作品タイトル不明
166.爺さんの歯
「厳密にいえば虫歯だ。虫歯が原因で歯が欠けたり、抜けたりするのを何とかしなければならない」
「えっと――」
「ふむ、貴族には分からないか。歯ブラシはほとんど貴族か大金持ちにしか使われないからな」
「あ、ううん。それは知ってる」
たぶんこの世で俺が一番よく知っている。
元村人で、転生して拾われて貴族の養子になった俺が一番よく知っている。
貴族は毎日歯を磨く。
その歯を磨くために使われる道具は歯ブラシというが、この歯ブラシは木製の取っ手に硬い毛をくくりつけて磨くものだ。
その毛はなんでもいいというわけじゃない。
ほどよく硬くて、かといって硬すぎない物じゃないとだめ。
そこで使われるのが豚の背中の毛だが、大体豚一頭から歯ブラシ一本分の毛しか取れない。
その上動物の毛を毎日「こすりつける」ように使うから、当然毛の方が徐々にへたっていく。
豚一頭から一本分しか取れない上に消耗品でもあるから、歯ブラシというのはものすごい高級品で、ダガー先生の言うとおり貴族か大金持ちにしか使われない。
村人だった頃は塩を指につけて擦って歯磨きをしてた。
塩だってそうそう安いものじゃないから、磨かない事がおおかった。
「そうじゃなくて、虫歯? ってことだよ」
「老人でなくとも、歯痛で食事が喉を通らないことが良くある――これも君には分からないな。実に綺麗な歯をしている。大事にしろ」
「えっと……うん、なるほど」
なんとなく話が分かった。
確かに歯が痛くて飯が喉を通らない経験は前世の村人時代にあった。
老人で歯がなくなってそれで――という話なのに虫歯の話になったのはなんでって思ったけどちゃんと同じ理屈だったようだ。
「つまり虫歯の治療をもっと出来れば人間の寿命も延びるということだな」
「えっと……そうかな? そうかも」
オノドリムはよく分かっていないようだが、とりあえず頷いといた、という感じだった。
「ならば治療の方向性だが……悪くなった患部を切り取るのは定石だ。虫歯の黒くなった部分を削るか? いや削っただけではだめだな、出来てしまった穴も埋めた方がいいだろう。穴の中に触れると痛むというから塞がねば――」
あごを摘まんで、なにやらぶつぶつ言い始めたダガー先生。
ちょっとしか聞こえないけど、虫歯の治療の事らしかった。
ふだんだったら、こういうタイプの人が自分の世界に入り込んだのを邪魔しちゃいけないって思ってしまうが、今回はちょっとちがった。
「ねえ、ダガー先生」
俺はちょっと強めに――いつもよりちょっとだけ強めの口調で呼びかけ、それで顔をあげてくれたダガー先生に強めに見つめた。
「どうした?」
「僕に協力できることってある? 何でもするよ」
「なんでも?」
「うん、なんでも」
「マテオどうしたの? なんか普段よりかなり本気っぽい?」
俺のテンションがいつもとちょっと違うことをオノドリムも気づいたようで、彼女は不思議がって聞いてきた。
「おじい様に何とかしてあげたいんだ」
「おじいちゃん?」
「うん、おじい様。おじい様って歯が少なくなってきたし、歯が少ないと食べ物がちゃんと食べられなくて長生きできないって二人ともいったでしょ」
「そうだね」
「なるほど、ロックウェル公か……」
「だからおじい様に歯をプレゼントして、長生きしてほしいんだ」
俺は目的を二人に話した。
かなり本気の――いやめちゃくちゃ本気の目的だ。
今まで、こうすれば長生きする、という話をあまりしてこなかった。
この歯の話がはじめてかもしれない。
爺さんのことは「おじい様」ってよんでるけど、橋の下で俺を拾って育ててくれたから実際は育ての親に近い。
また、村人時代とマテオ時代、両方の人生を合わせた年齢で考えて、爺さんはほとんど親のような年だ。
俺はものすごく純粋に、爺さんに長生きしてほしいと言う気持ちで、ダガー先生に協力しようと思っている。
「だからダガー先生、協力――うん、何でもするから、協力 させて(、、、) 」
「よし、ならば歯を作ろう」
「歯を作る?」
「治療よりもなくなった歯をつくって差込む形だ。なあに、複雑な義肢に比べれば歯はタダの塊だから難易度は低い」
「なるほど、そうだね!」
「ねえねえ、なんであんたもやる気になってんの? 前の時よりずっとやる気っぽいけど」
今度はダガー先生のやる気をふしぎがったオノドリム。
彼女に指摘されて、俺もそういえばとおもった。
ダガー先生と初めて会ったときから、オノドリムもダガー先生といろいろ絡んでいる。
だからダガー先生のやる気の違いに気づいたみたいだ。
「ロックウェル公は彼の事を溺愛している」
「あ、うん。そうだね」
だから? とダガー先生を見つめ返す。
「君の発案で、なんなら治療法にキミの名前をつける。そうなればロックウェル公は世界中の貴族の老人に君を自慢できると、その先の研究費など惜しげもなくだしてくれるだろう」
「あー……」
なるほどと思った。
同時に、その光景がものすごく鮮明に脳裏に想像出来てしまった。
うん、爺さんなら絶対そうする。
『見て見て、マテオがプレゼントしてくれた新品の歯なのじゃ』
そんな感じでめちゃくちゃ自慢して回るだろう。
その先にもっと何かがあるとダガー先生がアピールすれば研究するためのお金は絶対にだす。
「つまりwin-winの関係だ」
「うん、そうだね」
爺さんがそれで俺を更に自慢して回るのは恥ずかしいけど、それで爺さんが元気に長生きするのなら言い事だ。
俺はますます、ダガー先生に協力する気持ちを固めたのだった。