作品タイトル不明
179.女の悪魔
用事が済んだあと、イシュタルは連れて来た親衛隊を下がらせた。
これは俺と二人っきりで話がしたい――そう思った俺は同じようにメイドのローラを下がらせた。
そうしてリビングの中で二人っきりになった。
「すまないな、マテオ」
「え? 何がですか?」
「マテオがまた偉業を成し遂げたと聞いた瞬間、いてもたてもいられずこうしてしまったが、迷惑にはなっていないだろうか」
「……全然」
俺はくす、と微笑み返した。
「むしろいつもありがとう。僕の為にいつも色々してくれて、すごく嬉しい」
「そ、そうか。ならよかった」
本気で自分の暴走を省みているのか、俺のフォローの言葉を聞いたイシュタルは心底安堵した表情を浮かべた。
そんなイシュタルがなんだか可愛らしく思えて、俺はますます穏やかに、まるで娘を見守るような目でイシュタルをみた。
娘――というのはあながち的外れでもない。
村人時代の経験を込みで考えたら年齢差はそれくらいになってしまう。
そんな視線の意味合いに気づいたのか、それとも何か別の意味だとうけとったのか。
イシュタルは恥ずかしそうに頬を染めてしまい、話も逸らした。
「そ、それよりも。マテオは……マテオは……そう!」
必死に話題を探すって感じで視線が盛大に泳ぎまくってから、何かを思いついたかのようにまっすぐ見つめてくるイシュタル。
「何か困っていることはないか?」
「困っていること?」
「そうだ! もしあったらなんでもいうといい、なんでも解決してやるぞ?」
「ありがとう」
感謝の気持ちが自然に言葉になって口からでた。
恥ずかしさに話を逸らそうとした結果、出てきたのがそういう言葉なのはうれしかった。
天気はどうだったとか、元気だったかとか。
話題に困ってどうにか何かを搾り出す時はこのあたりのものが定番だ。
そういうのじゃなくて、困ってる事はないか? を選んだのはなんだかちょっと嬉しかった。
「ありがとう、イシュタル。イシュタルのおかげで困ってることはないかな」
「そうなのか?」
「うん。いつも本当にありがとう」
「そうなのか……」
困ったことはない、と安心するためにそういったが、それでイシュタルはなぜか落ち込んでしまっていた。
何かあった方がいいのか? そう思いながら何かないかと記憶の中を探った。
「えっと……あるといえば、あるかな?」
「本当かマテオ!?」
イシュタルは食いついてきて、一瞬で表情が明るくなって、目を輝かせてきた。
「う、うん。その……言っていいのかな」
「なんでも言ってくれ」
「まあ、聞かれても空気を読む人かな。あのね、ノワールのことなんだ」
「ノワール……あの執事のことか」
「うん、彼との接し方というか、どうしたらいいのかがちょっとわからないんだ」
ずっと棚上げにしてきたけど、エクリプスの一件のあと、屋敷に住み着いたノワールを持て余しているのは事実だ。
ノワールの目的、本当かどうかは分からないが本人から一応聞いている。
それは俺の魂を狙っていること。
俺の魂を狙って、手に入れようとしている事。
それだけだと命のピンチに聞こえるが、ノワール曰く魂を最高の状態で手に入れるには、相手が望む人生を送った後寿命で死ぬ――そうじゃないと最高の状態にならないという。
だから当面のピンチはない。
むしろ俺に最高の人生を送らせるために色々手伝ってくれるだろうから、イシュタルや爺さんに負けないくらいの溺愛をしてくる可能性もある。
とはいえ、最終的に俺の魂を狙っていると公言してる相手なのだから心を許すわけにも行かない。
問題はもうひとつある。
「ただか執事の一人や二人、気に入らなければ首にすればよいではないか」
「あはは……」
これだ。
ノワールは悪魔だ。
その悪魔の力なのかしらないが、ある日いきなり屋敷の執事になった。
ただ執事になっただけじゃなくて、まわりの人間は俺をのぞいてみんな、ノワールは古くからの執事だと思い込んでいる。
記憶を改ざんしたのか、催眠術の類なのか。
そういうのでまわりにも影響をだしているのが輪にかけて対処を難しくしている。
「何か不都合があるのか?」
「うん、ちょっとね」
「そうか……余がなんとかしようか?」
イシュタルはうかがうような口調で聞いてきた。
さっきまでの「なんでもやる!」ではなく、「やってもいいか?」という聞き方にかわったのは、俺の言葉に含みがあるのを感じ取ったからなんだろう。
ノワールか……どうしたものかな、本当に。
まあ、どうしようもないから、今まで放置するしかないか。
そう思った時だった。
今まで通り、問題を先延ばし、未来の自分に丸投げしようとしたときにそれがおきた。
俺とイシュタルの間の空間がバチバチと、電気を帯びたなにかのような異変を起こした。
「なんだ!? これは」
イシュタルがきょとんとした、俺はぱっと立ち上がった。
なにかが起きるのなら対処しなきゃ――とその考えが頭に浮かんだ直後。
室内であるのにもかかわらず、天井からまるで落雷のような、稲妻のようなものが俺とイシュタルの間に落ちた。
それだけでも何が起きたのか分からなかったが、直後に更に目を疑う光景が目に飛び込んできた。
雷が落ちた――つまり俺とイシュタルの間に一人、女らしき人の姿があった。
その女はイシュタルに背をむけて、俺の方に正面をむいていた。
「だ、だれだ!?」
反射的に誰何をするイシュタル。
一方で、俺は目を見開き驚いた。
「君は……もしかして……悪魔?」
目の前の女の特長に、俺はそうおもった。
それはおかしい、あり得ない話だと思った。
なぜなら、悪魔はノワールをのぞいて絶滅していると聞かされていたからだった。