作品タイトル不明
177.本物だからこそ
「神よ」「神よ!」「おお神よ!!」
ヘカテーと一緒にやってきた信徒達が神と連呼して、俺に向かって平伏した。
最初は驚いたが、少し落ち着いてすぐに理解した。
俺はヘカテーに確認した。
「効果があったの?」
「はい。これはまさしく神の奇跡、神が我々に与えたもうた恵み」
「ということは、口をゆすいだだけで綺麗になったのは」
「おっしゃる通りでございます」
「うん」
俺は頷き、考えた。
「じゃあ、これがあった方がヘカテー達はうれしいって事だよね」
「おっしゃる通りでございます」
「……もっと都合がいい方法があるんだけど、どうかな」
「もっと都合が……?」
ヘカテーはきょとんとした。
平伏していた信徒達も、顔をあげて不思議そうに俺の事をみていた。
☆
「ここだね」
ほとんど光のない、暗闇に近い洞窟の中。
俺はヘカテー、そしてオノドリムと一緒にきていた。
魔法で明かりを灯し、オノドリムに頼んで案内してもらったのは洞窟の開けた空間で、ちょっとした泉のある所だ。
「ここがさっき行った湧き水につながってるの?」
「うん。ここから先だと表の雪とかだけど、一回ここに溶けたのがあつまって、それで地下水脈を通ってあそこに繋がってるよ」
「そっか。ありがとうオノドリム。すごいよオノドリム」
「ふふん、これくらい簡単簡単」
オノドリムは胸をはって、嬉しそうにいった。
俺がオノドリムに頼んだのは、「変哲のない農村にある湧き水の水源地を教えてほしい」というものだった。
湧き水の水源という、今までにオノドリムから教えてもらった事に比べればささやかで、いかにも大地の精霊らしい情報。
それでもオノドリムがいなかったら難しかった情報だからすごく有難かった。
「神よ、この様な所に何故……?」
「ちょっと見ててくれる?」
「はい……」
困惑するヘカテー。
俺はポケットから一枚の皮コインを取り出して、親指ではじいた。
空中でぐるぐる回った後いつものように膨らむ。
もとのすがたに戻ったのは――。
「神?」
マテオではなく海神の姿だった。
「うん、前の時の要領で、というかまたちょっと改良してつくった海神の体の皮なんだ」
「そうなのですか」
「これをね――」
説明しつつ、海神の皮と併走して泉の前に立った。
立ち止まった直後、海神の皮から瀧のような涙がながれだした。
瀧のような涙は泉に流れ込む。
「神!?」
「あっ、ごめん説明してなかったよね。渡したあれ、実は海神の涙っていう名前のものなんだ。正体は見ての通りこんな感じのもの」
「神の涙……」
ヘカテーは言葉をうしなった。
悪感情ではないようだ。
彼女との付き合いも長くなってきて、何となく分かってきた。
今の彼女は、信仰心と感動が同時に高まってそれが混ざり合ったときの表情をしている。
一言で言えば「神よありがとう!」の無言バージョンだ。
「で、それをここに流す。そうなるとどうなると思う?」
「……先ほどの湧き水からでる」
「うん――そうだよねオノドリム」
「もちろん! 普通あそこにいくよ」
念の為に確認して、大地の精霊からも更にお墨付きをもらった。
村人時代何度か見てきた光景だ。
その辺にあったただの湧き水が、なんかの拍子で病に効くと噂が流れて一気に名勝になった事が俺の知っているだけでも2回あった。
「つまり、あの湧き水はこれから――」
「神の奇跡の泉になる!」
ヘカテーは興奮した様子で俺の言葉を遮った。俺は静かに、微笑んだまま頷いた。
どうやらもくろみが伝わったようだ。
このあたりは貴族の知識じゃ中々みにつかなかったであろう、村人の知識。
ただの湧き水が神聖化していくのを実際にみてきたからこそ出てきた発想だ。
実際、二回のうち一回は最終的に教会が絡んできたこともあった。
「湧き水からの方がヘカテー達もうれしいでしょ」
「はい! より信徒達に広めやすくなります! さすが神! 我々の価値観にも寄り添って下さった奇跡を……この気持ちはとても言葉では言い合わすことができません!」
「あはは、僕もそんなに価値観がわかるわけじゃないよ。実際どうなのかな」
一度そこで言葉をきって、より真剣に、と意志を込めてヘカテーに聞いた。
「もうある――神殿? とかに湧き出るのと、ああいう森とか山とかの何もなかったところに湧き出るのと。同じ効果でもどっちがありがたいものなの?」
「神には恐れ多いことですが、人間の価値観ですと」
「うん、それをおしえて」
「いかようにも、でございます」
「どういうこと?」
「今回は神の奇跡、神の御力が本物でございますので、いかようにも解釈できます。辺境の地も神は見放さず慈愛を届けて下さる――と」
「あ、そうなんだ。じゃあ実はどっちもでいいんだ」
俺はちょっと苦笑いした。
ちょっと考えすぎだったのか、と思った。
「はい。神の御力、奇跡が本物だったからこそでございます!!」
ヘカテーはほとんど同じ言葉を繰り返して、力説してきた。
いまにも顔が迫ってきそうな勢いだ。
「そうだよね、マテオがすごいからどっちでもいいんだもんね」
「おっしゃる通りでございます」
オノドリムのまとめにヘカテーが同意した。
うーんそれでいいのかあ、とちょっとだけ苦笑いしてしまうのだった。