軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78.ちょっとだけ死んでみた

「な、何をおっしゃっているのですか……」

ヘカテーはまるで知らない人、いや、何か急に現われた化け物でも見てしまったかのような、青ざめた顔で俺を見つめた。

「説明は今度するね」

俺はちらっとダガーを見て、ヘカテーにそう言って説明を先送りにした。

ヘカテーは戸惑いながらも小さく頷いた。

よく分からないけど神がそういうのなら――と、言葉にしなくても表情からそう読み取れた。

今ここで説明しないのはダガーがいるからだ。

別に話しても構わない。

だけど、 それ(、、) はたぶんダガーがめちゃくちゃ食いつくもので、知られた瞬間から話がものすごい勢いで、盛大にそれていきそうなのが簡単に想像ついちゃう。

イシュタルを助けるのには時間制限がある、ちゃんと助かるまでこれ以上の寄り道はしたくない。

「だからここは僕に任せてほしいんだ」

「……分かりました。わたくし達は何をすればよろしいのでしょうか」

ヘカテーは何かを察したのか、幾分か落ち着いた表情に戻って、聞いてきた。

「まずは封印のとき方を教えて」

「解き方でございますか?」

「うん」

「これを用いて解きます」

ヘカテーはそう言って、法衣の下から小さな紙片を取り出してきた。

紙片のように見えるそれは――。

「本の、 しおり(、、、) ?」

「はい、これを封印の前で破くことで、封印そのものが解かれます」

「なるほど。これを借りてっていい?」

「もちろんでございます」

ヘカテーはそういい、両手でしおりを捧げ持つようにして、俺にさしだしてきた。

ただ差し出すだけでなく、頭を下げながらさしだしてきた。

こういう所はやっぱり徹底しているなとちょっと感心、いや感動した。

俺はしおりを受け取って、自分の懐にしまった。

「技法の名前は?」

「セグメントブリッジ、といいます」

「セグメントブリッジね。そうだ、それを使ってまず作りたい物はあったの?」

「こちらでございます」

ヘカテーはそういい、今度は装飾も石もない、シンプルな指輪を取り出して、さっきと同じように捧げ持った。

「指輪?」

「彼女の目的を鑑みて、常に身につけておける指輪の方がよいかと思いまして」

「そっか、さすがだねヘカテー」

俺はヘカテーを褒めながら、指輪も受け取った。

その指輪をしおりと同じ所にしまう。

俺に褒められたヘカテーは赤面して、嬉しそうにしたが、すぐにいまの状況を思い出して複雑そうな状況にもどった。

褒めるだけでこんなに嬉しくなってくれるのなら、はやくこの件を解決していろいろ褒めてあげたいなと思った。

「よし、じゃあ後は僕に任せて」

そして改めて彼女達を一度見回してから、ダガーに言った。

「ヘカテーさんと一緒に外に出ててくれるかな。オノドリムも一緒に」

「むっ? なぜ私を遠ざけようとするのだ?」

「……いまからする事に専念したいんだ。そうなると今度はみんなを守り切れるかどうか自信がないんだ」

「ふむ。まあ、いいだろう」

ダガーはしばらく俺をじっと見つめたが、意外にもあっさり引き下がった。

「禁呪を持ってきてくれるのであればそれで構わん」

「あはは。じゃあヘカテー、オノドリム」

「承知致しました」

「本当にいなくてもいいの?」

「大丈夫」

「わかった」

オノドリムも引き下がった。

そのまま三人は降りてきた階段を引き返して、上の階に戻っていった。

三人の足音が遠ざかっていき、やがて最後は蝶番の音と、何かが開いてから閉まった音が聞こえてきた。

「以外と響くもんだ」

そうつぶやきつつ、俺は反対側に向き直った。

懐から小さな水筒を取り出して、地面にこぼした。

小さな水たまりをつくって、水ワープをした。

一瞬で飛んで、一瞬で戻ってきた。

連れてきたのは――体。

俺のもうひとつの体。

いま、ココに二つの体がならんでいる。

人間のマテオの体と、何故か俺に適合してしまった、海神のボディ。

ヘカテーが俺を「神」と呼んで、心酔する原因となった海神ボディ。

「うーん、不思議な感じだ」

俺は苦笑いした。

いまの俺はマテオの体に入っている。

そのマテオの体で、海神ボディをその場に座らせた。

最近はすっかり海神ボディにも慣れてきた。

慣れて、こっちも「自分」だと思えるようになってきた。

まったく動かない自分をゆっくり地面に下ろして、体に傷をつけないように慎重に座らせる。

転生の経験があって、普通の人間よりも幾分か人生経験が多いとはいえ、こんなことはさすがにほとんど経験はない。

