軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116.悪魔と大聖女の戦い

「それ、本当なの?」

「ええ」

ノワールはいつものように慇懃に応じつつ、片手のまま器用に抜き取ったバインダーを開いた。

「マックス・プランク。一生涯恋人の幻影を追い求めたあわれな男の名前でございます」

「恋人の幻影? どういうことなの?」

「彼には恋人がいたそうです」

「そうです?」

「はい」

ノワールははっきりと頷いた。表情にまったく変化がない。

「私が目をつけたのは強い願望を持ってからでしたので、実際にいた時は目撃していないのです」

「そうだったんだ」

「聡明にして怜悧活発、誰にも好かれる素敵な女性だったと彼は話していました」

「ノワールは会っていないんだよね。どうしていなくなったの?」

「戦争だったそうです」

「……そっか」

俺は小さく頷いた。

恋人を失った、理由は戦争。

それ以上は聞かなくても何となくわかるし、根掘り葉掘り聞きたいとも思わなかった。

それを察してくれたのかそうじゃないのか、ノワールはまったく変わらない表情と口調のままさきを続けた。

「恋人を失った彼は恋人を作り出そうとしました」

「作り出す? 蘇生とか、そういうのじゃなくて?」

「彼なりの理屈はあったようです。なんでも『死者をよみがえらせる事を神は認めていない、しかし一から作り直すことを禁じてもいない』とのことでした」

「えっと……」

神、と言う言葉が出たから、俺は何となくヘカテーに視線をむけた。

神に関わる世界最大の宗教、ルイザン教の大聖女である彼女の意見が聞きたかった。

俺こそが神とあがめられているのだから、この反応はよくよく考えたらおかしいのだけど。

「はい、死者の蘇生は禁忌とされております。しかし、死者を作り直すはそもそも言葉としても理屈としても成立しておりませんので、禁じているはずもございません」

「たしかに」

死者を作り直す――なんてのはヘカテーのいうとおり、言葉としてもおかしい。

そんな普通はしない、おそらくはそのマックス・プランクという男しか使わなかった言葉をわざわざ禁止にする何があるはずもない。

「ということですので、理屈はまったく理解できませんが、彼は禁じられていない方の、死者を作り直すため、ホムンクルスの研究に没頭しました。そこに私が取り入った、という次第です」

「それって、成功したの?」

「何をもって成功したのかは難しい所ですが、すくなくとも、私は自信をもって、彼が人生に満足して死ねたと胸を張って言えます」

「なんか含みのある言い方だね」

「ご主人様が持ち帰ったのが最終成果でございますので」

「……幻覚、ということですか?」

ヘカテーが俺とノワールのやり取りに割り込んできた。

絶えず笑顔のまま、慇懃な態度のままのノワールとはまったくの正反対で、ヘカテーは険しい表情で、半ば責めるような態度だった。

「ご想像にお任せします」

「それが悪魔のやり口ということ」

「彼は幸福の中で死ねました。すくなくともこれは事実です」

「その手口を恥ずかしいとは思わないのですか」

「悪魔ですから」

笑顔のノワール、静かな怒りをたたえた表情のヘカテー。

二人の間で火花がバチバチととびちっているのが見えてきそうな、そんな空気感だった。

「それはそうと」

みようによってはヘカテーが一方的に敵意を向けているだけにも見えてしまう。

その証拠に、ノワールはけろっとした顔でヘカテーから俺の方に向き直った。

「ご主人様はその人形がご所望なのでしょうか」

「えっと……うん」

「では、彼が残した全ての人形をここに持ってくると致しましょう」

「全ての人形? このホムンクルスだけじゃないの?」

「彼は実に難儀な性格をしていましてね、容易に成功することを良しとせず、何度も何度も失敗した先に本当の成功がある。それを望んでいました」

「途中の失敗作があるってこと?」

「はい。成功した物とまったく同じものが」

「まったく同じもの?」

「はい、その通りでございます」

なんでまったく同じものなのか? と一瞬不思議に思ったが、すぐに何となく分かってしまった。

ヘカテーが詰めたノワールのやり方、幻覚を与えて幸せにさせたやり方。

こうして最後のホムンクルスがのっぺらぼうの人形だったところを見ると、研究は成功しなかったんだろう。

同じホムンクルスを延々と作り続けたんだろうな、と想像にかたくなかった。

それはちょっと気の毒ではあった。

とはいえ、そのホムンクルスを全部持ってこられても――って思ったが。

「しばしお待ちを。すぐに人形どもを持って参ります」

ノワールはそう言って、優雅に腰を折って一礼し、すっと部屋から出て行った。

「あっーーいっちゃった……」

止める間もなく行ってしまったノワール。

「よろしいのですか?」

ヘカテーが聞いてきた。

「うん、なくてもいいけど。このホムンクルス、道具としてオーバードライブ出来るって考えたら、こういう人形が多いとできることも増えるかなって」

「そうですか…………むっ」

「どうしたのヘカテー」

「人形……道具……」

「ヘカテー?」

「しばしお待ちください神!」

「え?」

「今思いだしたのです。ルイザン教が保管している神具や魔導具に『人形』とされるものがたくさん存在しています」

「あー……なるほど。うん、そういうのってありそうだね」

俺は小さく頷き、納得した。

ホムンクルスに限定するのではなく、道具としての人形、という事ならルイザン教に限らず、世の中に数多くいろんな物が存在するんだろうな、とおもった。

「すぐに集めて参ります」

「へ?」

「悪魔にばかりいい顔をさせてたまるものですか」

ヘカテーはそういい、対照的にバタバタした感じで部屋から飛び出していった。

「えっと……ヘカ、テー?」

これまた止めそびれてしまって、俺はちょっと困惑した。

ノワールとヘカテー、二人は一体何をしてるんだ? って思っていたそこに。

「仲がいいね、あの二人」

「へ? どういうことオノドリム」

戻ってきてから、これまたニコニコ顔で静かに見ていたオノドリムがそんな事を言い出した。

仲がいいって……どういうこと?

「だってあの二人、皇帝とおじいちゃんの張り合いみたいなことしてるじゃん」

「むむむ……」

オノドリムにそう言われて、俺はちょっと困ってしまった。

皇帝とおじいちゃん――イシュタルと爺さん。

その二人が何度も繰り広げてきた俺への溺愛合戦と似ているってオノドリムはいった。

実際、それと同じなのがこまりものだ、って俺はおもってしまい。

その日のうちに二人がホムンクルスと大量の人形を屋敷に持ってきたことで、実際にもかなりこまってしまうのだった。