」

「全て調べて、それでもでなければそれでもいいんだ」

「えっ?」

「その時は『本当の前代未聞』という結果がわかる。それって何か前例を調べるよりも難しい事だからね」

「はい……」

ヘカテーは頷き、少しだけホッとした、そんな表情になった。

なぐさめだけど、全くの気休めというわけでもない。

結構前に、爺さんが大量に本を集めてくれはじめた頃に、その本から読んで覚えた知識がある。

物事の「あり」「なし」を証明する時って、「あり」は途中で何か一つでも事例を見つけたらもうそれは「あり」で、「なし」は厳密にやると「全部」調べないと「なし」って言い切れない。

例えば百人の人間がいて、全員が全身マントかぶっている。

その中で女はいるかどうかを調べる話だとして、99人まで調べて全員が男だったら、女はいないと言い切れるのかどうか。

そりゃ「まずいない」って言ってもいいかもしれない、でも、最後の一人が女という可能性も捨てきれない。

だから、「なし」はを証明するのは全部調べないといけないから、それはめちゃくちゃ大変な事だ。

「だから、もしもそうだとしたらヘカテーは誇っていいよ」

「え?」

「これだけの事で、『前代未聞』って言い切れるくらい調べられるなんて、大聖女のヘカテーしかできないことだから。だから誇っていい事だよ」

「身に余るお言葉……光栄です」

ヘカテーはそういって、すこし表情が明るくなったように見えた。

その時、部屋の外から足音がして、直後にノックの音がした。

「なにか」

ヘカテーは俺に微かに一礼しながら、鷹揚に部屋の外の人間にむかって問うた。

「経過の報告書をお持ちしました、大聖女様」

「ごくろう、そこに置いて行きなさい」

「はっ」

声の主が短く応じた後、何かを置いた物音がして、次いで足音が遠ざかっていった

それがいなくなってから、ヘカテーはドアを開けて、部屋の外に置かれた小さな箱をとって、戻ってきた。

上にパカッと開く箱の中に紙の束があった。

ヘカテーはそれを取り出して、目を通していく。

厳しい顔で目を通すヘカテーだが、その表情は読み進めるとともに更に険しくなっていく。

やがて、最後の一枚まで読み終えてから。

「……申し訳ございません」

「しょうがないよ」

俺は微苦笑した。

やっぱり思った通り、信徒が書物を調べてて、その報告書らしかった。

そして報告書は一言で言うと「見つからなかった」になるんだろう。

俺は言葉通り本当に「しょうがない」と思って言う。

この状況、本当に本当の前代未聞かもしれない、と思いはじめているからだ。

「更に急がせます」

ヘカテーはそう言い、ドアに向かおうとした。

おそらくは部下を呼び、尻を叩いて急がせようとするんだろう。

異変はその時起きた。

俺の横を通り過ぎて、またドアの方に向かおうとしたヘカテーがふらついた。

足元がおぼつかなくてふらついた――と思いきや様子は一気に急変し、彼女は膝から崩れ落ちた。

「ヘカテー!?」

俺はとっさに彼女を背後から抱き留めた。

抱き留めて、至近距離から顔をのぞきこむ。

「……ひどい顔」

と、思わずそうつぶやくほど、彼女の顔に疲労が色濃く出ていた。

この部屋に戻ってきた瞬間にも感じたものが、至近距離で見たからか、それとも直前の報告書で徒労感が増したからか。

彼女の顔は、直前にみたのより遙かにひどい顔だった。

「……」

俺に抱き留められているのに、反応はなかった。

目は半開きで、眉間には深い縦皺が刻まれている

俺に抱き留められている――いや。

自分が倒れている事にも気づいていないんだろう。

俺はそのまま彼女を抱き上げて、ベッドに連れて行った。

ちょっと前に地下室に行くときに通った、今は通常状態に戻している彼女のベッド。

そこにヘカテーをゆっくり寝かせた。

明らかに過労だった。

考えてみれば、この一連の事件で、海神ボディの俺でさえ疲れを感じているんだから、青い血の使徒とは言え人間の体のヘカテーが疲れていないわけがない。

このまま休ませてあげようと思った。

「そうだ、メーティスは?」

ヘカテーが倒れた事で、同じように働きづめなメーティスはどうなのか、と気になった。

俺はそっとヘカテーのベッド横から離れて、物音をたてないように水ワープをした。

飛んだ先は図書館だった。

ルイザン教管理のこの図書館は、ヘカテーが管理していることもあって、俺の水ワープに対応した作りになっている。

ヘカテー自身の部屋と違って、図書館のはほとんど人が通らないような所に、壁から流れる人工の瀧みたいな物が作られていた。

そこに飛んだが、人がほとんど通らないような所なのに、慌ただしい物音がこだましていた。

人工瀧のある物陰から外にでると、大量のルイザン教信者がバタバタ駆け回っていた。

大半は本を運んでいるか、本を読んでいるかのどっちかだ。

「おい、そこ邪魔!」

「あっ、ごめんなさい!」

本を大量にかかえ持っている信徒にどなられた。

