軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67.皇帝1/2

俺は少し考えてから、ヘカテーにいった。

「ヘカテー、あの女の人をひとまず別の所に連れてってくれる? 丁重に」

「わかりました、ひとまず見つかった――風に見えるようにですね」

「うん、お願い」

さすがはヘカテー、話が早い。

きっと、皇帝はどこかで見ている。

本人は見ていなくても、一部始終を報告させるように誰かに見させている。

だから皇帝の仕込みが成功したんだと、ひとまず思わせる必要があった。

後は……。

次の日、俺は王宮にやってきた。

皇帝に謁見を申し込んで、すぐに通った。

この日も玉座の間じゃなくて、庭に皇帝がいた。

「陛下」

「おお、よく来たなマテオ」

皇帝は普段よりも大分上機嫌な感じで、両腕を広げ、笑顔で俺を出迎えた。

「どうだった、見つかったか?」

「うん、ありがとう陛下」

「そうかそうか。見つかったのならよかった。探していた相手だ、ちゃんと大事にしてやるんだぞ」

皇帝は笑顔のまま、しかし話をさっさと終わらせてしまおう、としている風に見えた。

肝心な所には一切触れない、上辺だけの会話。

前回はあれだけ興味を示していたというのに不自然だ、とおもった。

このパターンは予想できていた。

皇帝が、自分に雰囲気が似ている妃を送り込んでくるというのが分かったから、それを起点に色々と考えていたら、自然とこういう反応もあるんだろうなと予想がついた。

だから俺は、こっちから一歩踏み込んでみた。

「ありがとうございます、陛下。陛下はどういう人なのかは聞いてるの?」

「いや、余は忙しくてな。命令は下したが、実の所詳しい報告もまだ受けてないのだよ」

「そっか……だよね」

「うむ?」

皇帝の表情が変わった。

だよね、とはどういう事だ、って顔になった。

「実は、すごく不思議な事になったんだ」

「なにがだ?」

「この靴なんだけどね」

俺は懐から、例のガラスの靴を取り出した。

皇帝の顔が少し強ばった。

「そ、それが例の靴か?」

「うん」

「それがどうしたんだ?」

「実はね、昨日現われた人、この靴を履けたんだ」

「そ、そうか。ならよかったではないか」

「でもね、ぼく、この靴にちょっとおまじないをかけたんだ。本当の持ち主が履くと光るって言うおまじない」

「――っ!」

「でも、昨日の女の人は履けたのに、光らなかったんだ。どうしてなんだろうね」

「……」

顔を強ばらせたまま、口を閉ざしてしまう皇帝。

これは……ほぼ確定だろうな。

あの妃は皇帝が送り込んできた女で……。

この靴の本当の持ち主は皇帝なんだと。

「陛下?」

「……マテオは」

「え?」

「いつから、そんなに意地悪になった」

「どういうこと?」

「……ふう」

皇帝は大きく息を吐いた。

まるで肺の中にたまった、よどんだ空気をまとめて吐き出すかのように。

「余が仕組んだ事だと気づいているであろう。その上でそしらぬ顔をして詰めに来る。これを意地悪と言わずしてなんという」

「……ごめんなさい」

俺は謝った。

そして、皇帝がそこまで言うのなら――と、単刀直入に切り出すことにした。

「陛下。陛下は……女の人なの」

「……」

皇帝は怖い顔で俺をみた。

いや……これは違う。

怖い顔じゃない。

怯えてる顔だ。

皇帝は怯えて――まわりを見ている。

この話を、誰かに聞かれることを怯えている顔だ。

「大丈夫だよ陛下」

「え?」

「ここでしてる話、誰にも聞かれることはないから。僕の力で、声が洩れないようにした」

「マテオの力……」

「うん。空気の中にも水があって、声は空気を介して伝わるんだ」

ここ数日、立て続けにメーティスから入ってきた知識の中にあったもの。

その知識を得て、俺は海神の力を組み合わせて、新しい技を生み出した。

「その水を操作してね、声が外に漏れない様にしたんだ」

「そのような事ができるのか」

驚愕する皇帝。

論ずるよりも証拠。

俺は皇帝の方を向いたまま、数歩後ろにさがった。

距離を取ってから、思いっきり手を叩いた。

手の叩き方しだいで、大きな音を出すことができる。

その大きい音を出すタイプの叩き方をした。

普通なら向こうに音が聞こえる。

聞こえて当たり前な位の叩き方だ。

それをみた皇帝は息をのんで、驚いた。

俺は皇帝に近づいた。

「どうだった?」

「まったく聞こえなかった。あれだけ強烈に叩いたように見えたのに」

「うん、そうしたから。だから、ここでの話は誰にも聞かれる心配はないよ」

「……そうか」

皇帝は神妙な顔をした。

