作品タイトル不明
245.安心と信頼
「「きゃあああああ!!」」
虫を圧倒的な魔力で吹っ飛ばしても、二人のパニックはまったく収まらなかった。 それどころか余計にパニックになって、既に虫どころかあらゆるものを吹き飛ばして目の前に「なにもない」のに、より悲鳴を上げて逃げ出した。
二人手をつないだまま、猛ダッシュで逃げ出した。
「……はっ!」
あまりのことで一瞬あっけにとられた俺は、我に返って二人を追いかけた。
普段使い慣れていて、すっかり頼り切っている水間ワープはこういう場合まったくの無力だった。
はじめて来た森、まったく先が読めない二人の逃避行。
水間ワープで先回りができなくて、普通に追いかけるしかなかった。
しかも――。
「早い……魔力なの? それとも森だから?」
走って追いかけるが、まったく追いつけなかった。
追いつく気配すらなかった。
いくら走っても走っても、前方に見えるナナとカナの背中との距離が縮まらない。
それもあって魔力が増しているのか、それとも森にいるエルフだからなのかと思った。
の、だが。
「……ちがう!?」
追いかけている内に、違和感が大きくなっていく。
逃げる二人の「速さ」はさほどのものじゃない。
少なくとも「足」の動く速さはさほどじゃない。
追いかけてる俺の足の方が倍は動いている。
それに加えて向こうは女の子、しかも手をつないだままでいる。
歩幅も俺と同じかそれ以下だ。
同じ歩幅で、足が動く速度は半分以下。
なのにまったく追いつけない。
これはおかしい、何かがおかしい。
「……」
少し考えて、俺は立ち止まった。
すると――一瞬。
ますますおかしい光景が一瞬目に映った。
俺が立ち止まってから実に一秒間。
たった一秒間だが、逃げる二人がとまっていた。
走っているが、その場でとまっていた。
一秒後、まるで思い出したかのようにまた進み出した。
「怯えは……本物」
逃げていく二人の姿をじっとみつめ、観察する。
もとより俺を騙す理由もなく、そういう場面でもない。
さらには二人の怯え方が自然だった。
だから少なくとも二人は本当に怯えて、パニックになって逃げている。
ならば今起きてる不思議な現象の理由は二人じゃなくて他にある。
「……」
周りを見回す。
どう考えても森しかなかった。
森しかないが、そこに「意思」的なものは感じられない。
悪意も善意もまったくなく、意思のようなものがまったく感じられない。
そうなれば……と。
俺はゆっくり歩き出した。
幸いにも二人の悲鳴はまだつづいている。
ゆっくり歩いていてもどこにいるのか大体悲鳴で分かる。
ゆっくり歩いて追っていくと、悲鳴が徐々に収まる。
やがて、ナナとカナが一本の木の下で、抱き合って怯えている姿がみえた。
一瞬、駆け寄ろうとしたのをぐっとこらえる。
こらえて、ゆっくり歩いて近づく。
すると、なにも問題なく、二人の前に立てた。
「……大丈夫?」
「――っ!」
「虫、どこ?」
顔を上げる二人は完全に涙目だった。
普段から感情豊かなカナはもとより、感情の起伏があまりないナナもほとんど涙で顔がくしゃくしゃだった。
「もう大丈夫だよ」
二人が吹き飛ばした――と言う言葉をぐっと飲み込んだ。
たぶん自分達がやったって気づいてもいないんだろうと思う。
「本当に!? もういない!?」
カナが問い詰めるような勢いで聞いてくる。
「うん、大丈夫。これからは――」
俺はそう言って、常に持っている水筒から水をだして、その水を網状にした。
蜘蛛の巣のようで、それよりも更に密度の高い網を二人の周りにはった。
月明かりの下、水の網は月光を反射して煌めく。
これで二人が少しでも安心してくれたら――。
「「――っ!!」」
と思ったが、効果は予想よりも遙かにあった。
水の網をみて、その意味を理解した瞬間。
二人はほぼ同じタイミングで、俺に抱きついてきた。
二人の信頼が嬉しい一方で。
左右から同時に香ってくる、まったく同じ女の子らしい匂いにちょっとくらくらした。