作品タイトル不明
68.後宮の経験
この日は朝からよく晴れていて、絶好の行楽日和だった。
天気は上々だったから、 それ(、、) は予定通りに行われた。
帝都の郊外、草原と森と湖と、それらがほどよく隣接している所にやってきた。
皇帝と一緒に。
皇帝は神輿に乗っていて、俺はそれに同席している。
皇帝の神輿に同乗できる栄誉をもらった俺は、貴族や兵士達、そして使用人達から羨望の眼差しを受けている。
今日は、狩りをするためにここまでやってきた。
貴族にとって、狩りというのは生活の糧を得る手段じゃなくて、娯楽だ。
大昔、人間が今ほど文明が盛んではなかった頃は、狩りのうまさがそのまま集団の中での権力に繋がったと、転生してから得た知識で知った。
その頃の名残で、貴族は狩りを好むのだという。
「陛下も狩りが好きなんだね」
俺は皇帝――イシュタルにそう話しかけた。
イシュタルは今、男の姿だ。
前に比べて凜々しさが増した、純度100%の、完全な男の姿になっている。
そのイシュタルが、人前だから、皇帝の威厳を保ったまま仰々しい口調で俺に答えた。
「嫌いではないが、それだけではない」
「それだけじゃないって?」
「狩猟という行事は、貴族どもが自分の力を見せつけ、『領土の統治に足る』と主張する場だ」
「あ、なるほど」
俺は少し考えて、答えた。
「雇い主に仕事っぷりを報告する場なんだね」
「そういうことだ。さすがマテオ、知識は足りずとも知恵が素晴らしい」
皇帝がそう言うと、神輿の まわり(、、、) に席を与えられた貴族達が、一斉に賛辞を俺にぶっかけてきた。
「陛下のおっしゃるとおりだ」
「うむ、知識が不足しているのは歳を鑑みればむしろ自然」
「それを知恵で、この場で理解できるのは素晴らしい」
貴族達が俺を褒めると、皇帝は見るからに上機嫌になった。
それを見た貴族達は、俺を褒めると皇帝は嬉しがることを知って、ますます俺を褒めた。
不思議な感覚だ。
これがちょっと前までだったら、俺はなんとかの威を借りるなんとやらって感じになって微妙な気分になっていたのだろうが、今は違う。
皇帝――イシュタルが俺の使徒になっている。
俺の使徒を喜ばせたくて俺を褒める――という。
真実をしったら世にも奇妙な関係性が、いろいろすっ飛ばしてとにかく「面白い」と俺に感じさせた。
そうこうしているうちに、競争形式だった貴族たちの狩りが一段落した。
一人の貴族がやってきた。
初老にさしかかった、丸々と太った貴族で、倒れている獲物を運んできて、自分の横に置いた。
「陛下に申し上げます」
「うむ?」
「先ほど見つけました白い虎です」
「ほう」
皇帝は神輿の上で立ち上がって、貴族に向かっていった。
俺も膝立ちになって、顔を上げて見た。
貴族は神輿のすぐそば、下の方で跪いているから、視点を高くしないと見えないのだ。
貴族の申告通り、まだ子供っぽいが、全身が真っ白な虎が倒れている。
「うむ、これは実に珍しい。よくやったドールトン卿」
「ありがたき幸せ。後ほど剥製にして、宮殿へ献上します」
「いや、後宮の女達は虎を怖がる。皮を剥いで――そうだな、そのサイズなら椅子の敷物に加工してくれ」
「御意」
「だれか、ドールトン卿に褒美を」
イシュタルがそう言うと、使用人達があらかじめ用意してた「褒美」を持ってきた。
狩りは貴族達が力を見せつける場であるとともに、皇帝がそれに応える場でもある。
力を示した貴族には褒美が与えられる。
その褒美はあらかじめたくさん用意されていて、そのうちの1セットが運ばれてきて、ドールトンに下賜された。
ドールトンが得た名誉を、まわりの貴族達はよだれが出るような目で見つめていた。
皆がそれをみて、我も我も――って感じの顔になっている。
そんな時だった。
ガオオオオオオン!!!
