作品タイトル不明
176.神の涙
「その聖水ってどうやって作られるの?」
俺は女王に聞いた。
人魚じゃない人間に使えるかどうかは分からないけど、まずは作ってみて、それで試してみたいと思う。
だからまずは聖水の正体をと思った。
「作り方は存知あげませんが」
「が?」
「昔から『海神の涙』とも呼ばれていました」
「海神の涙……泣けばいいの?」
「そこまでは……本当に涙そのままなのか、それとも涙で例えられているけど別のなにかなのか」
「あはは、よくあるよね、そういうの」
古来より、多くの人は「涙」に美しさを見いだすことが多い。
それはシチュエーションであったり、あるいは純粋に光を反射しての現象だったりと。
理由はいろいろとあるが、「涙」というのはいろんな時代のいろんな言葉で美しさを表現する言葉として使われる。
だから女王が本当に涙かどうかは分からないというものうなずける。
「とにかく試してみよう」
「はい」
女王や他の人魚達を待たせて、俺はさっと海神ボディに乗り換えてきた。
「おまたせ」
「いいえ! とんでもありませんわ!」
さっきまでは割と普通に――普通に親しみを込めての接し方だったけど、海神ボディに乗り換えてきた瞬間、女王を含め人魚達の目の色が変わった。
目の形がハートマークに見えてくるような、それくらい熱烈な視線にかわった。
やっぱり人魚達にとって海神は特別な存在なんだなと、それを再認識しつつといかけた。
「海神の涙、という名前以外で知ってることはある?」
「すみません……それ以上のことは……」
女王が意気消沈した。
敬愛する海神の問いに答えられなかった事に落ち込んだ。
「ううん、気にしないで。念の為に確認して見ただけだから」
「はい……」
「それならいろいろ試してみようかな。もしこの体からとったダシ、みたいなことだったらちょっとわらっちゃうけど」
女王の気持ちがすこしでも楽になるように軽口を叩いてみた。
ちょっとだけ本音でもある。
もし本当に料理のダシみたいなものだったら本気でちょっと面白いと思った。
「じゃあ……無難だけど、『海神の涙』ってことだから、涙をちょっとだしてみようかな」
「涙を……自在にだせるのですか?」
「たぶんね。海神の体だと液体の操作が思った以上に出来てしまう感じなんだ」
「たしかに!」
女王は目を見開き手を合わせて、めちゃくちゃハッとしたような表情をした。
「じゃあ――」
なんとなくのかけ声をして、海神ボディの内側に意識を集中した。
涙をだすように意識する。
人間の時はまったくできなかったことだが、海神の肉体はそれが簡単にできた。
「ああっ!」
女王は驚いた――悲鳴に近い驚きの声をあげた。
俺の目、海神ボディの目から大量の涙が一気に流れ出した。
よく比喩表現として瀧のような汗、瀧のような涙とあるが、実際見て見るとただの誇張表現でもちろん瀧なんて程遠いもの。
それがちがった。
海神の目から出た涙は文字通り「瀧のような」涙だった。
めちゃくちゃ大量に流れる涙に女王は悲鳴のような声を上げたわけだ。
「わ、海神様。大丈夫なのですか!?」
「うん、大丈夫っぽい。というか全然平気」
「そ、そうなのですか」
「さすがに多いからちょっととめて――と。大体タル一つ分くらいかな」
海の中で流れ出た涙は地上の時とはちがって、体の前――腹のあたりでひとかたまりにまとまっていた。
まるで水の中にたらした油のように、見ずとは交わらずにひとかたまりで存在していた。
「さて、これをつかってお試し――なんだけど……」
俺は女王をみた、まわりの人魚達をみた。
女王達は一様にきょとんとした表情で俺を見つめ返した。
「どうかしたのですか?」
「うん、お試しをしたいんだけど、当たり前だけどみんなの歯は綺麗だから試せないなって」
「あ……すみません……」
「ううん、いい事だから」
そう、オノドリムの気づき以降、歯が綺麗な事は純粋にいい事だと思うようになった。
それで役に立てないから申し訳ないと女王達は感じているがそんな必要はまったくないぞと慰めた。
「他で試してくるね」
そういって俺は、海神の涙を持って水間ワープでその場から離れた。
飛んだ先はヘカテーの屋敷だった。
屋敷の中、元々はパーティーとかの集まりに使うであろう大広間。
その大広間の中央に噴水があった。
室内なのに噴水だ!