俺はもう一度聞いた。

「陛下は、女の人、なの?」

「……」

「僕は、そうであってほしいな」

「え? な、なぜだ」

「だって、初めて陛下に会ったとき、この世にこんな綺麗な人がいたんだ……っておもったんだもの」

「そ、そうだったな」

たじろぐ皇帝。

顔を赤らめた。

皇帝はしばしそうしてから、やがて観念したかのように。

「うむ、そうだ」

頷き、俺をまっすぐと見つめた。

「余は……女だ」

そう言った瞬間、皇帝の表情ががらりと変わった。

まるでつきものが落ちたような、すっきりとした表情になった。

「そうだったんだ」

「ああ」

「じゃあこの靴も?」

「うむ、余のものだ。あの時いきなりマテオに出くわして慌てたぞ」

「だから逃げたんだね」

「うむ。市井で女として見られる事に問題はないのだよ」

「お忍びだもんね」

「そうだ」

皇帝ははっきりと頷いた。

お忍びとはそういうものだ。

変装した姿を見られる事にまったく問題はない。

そこは皇帝でも、歴代の普通の皇帝でもそうだ。

「しかし、マテオはかつて余のことを『綺麗』だと言ってくれた。そういってくれたのはマテオだけだ。だから、マテオの前に女の姿のままでいるのは危険だったのだ」

それで逃げた、と。

「というのが、事のあらましだ」

「そっか。ねえ、陛下」

「なんだ」

「僕って、無礼打ちされちゃうのかな」

「なぜだ?」

「だって、これ……」

俺はガラスの靴をさしだした。

「これの持ち主は僕にとって運命の人。そしてこれは陛下の靴」

「余が、マテオの運命の人、か」

「うん。それって……すっごい失礼――不敬罪になっちゃうかな」

「ふっ」

皇帝は笑った。

心の底から楽しげな感じに笑った。

「余が許す。……余は、不快だとは思っていない」

「ありがとう。でも、もうひとつあるんだ、不敬になっちゃうのが」

「いってみろ」

「運命の人に、名前をつけなきゃなんだ」

俺は皇帝に説明した。

ヘカテー、エヴァ、メーティスらの事。

ヘカテーが言うところの、神と使徒との関係を。

皇帝はそれを黙って聞いた後。

「マテオよ」

「なあに?」

「余に、その名をくれ。何を隠そう、余は一度も名前で呼ばれたことはないのだ」

「そうなの!?」

「先帝が早くに身罷ってな、即位が早かった余は、幼い頃から名前で呼ばれる相手を失った。それに」

「それに?」

「余の名前は男のものだ。女としての名前は……ない」

皇帝は寂しげに語り出した。

先代の皇帝は、とうとう息子を――跡継ぎを産むことなくこの世を去った。

それだと帝国が乱れると思った一部の大臣が、前皇帝が死んだ日に産まれたばかりの子供の性別を偽った。

既に生まれて日が経っている王女達はごまかしようがないが、産まれたばかりの子供なら、産婆を始めとする一部の人間の口を封じるだけでどうとでもなった。

そうして、皇帝は女でありながら、生まれた瞬間から男にされた。

「と、言うわけだ」

「そうなんだ」

「だから……マテオ」

皇帝は俺の手を取った。

「余に……女の名前をくれ」

「うん」

俺ははっきりと頷いた。

皇帝の手を握りかえして、言った。

「運命の人、あなたの名前は、イシュタル」

「イシュタル……」

「この世界で一番美しくて、一番モテモテだった人の名前」

名前を告げた瞬間、光が皇帝を包み込んだ。

ヘカテー、エヴァ、メーティス達の時と同じ光景だ。

光が皇帝を包み込んだ後、その光の中から現われたのは――。

「あれ? 男の人?」

「むっ? むむむ」

皇帝は自分の胸に手を触れた、股間にも手を伸ばした。

「ない……ある!?」

何がないのか、そして何があるのか――それはあえて聞かなくてもわかることだった。

皇帝は男になった。

「……あ」

「どうしたんだ?」

「今、僕の頭の中に詳細が浮かんできたんだ」

「詳細」

「ちょっとまってね」

俺は皇帝にそう言って、水間ワープで飛んだ。

海の中に飛んで、海水を一部持って、また水間ワープで皇帝の元に戻ってきた。

「いくよ」

「う、うむ」

俺は持ってきた海水を皇帝にぶっかけた。

海水をかけられた皇帝は――なんと、以前以上にはっと息を飲むほどの、絶世の美女になった。

「こ、これは……」

「女にもどったね」

「う、うむ」

「で、真水をかけると――」

今度は空気の中から集めた、海水ではないただの水を皇帝にかけた。

すると、皇帝は再び男になった。

「海水をかけると女になって、真水をかけると男になる……って感じだね」

「……」

驚き、そして喜び。

その事を理解した皇帝――イシュタルは。

目に、喜びの光をともしたのだった。