服の裾がビリビリと震えるほどの、ものすごい咆哮が響き渡った。
場がざわつき、使用人とかに多少はいる女達が一斉に悲鳴を上げた。
そして、神輿のまわりを囲っている貴族の一角が崩れた。
その一角から、白い虎が飛び込んできた。
サイズは大きい――大人の虎だ。
その虎は神輿の前に置かれている子供の虎をみると、更に天を仰いで咆哮した。
さっき以上の咆哮。
虎でなくても、意思疎通できなくても「怒り」がひしひしと伝わってくる咆哮だ。
虎は神輿に向かって突進してきた。
何人かの貴族が動いて、部下を指揮してとめようとするが、瞬く間に白い虎に蹴散らされた。
人間達を蹴散らして、一瞬で神輿の前にやってくる。
そして子供の虎――それがすでに死体であることを確認すると、一段と怒りがこもった咆哮を発した。
ほとんどの人間がその咆哮で立ちすくむ中、虎は皇帝に飛びかかってきた。
「危ない! イシュ――」
俺は無形剣に手をかけて、皇帝を守ろうとしたが。
「問題ない」
皇帝は俺を停めて、手元にある華美な長剣を手に取るなり、逆に虎に向かって踏み込んだ。
抜剣――一閃。
虎の首が胴体から切り離され、宙を舞った。
襲撃した虎が、一瞬で皇帝に斬り捨てられた。
「「「…………おおおおお!!!」」」
十秒近く沈黙があっただろうか。
その場にいるほとんどの人間がたっぷりとあぜんとしてから、皇帝に向かって歓声をあげた。
当の皇帝は、歓声に特に何かを思う事も無く、血振りして剣を納めた。
「大丈夫だった? 陛下」
「うむ、問題ない」
「そっか。でも、たっぷり返り血あびちゃったね」
「そうだな……うむ」
たっぷり返り血を浴びた。
その事に気づいたイシュタルは目を輝かせた。
そしておもむろに、服を脱ぎだした。
返り血を浴びた服を脱ぎ捨て、裸の上半身を晒す。
筋肉質で、男の俺からみても素晴らしいと評するしかないくらいの、鍛え抜かれた肉体だった。
「陛下?」
「せっかくだ、余が疑う余地のないくらい男だとすり込もう」
イシュタルは小声で、歓声のなか俺だけに聞こえるようにいった。
なるほど……アリバイ作りか。
俺は納得し、感心したのだった。
☆
「来たよ、陛下。ここにいるの?」
夜のテント。
一泊の野営地の中、皇帝に呼び出された俺は、皇帝のテントにやってきた。
テントに入るやいなや、イシュタルの姿が見えた。
イシュタルは――女だった。
全身から湯気を立ち上らせ、香りさえも漂わせて、タオルだけを巻いた姿になった。
「……綺麗だ」
思わずそうつぶやいてしまった。
湯上がりのイシュタルは、女の姿になっていて、前見たときよりも更に美しくなっていた。
「ご、ごめんなさい!」
俺はぱっと「回れ右」をして、イシュタルに背中を向けた。
「う、ううん……気にしないで」
女の姿になっているからか、イシュタルは女口調でそんな事をいった。
「ど、どうしてその姿に?」
「血を落とすために湯浴みをしたらこっちにもどったの」
「あっ……お湯も、真水ってことなんだ」
「そういうこと」
「そっか……」
「もういいよ、服を着たから」
イシュタルにそう言われて、俺は振り向いた。
イシュタルの言うとおり服を着たが、髪はやっぱり濡れたままで……それはそれでものすごく色っぽかった。
だけどそれくらいなら気にするのもおかしいから、俺は気にしてないように振る舞った。
「ぼ、僕を呼んだのは何かご用があるの? 陛下」
「名前で呼んで。このテントには防音の魔法をかけさせたから」
「そうなんだ。えっと、僕を呼び出したのはどうしてなの、イシュタル」
俺は呼び名を変えたのとともに、口調も少しだけ砕けた感じにした。
それでイシュタルは嬉しそうに破顔した。
「うん、ちょっとマテオとお話がしたくてね」
「そっか。あっ、そういえば聞きたいことがあったんだ」
「なに?」
「裸を見せて大丈夫だったの?」
「うん? 男の上半身の裸だから、大丈夫でしょ」
「そうじゃなくて、少ないけど、イシュタルの正体を知ってる人もこの世にいるんじゃないの? 機密中の機密を知っている人達、っていうか」
