作品タイトル不明
66.正解
夜、自分の部屋。
俺はメーティスから流れ込んできた知識の整理をしていた。
ヘカテーら使徒たちとの約束で、祈りを捧げることによる知識の共有は、一日に一回までにした。
そのうち、一番行動パターンがシンプルなメーティスは、毎日の深夜の決まった時間にそうすることになった。
そうして送られて来た知識を、頭の中で整理する。
使徒を持つ前――つまり持たない人間には分かりにくい感覚だが、使徒から送られてきた知識はそのままじゃあまり使えたものじゃない。
一度整理する必要がある。
ちなみにこの整理というのは、本の目次を読む様な感覚だ。
目次を読むだけで内容が頭に入ってくる。
多少の手順を踏む必要があるが、今までに比べると圧倒的に効率がいい。
今日もそれをしていると、ふと、面白い知識がみつかった。
「へえ、そんなこともあったんだ」
「なにがあったのパパ」
「うわっ! びっくりしたよエヴァ」
「あはは、ごめんなさい」
いきなり現われたエヴァは悪びれる事なく、笑顔のまま形ばかりの手を合わせる仕草をした。
「で、何があったの?」
「うん、メーティスから送られてきた歴史の知識なんだけどね。昔の皇帝で、ルイザン教のものすごい敬虔な信者がいたんだ」
「へえ」
「あまりにも敬虔すぎて、一信者として入って、修行を積んで司祭とかになりたかったみたいなんだけど、さすがに皇帝がそれをやると国もルイザン教もみんな困る、って事になったんだ」
「こまるね、それは。だって、ルイザンガチな信徒は、神にその身と一生を捧げるって話でしょ。女とか本当そうで」
「うん、修道士の事だね。妻帯せず世俗にしばられずに――っていう」
「そりゃ帝国は困り果てるよねー」
内容の割りにはエヴァの口調はどこまでも軽かった。
まあ、過去の事だし、物語感覚ならこんなもんだろうと俺も思った。
「そこで、その皇帝が考えついたのは、自分の名代を修道士にするってアイデアなんだ。ほら、普段でも、皇帝が実際にいけない場所には、名代を立てることがあるじゃない」
「あるねー。そっか、そういう抜け道を作ったんだ」
「そういうこと。で、ここからはしょうもない事なんだけど。名代として修道士になったは良いけど、結局は皇帝だから、みるみるうちに出世していって、歴代最速に近いペースで大司教になったんだってさ」
「あはは、忖度されまくりだね」
エヴァは楽しげに笑った。
まだ一歳にも満たない彼女だが、レッドドラゴン状態とか、使徒になった後のこの少女の姿の時とかは、知識と知性の深さをところどころ垣間見ることができる。
「その知識を今メーティスから得て、ああ面白いな、っておもったんだ」
「そかそか。そういう話ならあたしも知ってるよ」
「へえ? どんなの?」
「昔、レッドドラゴンの元に人間が生け贄って事で、定期的に子供を送ってきてた時代があったんだ。で、こまるんだよね、送ってきても」
「困るの?」
「そう、別に食べるわけでもないし、欲情とかする事も無いからさ。でも返すと人間がますます怯えて『いったいどうしたらいいんだ』って泣きつくのね」
「生け贄って実は困らせてたんだね」
知識を得ていくにつれて、実はそういう「歴史の裏側」を垣間見るようになってから、こういう話を聞くことがおおくなった。
エヴァのその話も、ある程度は先の予想がついた。
「しょうがないから、人間で言うところの……丁稚? としてしばらくこき使って、ちょっとだけ教育をして、十年かそこらで返してやるようにしたらさ」
「ふむふむ」
「返した人間がことごとく元の村とか町とかで偉くなってたりするんだよね。レッドドラゴンに認められたからとかで」
「なるほど……それだけじゃないんじゃないかな」
「どういう事?」
「うん」
俺は頷いた。
前世はそういう「普通の村」の一員だった経験と、実際にエヴァと接して彼女が持つ知識の深さを考えると。
レッドドラゴンの教育をちょっと受けると、その辺の村人じゃ及びもつかないほどの知識を身につけているはずだ。
知識はすなわち武器、知識の多さは武器の多さ。
十年もレッドドラゴンに教育されてたら、村とかで偉くなる程度の力が身について当然だ。
それを思った俺は、諸々まとめて。
「レッドドラゴンは先生の適性が高いってことだよ」
「……なるほど」
そこは賢いエヴァの事。
一瞬で俺が言いたいことを理解してくれたようだ。
こうして俺はメーティスの知識を整理しながら、エヴァからも色々と話を聞いていった。
☆
数日後、皇帝との約束の日。
