軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

80.無礼は許さない

階段を上がると、ヘカテーの姿が見えた。

入り口になっているまわりの木の枠をぎゅっと掴んで、体を乗り出しながらこっちをじっと見つめている。

そんなヘカテーは、俺の姿をみるなりぱぁと顔をほころばせた。

直前まで心配そうにしていたのが、一気に表情が明るくなった。

階段を上がりきって、部屋の方にでると、少し離れた部屋の隅っこにオノドリムとダガーの姿も見つけた。

二人に微笑みかけ、頷き、無事と「完了」を伝えつつ、俺はまずヘカテーに話しかけた。

「お待たせ、これ、出来たよ」

そう言って、指輪を手の平に載せて、見せるように差し出す。

「では、エルナ・エスナーを従えたのですね」

「ううん、それはごめんなさい」

俺は謝った、ヘカテーは訝しんだ。

「いう事をあまりにも聞かないもんだから壊しちゃったんだ」

そう言いながら、頭を下げる。

「大事な精霊版だったのに、本当にごめんなさい」

これは本当に申し訳ないと思った。

本の価値はよく知っている。

本というのは、木版印刷でさえめちゃくちゃ高価で、「財産」になり得るレベルで、精霊版ともなれば下手したら国宝級の価値があると前に爺さんから聞かされた事がある。

いくら危険で封印しているものとはいえ、いやだからこそ価値という意味ではめちゃくちゃあるんだろうなと簡単に想像がつく。

そんな精霊版の魔導書を壊してしまった事を、俺は素直に頭をさげて、心から謝った。

しかし、そんな俺に対して。

「いいえ!」

ヘカテーは大声を出して、俺の言葉を真っ向から完全に否定した。

「神が気に病まれる様な事は、なにも」

「でも――」

「エルナ・エスナー。 かの者(、、、) が神にどのようなご無礼を働いたのか、容易に想像がつきます」

「うーん、まあ、それはそうだね」

俺は微苦笑した。

下で感じて、実際に接したあの純粋な邪気。

あれはきっといままでもそうで、ヘカテーもよく知っているものだろうなと想像に難くない。

一言で言えば――たぶん「狂犬」が一番しっくりくる表現だと思ったから、簡単に想像できた。

「神が罰を下さずとも、わたくしが全て終わった後に滅するつもりでおりました」

「滅するって……穏やかじゃないね。まあヘカテーも危険な目に遭わされたしね」

「わたくしの事などどうでもよいのです」

「うん?」

「それよりも神に無礼をはたらいたこと、万死を持ってもあがないきれる物ではありません。制御は不可能ですが、苦痛を最大限に与えてから滅する方法でしたらいくらでも」

「そ、そうなんだ」

俺は……実はちょっと引いた。

ヘカテーの口調がかなり本気で、人間相手なら「爪の一枚一枚、歯の一本一本を剥いでいく」みたいな事をいってるような口調だったからだ。

さすがにそれはちょっと気圧されて、ちょっぴりだけど引いてしまった。

とはいえ、分からなくは、ない。

転生する前の前世でも、こういう人を見るのは珍しくなかったからだ。

よくあるパターンだ。

自分に対する無礼は流せても、自分が尊敬する人間への無礼は決して許せない、という人間がいる。

例えば俺が知っているケースだと、とあるサーカスの人間――つまり芸人にすごく腕のいい、華もある若い子がいた。

その子は才能と能力にまかせて多くのファンを勝ち取った、そしてそのまま増長し、ベテラン達に大きな態度で接するようになった。

ベテラン達は一斉に、「若い子に目くじらを立てるのはみっともない」を口癖のように唱えながら、その若い子の無礼を許した。

それはいい、それまではよかった。

しかし、それからがよくなかった。

ベテランの芸人ってのは、多くのファンを持っている者達ということでもある。

そしてそのファンの中には、まったく違う業種だから、目くじらを立てても非難されないようなものも多くいる。

一番顕著なのは金をだす貴族達だ。

貴族達は、いままで自分達が目をかけて、あるいは好きだった芸人達を、どこの馬の骨ともしらない、ぽっと出の若造に舐められる事を嫌った。

子供の頃にはじめて見て、人生を変えるほどの感動を与えてくれた芸人が、ただの若造に舐められることを、そのもの達は自分の事以上に腹立たしく感じた。

やがて徐々にそれが広まって、その若い芸人は干されていった。

確かに立場が上の人間は自分への無礼を笑って許せるが、まわりの人間は笑い飛ばせないことが多い。

ヘカテーの反応を見て、その事を思い出した、そして納得した。

「宗教というのは裏社会と変わらないのだな」

ふと、ダガーがそんな事を言い出した。

興味津々、といった感じで話す彼女に聞き返した。

