軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

179.皇帝として当然のこと

あくる日の昼下がり、屋敷のリビング。

朝食後、今日は何をしようかなと考えていた時だった。

「ご、ご主人様!」

メイドのローラが慌てて駆け込んできた。

「どうしたのローラさん? そんなに慌てて」

「へ、陛下がお見えになられました」

「そうなんだ、じゃあお通しして」

イシュタルが来たのか。

朝早いけど、何か緊急な用事とか出来たのか?

などと、のんきにそんな事を考えていると。

「違うんですご主人様!」

「え? 何が違うの?」

「陛下です! 陛下がお見えです!」

「うん、分かってるよ」

「 陛下が(、、、) お見えなんです!」

まるでおうむのように、同じ言葉を何度も何度も繰り返してしまうローラ。

繰り返すだけでなく、めちゃくちゃ必死になって訴えかけてきている。

なんだろう、一体どうしたんだろう。

なんでそんなに必死なんだろう、と不思議がっていたら頭の中に白い雷が突き抜けていったような、ある考えがよぎった。

食後ソファーに座っていた俺が思わず立ち上がってしまった。

「 陛下(、、) なの?」

「はい! 陛下(、、) です!」

「えっと……じゃあ、すぐにお通し――じゃなくて、僕が玄関まで出向いた方がいい?」

「は、はい!」

「その必要はないぞマテオ」

声のした直後に、ローラが飛び込んできたあと開けっぱなしのドアからイシュタルが現われた。

いや、皇帝が現われた。

いつも会っているイシュタルとも、お忍び姿の皇帝ともちょっと違う。

男の姿で、ほとんど正装に近い皇帝の姿だった。

正装はつまり「演出」でもあり、その「演出」のために背後に数人、華美な鎧を身につけた騎士を引き連れている。

普段あまりみない者達だが、格好自体は知っている。

皇帝親衛軍の者達だ。

ローラのあわってぷりと繰り返した言葉で途中から察した通り。

皇帝による公式の訪問だった。

俺は慌ててイシュタルの前で、ちゃんとした作法に則って跪いた。

「すみません陛下、陛下がお見えなのに出迎えもせずに」

「よい、通告無しにやってきたのはこっちだ。楽にするがいい」

イシュタルはそういい、さっきまでおれが座っていたソファーに座った。

この屋敷の主は俺で、俺が座っている場所はメイド達のセッティングでいつもその部屋の上座とかになっている。

そこにイシュタルは当たり前のように座った。

「マテオもここにすわるがいい」

イシュタルはそういい、「コ」の字でならんでいるソファーの横を指した。

「はい」

俺は慎重にイシュタルが指定した場所に座った。

イシュタルが連れて来た親衛軍たちはイシュタルの後ろに立った。

「そうかしこまらずとも良い。今日はマテオに礼を言いに来たのだ」

「礼……って?」

「ロックウェル卿から話は聞いた。マテオが歯の事で奔走していたらしいな」

「あ、うん」

「そのお礼だ」

「えっと……」

俺は困惑した。

その事でイシュタルに直接お礼を言われるのも不思議だし、こんな大げさにやられるのも不思議だ。

イシュタルのこれはほぼほぼ正式に、公式に皇帝として誰かを表彰するという感じのやり方だ。

そんな事をされるほどの事はしていないはずなんだが……と困惑してしまう。

「マテオはこの世でもっとも高価なものは何だと思う?」

「一番高いもの、ですか?」

「そうだ。ああ、情緒的なものではない、金銭的な意味でだ」

「えっと……土地とか、黄金、とか?」

「ふふ、残念。答えは人だ」

「え?」

俺は戸惑った。

イシュタルは情緒的なものじゃない、金銭的なものだといった。

この世でもっとも高価なものはといわれて、一瞬大事な人とか心とかそういうのをおもった。

人間というものもちろん頭にちらっとあがった。

だが金銭的なものといわれたからそれを除外したが、イシュタルはそうだと言った。

「どういう事なの? 陛下」

「例えば後ろのこいつらだ」

「あ、はい」

「皇帝親衛軍として、余の付き添いや護衛が出来る、それを認められるまでどれくらいの教育と訓練が必要だと思う?」

「あ、おじい様からちょっとだけ聞いた事があるかも。大体五年くらいはみっちりいろいろ教えたり訓練したりするって」

「うむ。その通りだ。では更に聞こう、五年間もみっちりと専門的な教育や訓練をつけるためにかかる金はどれくらいだと思う」

「……あ、高い」

イシュタルの言いたいことがようやく分かった。

確かにそれはめちゃくちゃ高かった。

五年間も専門的な高等教育を施すとなるとかなりのコストがかかる。

しかも――。

「生活のためとか、品格をいじする位の高いお給料も出さないといけないよね」

「うむ、さすがマテオ、その通りだ」

イシュタルは満足げに微笑んだ。

「つまり、この世で一番高いのは教育を受けた人間だということだ」

「うん、そうだね」

「そして簡単に失われるのもまた人間だ。例えば、余の背後にいるこの二人が今殺されたとして、あるいは今夜急病で死んだとして。その損失はこの屋敷の価値に匹敵する」

「……あ」

ハッとした。

イシュタルが言いたい事にピンときた。

俺がハッとしたのをみて、イシュタルはにやりと笑った。

「そういうことだ。国民全員の寿命を伸ばすという事は価値が失われるのを伸ばすという事でもある。これは皇帝として表彰せざるをえん話だ」

「で、でも。まだ始まったばかりだよ」

「マテオのくせにおかしな事をいう」

「え?」

「話ではそれは大地の精霊オノドリムのお告げが発端だというではないか」

「うん、そうだね」

「オノドリムは帝国の守護精霊でもある。彼女のお告げを余が信じないなどありえんことだ」

イシュタルはきっぱりとそう言い切った。

そういえばそうだった、守護精霊だった、と久しぶりに思い出した。

「だから、感謝するぞマテオ」

「う、うん。どういたしまして――光栄です」

俺はソファーから立ち上がって、深々と一礼した。

皇帝から直接褒められたら座ったまま受け取るのは失礼に値するのだ。

そんな俺の返礼をイシュタルは笑顔でみまもったあと。

「では近日中にこの話を帝国全土に公布する」

「ええっ!? そ、それは大げさなんじゃ――」

「守護精霊オノドリムのお告げを形にしたのだ、布告をしなければならん」

「あ、うん」

きっぱりと言い切るイシュタル。

それは口実として最高のものだった――そう口実。

俺が「口実」だって分かる位で、イシュタルは今も、いつもの溺愛する顔で俺を見つめていたのだ。