軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

141.豚の皮

「これが完成品となります」

「いつものことだけど、すごいね」

戻ってきたノワールからナイフを受け取った俺は心の底から感心し、そういった。

「何がでございましょう?」

「この様子を見てもまったく動じてないところ、だよ」

俺の側でオノドリムとイシュタルが張り合って、俺への溺愛を競い合っている。

大地の精霊と帝国皇帝のいわば意地の張り合いはいろんな意味でめちゃくちゃだった。

なのに、それをみたノワールは表情をまったく変えなかった。

「執事の本分を守らせて頂いているだけでございます」

「執事の本分?」

「はい」

ノワールはトレードマークの、何を考えているのかよく分からないような慇懃な微笑みを浮かべたまま、説明をした。

「仕える主がなさる全てを見て、理解して、反応しない。それだけでございます」

「そういうものなんだ」

「はい、先回りしてあらゆる準備を整えておきますが、求められるまでしゃしゃり出ない。それが執事でございます」

「それだと無駄になっちゃう事がおおくならない?」

「それを見せないのが執事でございますので」

「すごいね……」

俺は純粋に感心した。

その話から想像すると、たぶん準備の9割は無駄になっているんじゃないかって思ってしまう。

それをいつもニコニコしたままやってのけるノワールは想像以上にすごい人なんじゃないのか? と思えてきた。

「惜しいな」

ふと、オノドリムと子供のように張り合っていたイシュタルが真面目なトーンで口を開いた。

それは俺を溺愛する時とは百八十度違う、皇帝の威厳のある口調だった。

「マテオの元にいるのでなければ即座に引き抜いているところだ」

「恐悦至極に存じます」

「これからもよくマテオに仕えるように」

「かしこまりました」

真剣なやり取りをかわす二人。

イシュタルからもこうして真面目に高評価されていることで、ますますノワールの事をすごいなって思った。

俺は改めて、ノワールから受け取ったナイフをみた。

「これってもう完成?」

「はい」

「どうやって使うの?」

「こちらに試験用のものをご用意致しました」

ノワールはそういって、立っていた所からスッ、とどいた。

「わっ!」

そこに現われたのは豚だった。

四本の足と口を縛られた豚だった。

豚は縛られていてほとんど身動き取れないが、フゴフゴともがいている。

「い、いつの間に?」

「用意しておりました」

ノワールはさらっと言ってのけた。

「えっとそうじゃなくて、用意してたんだろうけど……いつの間に持ってきたの?」

「ご主人様が望まれる時にだせるように 用意しておりました(、、、、、、、、、) 」

同じ言葉を繰り返したノワール、その言葉をもうちょっと深く理解して、ますますすごいと思った。

「なんで豚なの?」

オノドリムが「素朴な疑問」って感じでノワールに聞いた。

「こちら、ご主人様方に饗するために用意されている豚でございます」

「食事に出すようって事?」

「はい、ですので失敗してもまったく問題はございません」

なるほどと思った。

どのみち食卓に上がるための豚だから、ナイフを使ったテストで失敗しても何も問題はない。

俺がやりやすくするための気遣いということだ。

「失敗するようなものなの?」

今度はイシュタルがきいた。

オノドリムの素朴な疑問に比べて、こっちはやや「問い詰める」ような語気だ。

マテオが失敗するとでも? という言葉が聞こえてきそうな語気だった。

「申し訳ございません」

ノワールは深々と頭を下げた。

「わたくしの配慮が足りておりませんでした。ご主人様であれば万に一つも失敗はございません、過去の例を無思慮に踏襲してしまいました」

「ふむ、口は上手いな」

イシュタルは少しだけ語気を和らげた、ノワールの返事には満足したようだ。

俺が失敗するとは思っていない、ただ前例に沿ってやっただけ、それはそれで失礼なことだった。

皇帝からの遠回しの叱責に対して、あくまで主を立たせるために自ら泥をかぶった。

その切り返しにイシュタルは満足した。

「えっと、実際はどうすればいいかな」

「背中を縦一文字に切り込みを入れて頂ければ、あとは感触でおわかりになるはずです」

「そうなんだ」

ほとんどなんの説明にもなっていないけど、ノワールがそう言うのなら――と、妙な信頼感をもった俺は豚に近づいた。

ノワールの拘束が効いてて、豚はもがこうとするがほとんど動けずにいる。

俺はその豚の背中に回って、後頭部から背筋に沿って切り込みを入れた。

「……あ」

「どうだ、マテオ」

「うん、なんか不思議な感覚。仕込みナイフ……っていうのかな、刃がはいってるのに切ってる感じがしないんだ」

「ほう」

「それと……こうかな」

ノワールがいう「後は感触で分かる」という意味がわかった。

手の平に伝わってくる感触で何となくわかった。

物理的に肉を切っている感触じゃなくて、初めての感触だったから、その感触というか手応えがする方に向けて更に刃を通していく。

すると――取れた。

まるで着ぐるみを脱いだかのように、豚から皮がべろりと剥がれた。

その皮を剝いだのに、豚の見た目はほとんど変わっていなくて、相変わらずフゴフゴともがいたままだ。

ノワールは俺が剥いだ皮を持ち上げて、着ぐるみというか、洗濯物にするかのように広げて見せた。

「お見事でございます」

「これでいいの?」

「はい、本来はこれを『着る』事によって同じ姿になることが出来ます」

「へえ……。じゃあ、ちょっとやってみるね」

一言そう断って、エクリプスから授かった力を豚の皮に向かって使った。

すると、中身のはいっていなかった着ぐるみっぽい皮が、みるみる風船のように膨らんでいった。

膨らむのに合わせて、ノワールはそれを地面においた。

やがて、元の豚とまったく同じ見た目をした、皮の豚が四本足で地面に立った。

俺は更に操作して、とことこと歩かせた。

成功だった。

「お見事でございます」

ノワールの言葉で成功したのがわかったのだった。