軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

175.海神の聖水

あくる日の昼下がり、自分の部屋の中。

俺は呼び出したヘカテーと向き合っていた。

自然体で座っている俺に対して、ヘカテーはいつものように「ビシッ」としている。

「お呼びでございますか、神」

「うん、ヘカテーにちょっとお願いがあるんだ」

「なんなりと」

「これも歯の話なんだけどね」

俺はまず、爺さんの干し芋のエピソードを話した。

「おじい様はそれで歯が取れたと言ったんだ」

「わかります。年寄りとはそういうものでございます」

「ヘカテーも昔はそうだったの?」

「はい。もう詳細は覚えていませんが、何らかの根菜の咀嚼中に折れたことがございます」

「そうなんだ……」

いろんな場面で前世の記憶を生かしてきた俺だが、老人にはなった事が無いからこの手のエピソードは共感できるものがなかった。

「それでね、干し芋で思いついたんだけど、何かを食べるついでに、その食べ物が歯の汚れをくっついて取ってくれた方がいいかなって。そうした方が広まると思うんだ」

「……」

「ヘカテー?」

ヘカテーがいきなり黙り込んでしまったので、ちょこんと首をかしげて名前を呼んだ。

まずは驚き、それからわなわなと震えだしたヘカテー。

やがて陶酔しきった瞳に、感極まった表情に変わった。

「おおっ、なんという……なんという神のお慈悲」

「へ?」

「そこまで人々の事を考えて下さるなんて」

「え? いや、大げさだよヘカテー」

「そんな事はございません! ああ! この神の大御心を今すぐに満天下に知らしめたい!」

「それはやめてね。それよりも、そういうものをさがしたいんだ」

「はい!」

「でもね、これはオノドリムの事で学んだんだけど、今までそういうのを使っていないから『そういうのある?』 って聞いて回ってもたぶんみんな答えられないとおもうんだ」

「おっしゃる通りだと思います……」

「だからね、ちょっと変えて、美人が多い土地、みたいな感じで歯の綺麗な人が多い土地、だったら聞いてわかると思うんだ」

「なるほど!」

いかにも目から鱗がおちた! って感じでハッとするヘカテー。

「そういう土地だときっと何かしらの原因があるはずだから、そこに行って探す。だからね、ヘカテー」

「はい」

俺が見つめ、改まって、って感じでヘカテーの名前を呼ぶ。

それを理解して、ヘカテーもビシッと背筋を伸ばして、 俺(神) の 本題(お告げ) を待ち構えた。

「それをヘカテーにお願いしたいんだ。信徒のみんなに歯の綺麗な人が多い土地はあるのか? って聞いてほしい」

「お任せを! その程度のこと造作もございません! すぐにでも」

「お願いね。あっ、ないものはないでしょうがないから、無理強いはしないでね。そういうことじゃないから」

「かしこまりました」

ヘカテーはそういい、ペコリと一礼して部屋から出て行った。

海の中、女王の玉座の前。

海の中にやってきた俺は、人間よりも遙かに巨体な人魚の女王とむきあった。

目の前には女王はもちろん、他にも人魚達がたくさんいる。

ここでも好意を受けているが、ヘカテーのかしこまったものとはちょっと違って、人魚達のはもうちょっとフレンドリーというか、親しみのこもった好意だと感じる。

そんな女王に、俺は歯の話をした。

「歯……ですか」

人魚の女王はちょっとだけ困ったような表情をした。

「どうしたの?」

「いえ、我々には人間とちがって、歯を清潔にするという考え方がありませんので」

「え? 歯を磨かないの?」

俺はちょっと驚いた。

女王を見て、それからまわりの人魚達をみた。

歯を磨かないのに大丈夫なのか!? って驚きで慌てて見回したが、女王も人魚達も、全員が歯が白くて綺麗だった。

「歯を磨かなくても綺麗でいられるの? あっ、もしかして歯がいつも生え替わるとか?」

俺はポン、と手を叩きながら聞いた。

イシュタルと爺さんが大量に集めた本の中に、一部の魚類がちょこちょこ歯が生え替わるみたいな話があった。

それなのかとおもった。

「いいえ、私達の歯は生え替わりませんわ」

「え? じゃ体質?」

「いいえ、それも違います」

「じゃあ……あっ、ここ海の中だから、いつも水の中だから」

もう一度ポン! と手を叩いた。

人魚の加護、海神の力。

その二つで俺は普通に海の中にいられるが、よくよく考えたらここは海の中、水の中なのだ。

水の中ということで人魚達は常に口をゆすいでいる状態だから歯が綺麗なのかと思った。

「そうですけど、ちょっとだけ違いますわ」

「ちょっとだけって?」

「海神様のおかげですわ」

「海神の?」

ここで海神がどうからんでくるのか不思議になった。

「はい、海神様がおわしますこの一帯は、海神様に触れた海水が海神様の力を帯びた水――人間で言うところの聖水となりますわ」

「へえそうなんだ……」

「私達は常に海神様の聖水を浴びています、それで歯も綺麗でいられるのですわ」

「やっぱり……」

人魚達は常に海神の聖水を浴びているから綺麗。

ヘカテーに言った方向性は間違っていなかった。

歯が綺麗な人が揃う土地に、その理由になる特別な何かがある。

それが女王の言葉でより一層確信した。