俺は慌てて道を譲った。

この様子じゃ……メーティスがどこにいるのか、聞いて回った方が時間掛かってしまうかな。

通常時ならともかく、こんな風にみんながバタバタしているんじゃ、まともに答えてくれる人を捜し当てるまでが一苦労だろう。

俺は諦めて、自力で探すことにした――。

「あっ、あれかな」

すぐに、メーティスらしき姿が見つかった。

厳密には人間の姿じゃなかった。

図書館の一角だけ、まるで小屋くらいに本がうずたかく積み上げられているところがあった。

その本の隙間から、中にだれかがいるのが見える

本をとにかく集めて集めて、一心不乱に読んでいるのがはっきりと分かる姿――というよりは「光景」だ。

直感的に、それがメーティスなんじゃないかっておもった。

「新しいの持ってきたぞ!」

「……」

「どこまでよんだんだよ! ここのどかしていいのか?」

「……」

「ああもう! 聞こえてないんならせめて聞こえてないって答えろ!」

「……」

「おーい使徒さんや、仮まとめのやつここに置いとくからな」

誰かしらがやってきては、本の山の向こうにいる人に一方的に怒鳴っていた。

返事はまったくなかった。そもそもみんなが疲れてるせいか、やり取りが色々とおかしかった。

俺はそこに近づいた。

本の山からのぞきこむと、やっぱりそこにメーティスがいた。

メーティスは血走った目で、一心不乱に目の前の本を読み込んでいた。

もともとそういう人間だったのが、この状況下でさらに一段とのめり込んでいるみたいだ。

さっき見た光景を思い出す。

ここで呼びかけてもメーティスは反応しそうにない。

「これだけの集中力だしね……どうしよっか」

「え? 神様!?」

予想外の事がおきた。

直前に見た光景で、怒鳴られてもまったく耳に入っていなかったようで、一心不乱に本を読んでいたメーティスが、なんと俺のつぶやきに反応して、顔をあげてこっちをみた。

本当にただのつぶやきだった。どうしたもんか、っていうつぶやきだった。

それをメーティスが反応した。

「僕の声が聞こえたの?」

驚いて聞いてみると。

「はい! 神様の声を聞き逃すはずがありません!」

メーティスは力強くこたえた。

ちょっとだけ苦笑いした。

納得できるような……そうでもないような答えだった。

彼女の「神様」に対する信仰心ならさもありなん……で、いいのかな。という苦笑いだ。

まあいい。その事はスルーして、彼女にきいた。

「どう? 状況は」

「すみません……神様が望むような内容は……」

「うん、気にしないで」

「あっ、でも! 絶対に見つけるから! がんばりますから!」

「うん、でも無理しないで」

メーティスはヘカテーと同じ使徒、同じルイザン教の信徒。

ヘカテーと同じ反応をして――同じように倒れそうな感じがした。

彼女の事は今のうちに止めとくか、と思った。

ふと、彼女のそばにある紙の束が目に入った。

さっきだれかが持ってきて、メーティスの反応がないから置いていった物だ。

それを手に取って読んでみると、あっちこっちの信徒が本で調べた内容を大雑把にまとめたものだった。

たぶんヘカテーが読んだものとそう変わらなかった。

内容はヘカテーやメーティスが報告したものとほとんど一緒だった。

「ごめんなさい神様、それ、読んでから神様に報告しなきゃだったのに」

「気にしないで。こうして僕が直接読めばその分の手間が減らせるから」

「は、はい……」

「……ん」

自分でいった言葉に引っかかりを覚えた。

「どうしたんですか神様」

「手間を……減らせる」

「神様?」

訝しむメーティス。

そんなメーティスをじっと見つめ返すと、彼女はますます訝しんだ。

「えっと、私の顔になにか……?」

「メーティス」

「は、はい」

「メーティスはさっき、僕の声を聞き分けられたっていったよね」

「はい、もちろんです」

「それって、僕の言ったこともちゃんと聞こえて理解したってこと?」

「はい! もちろんです!」

「……もしかして」

俺はそうつぶやき、神経を集中させた。

もしかしたらできるかも知れない。

出来なくても、損はない。だったらやってみるしか無い。

そう思って、神経を集中させた。

海神ボディなのも幸いしたんだろう。

メーティスの「聞き分ける」というのでヒントを得て、そっちに全神経を集中させそれは、この図書館の中にいる全員の声を聞き分けることが出来た。

おそらくはここだけでも百人はこえているんだけど、全員分、何を喋っているのか聞き分けることが出来た。

「メーティス」

「は、はい!」

「こういうまとめはいい、みんなに読んだものをつぶやかせて」

「え?」

「えっと……そう。神が全部聞いてるから」

「――っ!!」

偶然だった。

でも、まとめたり、それを読んだりするヘカテーとメーティスの負担が減る方法を見つけた。

俺は図書館にとどまって、信徒達のつぶやき聞いて、直接情報と知識を得ることにした。