「……ああ」
イシュタルは目をすぅ、と細めた。
一瞬にして、冷酷な空気を纏いだした。
「それなら大丈夫。五人もいないし、その五人はもうこの世にいないから」
「え?」
「皇帝の一番の秘密を知っているのだから、野放しにはしておけないでしょう」
「そっか。歴史の本にも似たような話があったけど、そういうのって本当だったんだね」
「そうだね」
俺はなるほど、と思った。
ある意味、俺はこういう瞬間が好きだ。
転生して、色々と知識を得てきた。
でも最近になって、たまに思うようになってきた。
本で得たその知識が本当に正しいものなのかどうかを。
そこで、知識が本当のことだとわかるような――今回はある意味体験だけど――瞬間が俺は好きだった。
「そうだ、マテオに来てもらったのは、祈りの話を聞こうって思ったからだ」
「祈り?」
「うん」
イシュタルは深く頷いた。
「あの日、すぐに戻らないといけないから話を詳しく聞けなかったけど、マテオの使徒として祈ると何かがあるのよね」
「あっ、そうだね」
俺は一週間位前の事を思い出した。
イシュタルに名前をつけて、彼女の体質を変えた。
海神である俺の力にちなんで、真水をかぶったら男に、海水をかぶったら元の女に戻る、という特殊体質にした。
そうした直後に、皇帝として決裁を下さないといけない緊急の案件が飛び込んできて、ろくにその先の話ができないままわかれたのだ。
「ごめんなさい、ちゃんと僕から声掛けて説明するべきだったね」
「ううん、気にしないで。 わたし(、、、) も色々忙しかったから」
「えっとね……形としては、僕が神様で、使徒達は神様の使い――つまり天使、みたいな感じになってるんだ」
「使徒……天使……」
イシュタルは言葉をかみしめるようにつぶやいた。
「使徒が祈りを捧げると、使徒になってから得た知識が、もっといえば前回の祈りから新しく得た知識が僕の頭の中に直接届けられるんだ」
「そうなんだ……どうやればいいの?」
「普通に神様に祈るみたいな感じでいいみたいだよ」
そこは俺は当事者じゃないから、どうしても伝聞形になってしまう。
「ちょっとやってみるね」
「うん」
俺は頷き、イシュタルが祈るのを見守った。
イシュタルは両手を胸元で組んで、目を閉じて敬虔な表情を浮かべた。
瞬間、多くの「知識」が流れ込んできた。
「――ええっ!?」
「どうしたの?」
目を開けて、俺を見つめるイシュタル。
「なにかまずかった?」
「ま、まずかったって言うか……イシュタル」
「なに?」
「この一週間で、何人の女の人と そういう事(、、、、、) したの?」
「そういう……あっ」
イシュタルはすぐに理解したようだ。
そう、イシュタルが祈った瞬間、俺の頭の中にこの一週間の彼女の――いや彼の性体験がながれこんできた。
皇帝として抱いた妃たちとの経験が流れてきた
その数――実に14人。
単純計算でも一日に二人は抱いてる計算だ。
「だ、だって。そうしないといけなかったし。皇帝だから、妃を抱いて孕ませないと」
「そ、そうだよね」
俺達は焦った。
イシュタルも焦ったけど、俺も焦った。
まさか使徒の祈りからそういうのが流れてくるなんて思いもしなかったからだ。
「ごめんなさい……気分を悪くした?」
イシュタルはシュンとなって、機嫌を伺うような感じで聞いてきた。
「ううん、急なことで驚いただけ。こういうのも大事な知識だから、むしろありがとうだよ」
「ありがとう……なの?」
「うん」
俺ははっきりと頷いた。
急な恥ずかしさをのぞけば、これもれっきとした知識だ。
皇帝と妃の子作りと、男女の交わりが。
一粒で二度美味しい、普通なら絶対に得られる事の無い知識だ。
「……わかった」
「え? なにが?」
「そういうことなら、もっと妃を抱いておくわ。知識なのだから、違う相手がいいのよね」
「うん、そうだね」
俺は即答した。
「後宮にはまだまだ何百人もいるから、まずは一巡させる」
イシュタルは俺を見つめながら。
「全員、マテオのために抱いておく」
そう、宣言したのだった。