作品タイトル不明
218.唯一の神
その日の夜、ヘカテーの屋敷。
月が雲に隠れていて、庭には屋敷からのわずかな光で、顔がぎりぎり分かる程度の明るさしなかった。
そんな庭で、俺はヘカテーとメーティスのルイザン教コンビ、そしてエクリプスと一緒にいた。
ヘカテーの屋敷に来て、メーティスを呼び出してもらって。
エクリプスは勝手についてきた。
勝手についてきたエクリプスが俺に犬のようにじゃれついてくる中、ヘカテーとメーティスが不思議そうに俺達の間にある「氷」をみつめる。
「これは……?」
何のようだ? これはなんだ? なんでメーティスも?
たくさん聞きたい事があるだろうが、それらの言葉をまとめてぐっと飲み込んだヘカテー。
俺はにっこりとほほ笑みながら答える。
「急に来てごめんね、メーティスも呼び出してごめん」
「ぜ、全然。神の召喚ならいつでもどこでも!」
「ありがとう。今夜がくもりで丁度よかったよ。満月だったから晴れてたらちょっと困ってた」
「つきくらいらまられることがれきるれすよ?」
「ありがとうエクリプス。うんもし雲から顔をのぞかせてきたらおねがいね」
「まかせるれす!」
球状のエクリプスは鼻息を荒くする感じでそういって、ますます俺にじゃれついた。
そんな俺とエクリプスのやり取りを黙って聞いて、思案顔を続けていたヘカテーがぼつりと口を開く。
「……暗い場所でなければならない何かでしょうか」
「うん、絶対じゃないけど、暗い方がわかりやすいから」
「さようでございますか」
「じゃあいまからやるから、見ててね」
「はい」
「は、はい!」
じゃれつくエクリプスをかかえたまま、二人との間においた氷に火をつけた。
当然、海底から掘り出してきた燃える氷だ。
それに火をつけると、青白い炎が立ち上った。
「――っ!」
「ひゃっ!」
氷から立ちこめる大火力に、ヘカテーもメーティスも驚き、どちらも思わず一歩後ずさった。
「大丈夫、ちゃんと僕が守ってるから危険はないよ」
「なんと! 神の手を煩わせてしまい申し訳ございます」
「ありがとうございます!」
「ううん、それよりこれ――」
そう言って俺が燃えている氷に視線をむけると、二人も改めてそれをみた。
「これは……氷だと思っていましたが」
「うん、氷だよ。海底で掘り出してきた氷」
「それがもえていらっしゃるのですか?」
「えっとね……いきさつをそのまま 渡す(、、) ね」
俺はそう言って、エクリプスを抱いたまま二人に近づき、額にそっとふれた。
触れた瞬間、二人の目がカッと見開き、驚愕の表情をうかべた。
「どう? いきさつは伝わった?」
「「――っ!!」」
俺の問いかけに対して、何故か二人はほぼノータイムで地面に平伏した。
両手両膝をつけて、顔までもが地面にくっつけるくらいに平べったくなった。
これこそザ・平伏、ってくらいの平伏だった。
いきなりこんなに綺麗に平伏されて、逆に何が起きたのか理解できなかった俺。
「ど、どうしたの二人とも」
「神本来の御力を取り戻されたとの由」
「しゅ、祝着至極に存じます」
「……あっ」
一瞬キョトンとなったあと、理解した。
元々俺は海神ボディに都度乗り換える事で、海神の力を行使してきた。
すこしは分けてもらえたが、100%の海神の力を出すためには海神ボディに乗り換えないといけない。
それが今回の一件でマテオの肉体に統合されて、かつ、海の底に埋まっているものも見つけられるようになった。
ルイザン教の敬虔な信者からすれば「神が完全に復活した」と思うような状況だ。
そりゃこうもなるな……となっとくした。
「えっと、ありがとうね、二人とも。その状態だと本題の話がしにくいから顔をあげてよ」
「かしこまりました」
「はい」
平伏するほどかしこまった二人だが、そこはやはり敬虔な信者だからこそ。
神が「そのままじゃ話ができない」といえば、二人は素直に顔を上げて、すっくとたちあがった。
「や、やっぱり。私達の教義に間違いはなかったですね、大聖女様」
「もちろん。最初から間違いがあろうはずもありませんが、我々は幸せものです。神がそれを体現してくださる時代に生まれたのですから」
「た、たしかに!」
二人は何かを納得しているみたいだった。
氷がまだもえててその話をしたいが、二人が納得していることもきになった。
「教義って、なんの話?」
「われわれは唯一なる神を信奉するもの。しかし、歴史上幾度も神が降臨するも、我々の教えとことなる姿形もありました」
「あ、うん」
その話をするのか、と俺はおもった。
爺さんとイシュタルがたくさん集めてくれたご本をよんで、更にはヘカテー達との付き合いのなかで思っていた事がある。
仮に俺が本物の海神だったとしても、海神はルイザン教が信奉する神とは別の神なんじゃないか、って疑問だ。
それを疑問におもったが、なかなか敏感な話題だろうから聞けずにいた。
二人の方からその話を持ちだしてきた。
「そのため、降臨した神を邪神呼ばわりする不届きものもございました。しかし、神は唯一、そして全能。人間の尺度で姿が唯一であると断じることこそが不敬」
「い、いま。神がマテオ様のお姿で完全となったのが何よりの証しです」
「あ、うん。そういうことなんだ」
二人の言いたい事が理解できた。
なるほどそういう解釈をするのか、とちょっとだけ面白く感じた。
信じているのと別の神が現われたのは、それが別の神ではなく同じ神がその時その時の一番いい姿をしているから、って解釈か。
なるほど、そういう解釈なら神がふたり同時に出てこない限りは破綻しないなとなっとくして、ルイザン教に対する理解がまたちょっと深まった。