作品タイトル不明
142.精霊と皇帝の違い
俺達の間で、豚がとことこと歩いた。
それは本物の豚の動きとはちょっとちがった。
俺が思う、「可愛いペット」のイメージでとことこと歩いた。
そのイメージは実際正しかったようで、その証拠に――。
「きゃー、なにこれは可愛い!」
と、オノドリムが黄色い悲鳴をあげて、とことこ歩く豚に食いついた。
歩いている豚を指でつんつんした。
「皮の豚」ということもあってか、それはまるで風船のようにちょっと丸みをおびてて、押せばへこむがすぐに戻る。
その感触もオノドリムの目には可愛いと映ったみたいで、ますます声を上げさせた。
「確かに可愛いかもね」
「うん! それになんだかまるっこいし」
「皮だから風船のような状態なのかもね。ぬいぐるみにも見えるかも」
一点だけじっと見つめればそこは紛れもなく「豚の皮」なのだが、引いて全体でみるとその丸みもあってか、デフォルメされているように見えて俺でも可愛く感じる。
「これでひとまずは成功ということだな?」
オノドリムとは対照的に、イシュタルは冷静な様子できいてきた。
俺は側にいる、今でも手足を縛られたままの豚を見る。
豚の見た目はほとんど変わらない、今でも縛られたままじたばたしてる。
「みたいだね――これって皮をはいだ方は悪影響とかないの?」
ノワールに聞いてみた。
「実用上の問題点はございませんでした」
「ふむ、そうか」
「……実際は?」
イシュタルは納得したが、俺はちょっとひっかかりを覚えて、更にノワールを問い質した。
一度は納得したイシュタルも、俺の更なる質問に驚き、ノワールに視線を向ける。
ノワールは相変わらず慇懃な微笑みのまま答えた。
「さすがご主人様でございます」
「うん」
「あるのか?」
「はい。皮を剥がされたあと、その持ち主は食欲および眠気の増大が確認されました」
「食べて寝るという事か?」
「皮をはいだ分の成長を肉体が欲していると結論つけられました」
「ふむ」
「それだけ?」
「はい、他にはございません」
「お腹がすいて眠くなるなら、そんなに問題はないね」
「そうだな、実用上問題がない……ふっ、言われてみればその通りだな」
イシュタルはまた納得した、今度は俺も同じようにノワールの説明に納得していた。
これだけの精巧な皮、精巧な着ぐるみっぽいものをつくれるのだ、その副作用というか代償がお腹がすいて眠くなるというレベルなら、確かに「実用上問題ない」でいいと思った。
それなら――次の段階に進むべきだと思った。
「これ、自分でやってもいいの?」
「問題ございません。ご自身ではおそらく剥ぎ取りにくい部分もおありかと思いますが」
「じゃあ大丈夫だね」
村人時代、散髪とかひげそりとかそういうのは自分でやってて、後ろ髪とか切りにくかったのを思い出す。
そういう話なんだろうなと思って、そしてそういう話なら問題ないと思った。
俺は意を決し、ナイフを自分の胸に突き立てた。
「……っ」
イシュタルが息を飲んで、目を見開かせた。
「大丈夫だよ」
俺はにこりと笑ってやった。
目の前で親しい人間がナイフ持って自身の胸に突き立てれば、理由は分かってても一瞬ぎょっとするのは無理ないことだ。
「……そうだったな」
イシュタルが微苦笑したのをみて、俺はナイフを押し込んだ。
さっきとまったく同じ感触になった。
まるで仕込みナイフのように、押し込んでいるけど押し込んでいない感。
物理的に何かを切っているわけではない不思議な感覚のまま、俺は自分の皮をはいでいった。
ノワールに言われたとおり、ちょっと手間取った部分もあったが、無事自分の皮を剥ぐ事に成功した。
その皮を手に取って、広げる。
不思議な感覚だった――
――ぎゅるるるるる。
腹の虫が盛大になった。
その場にいる全員に聞こえるくらい大きなおとだった。
前もって聞いていたから誰も驚かなかった。
俺は苦笑いして。
「あはは、本当にお腹がすくんだね」
「眠気はどうなのだ? マテオ」
「それは――うん、まだ大丈夫。日中だし動いてたらちょっとの眠気は平気」
「ふむ」
「じゃあ、試すね」
俺はそういい、洗濯物を干す前によくやるような、皮をパンパンして、両手でもったまま前方に突き出した。
自分の皮――自分と同じサイズの皮。
だから一部地面に垂れている状態の皮にエクリプスの力をとおした。
皮が風船のように膨らんだ。
足のあたりが地面に触れていたこともあって、膨らんだ後は地面について、普通にたてた。
俺は手を離した、俺の皮が自立した。
そして――動く。
その場でバタバタと手を動かし、ぐるっと一回転した。
「……行けたね」
「お喜び申し上げます」
ノワールの言葉で、完全に成功したと理解して、ホッとしたのと嬉しいのが同時にやってきた。
更に同時に、もうひとつの気持ちが胸に生まれた。
それは――親。
俺の親、マテオの親。
エクリプスの力で俺の皮を動かせるって事は、マテオの産みの親はもういないという事なんだろう。
それでちょっとだけセンチメンタルな気持ちになった――が。
それはほんの一瞬だけのこと。
「……か」
「か?」
目を見開き、俺の皮を凝視しているイシュタル。
次の瞬間、イシュタルの反応があらゆるセンチメンタルを吹き飛ばすものだった。
「かわいいーーーーーーーっっ!!!!」
「へ?」
目をきらきらさせて、俺の皮に抱きつくイシュタル。
「可愛い、何これ可愛い、可愛すぎるぞ!」
「ちょ、ちょっとまって、落ち着いて」
豚の時は何も反応しなかったイシュタル。
それが俺の皮、風船で膨らんでデフォルメされた俺の皮にめちゃくちゃ反応して、まるで人格が変わったかのように興奮しだした。
「えっと……」
俺の皮を抱きしめてしまうイシュタルの反応が予想外で、どうすればいいのかちょっとだけ困ってしまうのだった。