作品タイトル不明
79.ここで止める
俺は身構えながら、少しずつ近づいていった。
魔導書がなにか「余計な」動きを見せれば、いつでも全力で飛び込めるように、身構えながら近づいていく。
いまの俺は、海神ボディに入っている。
よほどの事でも、大抵のことは何でも出来るって状況だ。
それで近づいていって、まずは、と指輪を拾い上げた。
さっきまでただの指輪だったのが、はっきりとした何かしらの力を感じる。
その力がなんなのか――海神ボディでパワーはあっても、本当の神のように全知全能ではないから詳細までは分からないが、何かしら力が込められた物になったのは感じる。
「よし」
とりあえずこれを持ち帰ろう、そしてオノドリムに見てもらおう。
そう思って、指輪を再び懐にしまい込んで、倒れている元の体――マテオボディを起こした。
肩を貸す形で起こして、考える。
ヘカテー達はきっと、出口のすぐそば、ヘカテーの部屋の中で待っているはずだ。
このまま階段を登った方が早いのか、それとも水ワープで外に飛んでから部屋の中にもどった方がはやいのか――それを考えた。
すると――。
「――っ!」
魔導書が微かにひかった。
夜空の星のように、微かに明滅したかと思えば、浮いている台座との隙間から触手が伸びて、俺にむかって伸ばしてきた。
その勢いが凄まじく、風切り音が聞こえるほどだ。
とっさに開いてる手でそれを払い落として、一歩下がった。
「何をする」
『――』
問い詰めるが、さっきと同じように言葉での返事はなかった。
そのかわりさっきよりも遙かにつよい感情が伝わってきた。
敵意、そして邪気。
純粋な邪気は、時として無邪気に通ずるものがある。
そういう混じりっ気のない邪気を放ちながら、更に触手をふやして、攻撃をしかけてきた。
それを次々と払い落としながら、マテオボディをかかえたまま後ずさる。
そしてある程度距離を取った後、身を翻して、床を蹴って階段に向かって突き進む。
「むっ!」
階段に到達するよりもはやく、触手が先回りした。
無数の触手がうねりながら階段への入り口を完全に塞いだ。
さらに、背後、床、天井――あらゆる方角から触手が伸びてきた。
もはや槍か矢か、それほどの勢いとなった触手。
直撃すればたちまち体がいくつもの大穴が開いてしまいそうな、それほどの勢い。
無形剣でそれを迎撃した。
飛んでくる触手は3割が海神ボディ、7割がぐったりしたままのマテオボディを狙った。
それらを全て、マテオボディに下げられている剣を抜き放ち、オーバードライブをかけて、無形剣にして切りおとした。
切りおとされた触手は、真夏の芋虫のように、まるで灼熱の地面で悶えるかのようにしばらくうごめいた後、動かなくなった。
そして、溶けて、地面に吸い込まれていく。
「もうやめろ、これ以上、いや、そもそも争う必要はないはず!」
『――』
振り向いて魔導書を制止しようとするが、向こうは更に邪気を放ちながら、触手での攻撃を飛ばしてきた。
純粋な邪気に、喜びににた粘っこい感情をかんじた。
どういう感情なのかすぐにはピンと来なかったけど、新たな触手のほとんどがマテオボディに攻撃を飛ばしているのをみて、なんとなく、捕まえた獲物をいたぶっているような、そんな感じを受けた。
「くっ!」
俺は触手をかわしつつ、懐から小さな水筒を取り出して、中身を床にぶちまけた。
量は少ないが、ちょっとした水溜りになった。
水ワープが使える俺の、持ち運べるどこでも行けるドア、のようなものだ。
それで水ワープしてこの場から離れようと思った。
魔導書とこれ以上争う必要はないからだ。
俺が水に飛び込もうとしたが、魔導書は何かを察したのか、触手で床を叩きつけた。
水溜まりが飛び散ってしまう。
更にそれだけではなく、触手で水を吸い取った。
そうしてから、くるり、とこっちに迫ってきた。
いや触手だからくるりもなにもないんだが、俺は目の前に意地悪な男がいて、そいつがこれまた意地悪な表情で迫ってくるような姿が見えそうイメージを受けた。
触手はまるでヘビのように、床をはって徐々に近づいてくる。
「もうやめろ」
『――』
「……これが最後だ、これ以上はやめろ」
『――』
下品な表情で、高笑いしながら飛びかかってくるイメージがみえた。
触手が一斉に、俺に襲いかかってきた。
「……」
俺は無言で手を振った。
無造作に振った指先から細い、釣り糸くらいの細さの 水の糸(、、、) が出現した。
水の糸で襲ってきた触手を迎撃、切り刻んだ。
襲ってくるのを輪切りにして、それらがぼとぼとと地面におちる。
『――』
邪気がいっぺん、驚愕と戸惑いになった。
「別に、水は作ろうと思えばつくれるんだよ」
俺はそういい、手をかざした。
手の前の何もない空間から水滴がぼたりぼたりと、まるで朝露の如く滴り落ちた。
海神ボディは水の操作に長けている。
この地下室は上よりも湿気がこもっているから、こうして水を作り出すことは造作もないことだった。
水は地面に水溜まりになった。
俺は水溜まりをまだいて、魔導書に向かっていった。
そして、また手を振る。
黒の魔力と、白の魔力。
二つの魔力を混ぜて、魔法を詠唱。
「倒そうと思えば、いつでも倒せたんだよ」
俺はそう言い、外に出さない方がいいと確信した魔導書を、邪気ごと水の刃でみじん切りにしたのだった。