「また進化してる……」
俺は苦笑いした。
元々俺が水間ワープで飛びやすいように、ヘカテーの屋敷とかよく行くところは「水」を絶やさないようにしてくれた。
ヘカテーの屋敷もそうで、元々はタルとかそういうもので水を張っておいていたのが、次第にオブジェクト化して、それが加速して屋敷の大広間に噴水が出来た。
前に来たときから噴水になったが、その噴水のまわりに更に石像がオブジェクトとして増えている。
なんというか……ああ、うん。
威厳とかそういうのが増しているんだと、そうしようとしているんだと理解した。
ヘカテーの屋敷だし好きにすればいいと思うけど、そろそろなんか恥ずかしくなってくるぞと思った。
「ようこそおいで下さいました」
「ヘカテー?」
声に振り向くと、そこにヘカテーがいた。
「この部屋にいたの?」
「いいえ、神が降臨された時は分かるようにしております」
「そうなんだ」
「本日はどのような御下知でございますか?」
「あ、うん。実はね――」
俺は持ってきた水の塊、空気の中にあっても海神の力でまとめたままの海神の涙のこ一から話した。
「それで、これを試してみたいんだ」
「かしこまりました。丁度適任者がございましたので」
「適任者、いるの?」
「はい、こちらも神の教えを広めるべく、その対策のために歯の汚い者を集めていましたので」
「あ、そうだよね」
ヘカテーがそうしようとしている事を思い出した。
たしかに今ならそういう人間を多数集めていても何も不思議はない。
「では、神の涙を一度お預かりします」
「うん」
俺は頷くと、ヘカテーは手をあげて合図を送った。
部屋の外から一組の男女が入ってきた。
顔は何となく知っている、ヘカテーの部下というか、下級使徒にした人達だ。
その二人は容器を持ってきて、俺から海神の涙をうけとった。
「では一旦失礼致します。すぐに試して参ります」
「うん。僕は行かなくていいの?」
「テストには歯の汚い者を使います。現状、神がそのもの達の前にお姿を見せるのはよくないかと」
「あはは、それもそうだよね」
俺はなっとくした。
ルイザン教に歯の大事さを広めてもらっている最中だ。
信徒からすれば「まだダメ」な人間の前に神が姿を見せるのは良くない、というのはすごくよく分かる考え方だ。
ヘカテーにそう言われて、ならば完全に任せようとおもった。
ヘカテーはその二人を引き連れて、もらった海神の涙をもって外にでた。
その場でそのまま待機した。
たぶんすぐに結果が出るだろう。
口の何かと液体の何かだから、飲むかゆすぐか位しかやれる事は無くて、どっちでもすぐに結果がでそうな感じだ。
だから少しの間まった。
その推測はあたった、3分とたたないうちにヘカテーが戻ってきた。
「お帰りヘカテー。あれ? 後ろのみんなは?」
部屋に入ってくるヘカテーの後ろには数名の信徒がついている。
服装からしてたいして上位のものでもないが、一般信徒ってわけでもない。
組織の中間にいるくらいの感じの信徒たちだ。
ヘカテーはそれらを引き連れて戻ってきた。
なんでまた――と思っていたら自体が急変する。
「ヘカテー!?」
なんと、ヘカテーは信徒を引き連れて、俺の前にやってくるなり全員で一斉に跪いたのだった!