靴の持ち主を必ず見つけ出して送り届ける、という皇帝の言葉を信じて、俺は靴の所にやってきた。
念の為に、ということで、数日前と同じ事をしていた。
舞台の上にガラスの靴を置いて、やってきた信徒や住民達が一人ずつ上がっていって、靴を履けるかどうか実際に試す。
数日前とまったく同じ光景だが、まわりの目が違ってきていた。
「知ってるか? 何千何万人と来たけど、一人として履けていないんだって」
「うそだろ? 靴じゃんあれって、何をどうしたら履けないんだ?」
「それが履けないんだよ」
「なんかあるって事か……」
そんなことがまことしやかにささやかれていて、テストを受けに来た人間以外にも、まわりに集まって事態の成り行きを見守るものが日に日に多くなってきた。
もはや感謝祭だか収穫祭だかの、そのレベルの大きなイベントの様相を呈していた。
その光景を、俺はヘカテーと一緒に、少し離れた所から眺めていた。
「ごめんねヘカテー、こんな大変な事をおねがいしちゃって」
「恐縮です。もとより覚悟の上でございます」
「覚悟の上?」
「はい。神に使徒を探す任務。最初から、数百――いえ数千万人の中から一人を捜し出すという覚悟をしておりましたから、どうと言うことはございません」
「ヘカテーはすごいね、そういうかっこいいことをさらりと言えるなんて」
「――っ! 身に余るお言葉でございます」
「大変だね」って言ったときは涼しい顔をしていたのに、俺にちょっと褒められるヘカテーはものすごく顔を赤くして恐縮してしまった。
そんなヘカテーと見守り続ける。
しばらくすると、テストしている靴の所で騒ぎが起きた。
「ご、ご報告です!」
テストをしきっている信徒が大声をあげて、こっちにむかって話しかけてきた。
「入るのに、入りません」
「どういう事なの?」
ヘカテーは聞き返した。
「足は入るのですが、履けません」
男がそういうと、街全体がざわつきだした。
足は入るのにはけない、というのは一体どういうことなのかとあっちこっちで不思議がる声があがった。
そもそもが、数日かけて、何千何万人の失敗の果てにようやく現われた「足は入る」相手なのだから、野次馬たちのざわつきの中にはある種の興奮が混じっていた。
「……おかしいよね」
「はい」
俺はそういい、ヘカテーは頷いた。
「あの靴には神が御自ら仕掛けを施しました。足は入っても履けない、というのはイシュタルではないということ」
「でも足は入る……あれ?」
「どうかなさいましたか?」
「あの女の人……見覚えがあるなあ」
俺は少し離れた、靴を履こうとしている女を見つめた。
ものすごい見覚えがあった。
すれ違ったとかそういうレベルじゃない、もっと長く、ちょくちょく見ている相手だ。
「……陛下?」
「皇帝だというのですか?」
「あ、ううん、ちがう。陛下の代理の妃達に似てるんだ。というか……多分そのうちの一人」
「そうでございましたか」
「……そうだとするとますますおかしいよね」
「……はい、皇帝の妃がなにゆえここに。皇帝の妃ともなれば、ここにテストに来るどころか、出歩くことさえ困難のはず」
俺は頷いた。
皇帝の妃は、確実に皇帝の子を産んでいるという確証を得るために、ある種の軟禁状態におかれるのだ。
後宮という、ものすごく贅沢ができる代わりにそこから出ることができない。
出られたとしてもものすごく監視されてしまう。
なのにここにきた。
普通に、平然と。
女をみた。
彼女の顔に怯えも焦りもなかった。
瞬間、俺の頭の中にある考えが浮かび上がった。
「……馬鹿な」
「何がでございますか?」
「えっとね、ものすごく馬鹿げた発想。荒唐無稽な発想を思いついてしまったんだ」
「なんでしょう」
「あれが、陛下の名代だという事」
「……グルド帝の事でございますか」
俺は頷いた。
昨日メーティスから共有されてきた記憶、修道士になった皇帝の名前。
さすがヘカテー、一瞬でそれを思い出した。
ルイザン教の知識、俺と出会う前の知識だから、ヘカテーの祈りからは共有され無かった知識だ。
だが、今は俺もヘカテーも、その知識を持っている。
だから一瞬で話が通じた。
「……ばかな」
ヘカテーもその「荒唐無稽な発想」に行き着いたようだ。
もし本当に名代を送ってきたということは、あのガラスの靴が皇帝のものだと言うことになる。
あのガラスの靴が、皇帝の?
あの女が――皇帝?
「……綺麗だった」
皇帝と初めてあったときの光景が脳裏によみがえる。
皇帝は……もしかして……。
女……なのか?