作品タイトル不明
143.遠慮しなくていい
「――はっ」
ひとしきり俺の皮を抱きしめて盛り上がった後、イシュタルはふと我に返った。
ハッとなって、俺の皮を手放して、距離をとって咳払いした。
さっきまでの自分の姿がよほど恥ずかしかったのか、困り眉で頬がほんのりと赤くなっている。
あんな姿じゃイシュタルでなくても、普通の女の人だったらみられて恥ずかしいだろうなと言うのは簡単に想像出来る。
だからそれには触れずに、なかったことにした。
俺は俺の皮をエクリプスの力で操作して、自分の前に立たせた。
丸みを帯びて若干デフォルメされた姿になっていたので、頭のどこかで想像してた「鏡の前に立ってる」ような光景にはならなくて、違和感はまったくなかった。
「うん、これで成功ってことでいいね。ありがとうノワール、それに二人も」
「もったいないお言葉」
「これくらい余裕余裕、というかもっと頼って、ね」
「それには同意見だ」
「本当にありがとう」
今回の事で協力してくれた三人に、もう一度お礼を言った。
そうしてから再び俺の皮と向き直って、見つめた。
「それにしても、ふしぎだね」
「何が?」
オノドリムは合いの手を打ってきた。
「だって、このナイフで切った皮って、もともとこれを作った人の目的を考えたら、ちゃんとした美人になるものだよね」
「これも可愛いよ?」
「うん、でも本来の目的じゃないって思うんだ。これってもう完成系だよね」
そういってノワールに聞いた。
この場にいる四人で、ノワールが最もこのナイフの事をよく知っている。
そのノワールは慇懃な態度のまま答える。
「ご主人様のおっしゃる通りでございます。エクリプス様のお力で操作しているため本来の意図するところとは異なる形となりましたが、だれかがこれを着ればおそらくはご主人様とうり二つの姿になるはずです」
「あっ、そうなんだね」
なるほどって思った。
道具が本来のじゃない使い方をしたら違う結果になるのはすんなりと納得出来た。
「そうなのか……」
俺は納得をしたが、何故かイシュタルはその話を聞いて落胆していた――落胆?
「どうしたの?」
「い、いや何でも無い、一枚もらって妃の誰かに着せるとかまったく思っていないぞ」
「……そうなんだ」
やっぱりちょっとパニクったままだ。
イシュタルはたぶん思っている事を全部口にしてしまったが、俺はそれを聞かなかったことにしてあげた。
ちなみにオノドリムはクスクスしてたけど、目配せして「やめてあげて」と伝えた。
再び、話を逸らす。
ノワールに質問する。
「ねえ、これって立て続けに、というか同じ人間から皮って複数取れるの?」
「可能でございます。採取可能の数は対象者の生命力次第でございます」
「連続でやったらめちゃくちゃ腹ぺこになっちゃうって事?」
「おっしゃる通りでございます」
「じゃあもう一枚だけやってみよう」
そういって、俺はもう一度、同じようにナイフを自分の胸に突き立てた。
さっきとまったく同じ手順で自分の皮を剥がした。
もう二度目ということもあって、オノドリムもイシュタルも、今度は平然とした様子で見守っていた。
ノワールは当然いつも通りだ。
そうやって二枚目の皮を剥がして、同じようにエクリプスの力で動かした。
デフォルメはイレギュラーともおもったけど、二枚目も同じようにデフォルメされた見た目だった。
二体とも操作できた、自立して俺の前にたった。
その二体を操作して、動きを確認するという意味合いも込めて、軽く喧嘩っぽいことをさせてみた。
デフォルメされている分可愛らしい光景になったけど。
「すごいね、ちゃんと戦ってる感じ」
オノドリムが感心した。
「上手く行ってよかった」
「可愛いけどなんか人間がよくやってあれ、コロシアムで戦わせてるあれみたい」
「うん、おじい様に昔つれて行ってもらったことがあるんだ」
「これどれくらい動かせるの?」
「まだ分からないけど、普通の人間が普通に出来る事は普通にできる感じ。戦ってもそれなりにいけると思う」
「そっか、すごいねマテオ」
俺は微笑んだ。
ここに来て、エクリプスの力を完全にものに出来たという気分になった。
死体を操るというのに気後れをしてあれこれやってきたけど、ここにきてようやく気兼ねなく使える形を見つけた。
人間の死体は気後れするが、自分の皮ならなんの問題もない。
いくら乱雑に扱っても、自分の皮なんだから気後れすることは一切ない。
最高の形に辿りつけたことで、充実感を覚えていた。
「あとは保存と召喚だね」
「保存と召喚?」
「うん! こんなにでっかいし、マテオはもっとたくさん作るみたいだから、普段から身の回りに置いておくわけにも行かないでしょ」
「それならもう考えてるよ」
「本当に?」
「うん。ノワール、コップに水をお願いしてもいい?」
「こちらでございます」
言った瞬間、ノワールはその場から動かずに水の入ったコップを差し出した。
「持ってたの?」
「こんなこともあろうかと、ご用意しておりました」
「そうなんだ、ありがとうね」
それって結構すごい事だけど、ノワールのことだし今更驚かないとも思った。
コップを受け取って、海神の力を行使した。
すると、皮の一体がコップの水の中に吸い込まれて、水の中からでた。
「おー」
「水間ワープの応用だね。普段はどこかに置いておいて、そこに水が常にある状態にしておけばどこからでも呼び出せるよ」
「すごいね! さすがマテオ。じゃあ後は保存だね」
「うん、言われて気づいたけど、これって僕の皮だもんね」
人間の体の一部だから腐るだろう。
その保存法を考えなきゃって思った。
その時、黙っていたイシュタルが会話に割り込んできた。
「それならば任せろ」
「何かいい方法があるの?」
「うむ、遺体の保存にかけては人後に落ちないつもりだ」
「あー……皇帝ちゃんだもんね-」
「そうだ。これに関してはルイザン教も可能だろうが、余の方がもっといい技術をもっている」
イシュタルは自信たっぷりにいって、オノドリムは心あたりがあったのか納得していた。
なんだろうか? と俺は小首を傾げたのだった。