「それ、どういうこと?」

「いまの彼女の言い分のことだよ。まるで……そうだな、ボスの顔をつぶされた三下と同じ言い分ではないか」

「あはは……なるほど」

俺はめちゃくちゃ苦笑いした。

これまた納得してしまった。

ダガーのたとえは不穏だけど、本質は俺のとおなじだった。

本人は許せても、本人を慕うまわりが許さない。

そういう意味では同じだった。

とはいえ、同じ話でも、そこを更に広げていくのはちょっと怖いって思ったから、俺は話を変えることにした。

「そうだ、これを」

俺はそのまま指輪をダガーにさしだした、ダガーはそれを受け取った。

そしてそのとなりにいるオノドリムに言う。

「それがあればいけるはずだから、手伝いをしてあげてくれる?」

「うん、任せて」

オノドリムは笑顔で頷いた。

もともとそういう流れだったからなのか、彼女はすんなり受け入れた。

そして、ダガーと一緒に、指輪をつかって、精霊の力とリンクしての、心拍数を図る魔導具の製作にかかった。

俺はそれに付き合わず、ヘカテーをみた。

ちらっと、彼女がさっきまでしがみついてる入り口の木の枠をみた。

よほど強く掴んだのか、木の枠が少し崩れかけてる。

きっと中に飛び込みたかったんだろうけど、俺に言われて素直に外にでた。

それでもやっぱり中にもどりたい、でも俺に言われてるから――。

その内心のせめぎ合いが木の枠の状況から見て取れた。

そんな彼女の強い思いに改めて触れて、俺は少し クギを刺さないと(、、、、、、、) って思った。

「ヘカテー」

「はい、何でしょう」

「改めていうけど、僕の為に死のうと思うのは絶対にダメだよ」

「……」

ヘカテーは驚いた。

またそれを言われるとは思ってなかった顔だ。

「で、ですが……」

「殉教というのは分かる、でもね――」

俺は言葉を選んだ。

頭の中でいくつか候補を挙げて、その中でちょっと強めで、しかしいまのヘカテーに効きそうな言葉を選んだ。

「僕がそれを望まないっていってるんだ。それでもやるっていうのは、、もうヘカテーの自己満足にしかならないと思うんだ」

「――っ!?」

ヘカテーはハッとした。

そして、みるみるうちに顔が青ざめていった。

見ていてかわいそうになるくらい、めちゃくちゃ顔が青ざめていった。

だから思わずフォローしようと、強めに言ったのが無駄になりそうなフォローを入れかけた。

「お許し下さい!!」

俺が口を開くよりも早く、ヘカテーがその場でガバッと土下座した。

両手両膝をつけた、めちゃくちゃな勢いでの土下座だ。

「ヘカテー?」

「分をわきまえず、神の御心を踏みにじるかのような自己中心的な振る舞い。到底、許されるものでは――」

「いいからいいから、立って」

このまま懺悔で自殺してしまうんじゃないかって勢いであやまるヘカテーを、俺は慌てて起こして、言った。

「やったことは仕方がないから、今後二度としないようにね……その証明に時間掛かるけど頑張って」

「は、はい!」

最後に思いついて、ヘカテーにいった。

本当に、彼女は自殺でもしちゃいかねない勢いだったから、そういう考えに行かないように言いくるめた。

俺に「時間かけて証明して」って言われれば彼女は素直に時間かけて証明するだろう。

ヘカテーは立ち上がって、まだちょっと険しい顔をしていたけど当面は大丈夫そうだって思った。

「さすがだな」

「うわっ!」

ダガーが真後ろから話しかけてきた。

真後ろの至近距離から声をかけてられて、俺は心臓が飛び出るんじゃないかってくらいの勢いで驚いた。

パッと振り向くと、そこにダガーとオノドリムが立っていた。

さっきまで二人は少し離れた所にいたけど、いまは二人して近づいてきてる。

様子からして指輪の件は終わったのかな、と思った。

「さ、さすがって、どういう事?」

「言いくるめるのが上手いな、という意味だ」

「それはあまり……」

俺は微苦笑した。

確かにその通りだけど、それをそのまま言葉にされると「言いくるめた」効果が薄れてしまうかもしれないからだ。

「仕事柄、神を自称する詐欺師はたくさん見てきたが、その中でも上手く――」

「――っ!」

俺はハッとして、慌ててダガーの口を塞いだ。

背後からごごごごご――と、めちゃくちゃな怖い気配を感じたからだ。

ちらっとみると、感じたとおりヘカテーがマジギレ一歩手前の顔をしている。

自分のことはともかく、自分が尊敬する人間への無礼は許さない。

ヘカテーはまさにそういう人間で、ダガーの言葉は逆鱗のど真ん中を蹴っ飛ばしていた。

おれは慌ててダガーの口を塞ぎ、同時にヘカテーをなだめる。

もう少し口を塞ぐのが遅かったら、ダガーも「滅」される所だった。

それくらいの剣幕だった。