海神ボディに適合して、切り替えたりするようになっても、切り替えた直後から人魚達に使わないほうの体を任せることがおおい。

こうして、自分の体を安置するようなことはほとんどはじめての経験なのかもしれない。

海神ボディをしっかり安置してから、あらためて――と向かっていく。

地下なのにむやみに広い空間の中、さっき触手が飛んできた方角に向かっていく。

しばらく歩いて、また触手が飛んできた。

この攻撃も二回目。

既に知っているし、攻撃そのものはさほどするどい物でもなく、あらかじめ身構えていた俺はオーバードライブした無形剣でそれを切りおとした。

切りおとしつつ、更にすすむ。

触手は数本切り払った程度でおさまった。

切りおとした触手は石造りの台に繋がっていた。

台は細長い立方体で、その上に一冊の本が置かれている。

本のまわりはぼわっと、光を纏っている。

不思議な物で、光は広まることなく、本のまわりに球状でとどまっている。

球状の光を纏い、台の上に少しだけ浮いている。

なるほどこれだけ見ても普通の本じゃないというのはよく分かる。

俺は立ち止まって、少し待った。

触手がまた飛んでくるかも知れない、戦いながらじゃ対処しきれないかもしれない。

だから触手がもう飛んでこないタイミングまで待とうとしたんだけど。

「……もう打ち止めかな」

いつまでたっても新たに触手の攻撃が飛んでくる事は無かった。

大丈夫かな、そう思いつつ、懐からしおりを――ヘカテーからもらったしおりを取り出した。

この段階に至っても反応はなかったので、今度は「本当にこれであってるのか?」という不安がうかびあがった。

そんな不安が頭によぎりつつ、俺はヘカテーに教わったとおり、しおりを両手で持って、びりり、と破り捨てた。

瞬間、変化が起きる。

本が纏っていた――いや、本を包んでいた光がはじけ飛んだ。

まるでシャボン玉のように、一瞬にしてはじけ飛んでしまった。

光がはじけ飛んだ後、そこには本だけが残った。

台座の上に浮かんでいる、精霊版の魔導書。

さて、これで――。

『――』

「くっ」

ものすごい耳鳴りがした。

ただの耳鳴りじゃなく、外部からの力が流れ込んできたが為に起こった耳鳴りだ。

そしてただの力でもなかった。

はっきりと、悪意を伴った力だ。

その力が目の前の魔導書から向けられてくるのがはっきりと分かった。

俺は耳鳴りのする耳を片方だけ押さえつつ、いった。

「お前の力を借りたい」

『――』

また、耳鳴りがした。

今度は同じくらいの悪意に、更に同じくらいの嘲る意志が一緒になって飛んできた。

それの不快感に耐えつつ、今度は指輪を取り出して、手の平の上に載せてつきだした。

「これにセグメントブリッジをかけて、人間と精霊をつなげる道具にしたいんだ。どうすれば力を貸してくれる」

『――』

三度、耳鳴り。

大分なれてきた言葉にならない意志は、悪意と嘲りの他に、殺意までもがくわわった。

何も予備知識無しにここまで来たら困惑しただろうが、いまは違う。

殉教の覚悟をしたヘカテーから、この魔導書は命を求める物だと理解した。

代償は死、もしくは命。

そう言っているのだと理解した。

魔導書は一際光った。

なんとなく――やれるのならやって見ろ。

とあざ笑っているように感じた。

「僕の命と引き換えにだね」

『――』

「具体的にはどうすればいい?」

『――』

魔導書から魔法陣がひろがった。

魔法陣から二本の光がのびて、空中に二つの光の玉、光の空間をつくった。

指輪が俺の手から離れて、空間の一つに吸い寄せられていき、その中に収まった。

そしてまた、嘲り――いや挑発ににた感情が流れ込んできた。

後はお前が死ねば――やれる物ならな。

今度ははっきりと、まるで言葉のように頭の中に響いた。

「よかった」

俺はにこっと微笑んだ。

どうやら死に方までは指定されてないらしい。

目の前の魔法陣を見る限り、とりあえず俺が死ねばそれでいいみたいだ。

だから俺はほっとした。

これで死に方を指定されたら別の手を考えなきゃいけなかったんだけど、ただ死ねばいいのならいける。

俺は体内にある二つの魔力を混ぜて、唱えた。

――レイズデッド。

瞬間、意識が飛んだ。

パチッと目を開くと、自分が海神ボディの中に飛んだのが分かる。

そして視線をむける。

海神ボディはマテオボディよりも視力がよくて、はっきりとみえた。

視線の先で、「マテオ」が力なく崩れ落ちていた。

「こっちに乗り移る度に死んでるようなものだからな」

俺はつぶやき、ちょっと反則かな、と苦笑いした。

が、反則でも何でも。

視線のさきで魔法陣がひかって、指輪に力が集まっていくのをみて、反則でもなんでもいければいい、と思ったのだった。