作品タイトル不明
117.漁夫のオノドリム
日が暮れ始めた頃、庭に俺とオノドリム、そしてヘカテーにノワールの四人がいた。
ノワールはいつものように穏やかで慇懃な表情のままで、ヘカテーは敵意剥き出しにしている。
そんな感じで向き合う二人は、背後にそれぞれ大量の「人形」を 設置(、、) している。
ノワールの背後は例のホムンクルス。
背中から見るとまるで人間そのものだが、前から見たら全部がのっぺらぼうで人形感が強くなる。
一方のヘカテーの背後には石像や彫像、「人形」――人の形をした物という意味ではあながち間違っていないものがずらっと並べられている。
俺はまずノワールに聞いた。
「それがマックスっていう人の作った物?」
「ご明察でございますご主人様」
「そんなに作ったんだ」
「すべて試作品ではございますが、最後に作られた完成品とはさほどの違いはございません」
「え? どうしてなのそれ」
「妄執の強さと能力は必ずしも比例はしておりませんので」
「えっと……」
すこし考えて、ノワールがやったことを思いだしてそれで理解した。
最終的にどうやら、ノワールは幻想を見せたみたいな形でマックスの願いを叶えた。
それはつまり、最後まで成功しなかったって事でもあるということだ。
「へえ、途中でまったく進歩もなかったんだ」
オノドリムがホムンクルスの大群をのぞきこんで、聞いた。
「まったくというわけではございませんが」
ノワールは少し曖昧な物言いをだした。
まったくじゃない、でもほとんど変わらない。
そういうことなんだろうな、と俺は理解した。
ノワールの方は分かった。
今度はヘカテーの方を向いた。
「ねえヘカテー、それって?」
「説明をおくれました。これらは我々が所蔵しております『偶像』の数々です」
「偶像……それを拝んだり祈りを捧げたりするわけだね」
「はい。いずれも名工のものばかりを、選りすぐりで持参致しました」
「それって、すごく高いってことだよね?」
「おっしゃる通りでございます」
「いいの? そんな高い物を」
「神がご所望でございますので、世俗の価値を用いての可否判定は致しません」
「な、なるほど」
俺には事もなさげに言い放つヘカテー。
神がいるっていったらどんなに高い物だろうが差し出す。
ヘカテーの立場やそもそもの人生からすれば当然の話なんだろうけど、なんというかまあ、ちょっとだけもったいないというか、恐いなと思った。
世界最大の宗教の大聖女が、「神のお告げ」のために差し出す物。
なんというか、めちゃくちゃ高い物だろうと想像がつく。
おれはおそるおそる、ヘカテーにきいた。
「ねえヘカテー、それって値段はどれくらいするものなの?」
「申し訳ございません、詳しい値段までは。なにぶんずっと我々の宝物庫で保管していましたので、ここ百年近く値段をつけたことはないのです」
「そ、そう?」
「いずれも国宝ですので、そうですね、金貨で――」
「ああ! いい、もういい! いいから!」
俺は慌てて手を振って、ヘカテーの話の腰をへし折った。
聞いてしまうとめちゃくちゃなぷれっしゃーになりそうな気がした。
両方から話を聞いた後、俺は一度ぐるっと、ノワールにヘカテー、ホムンクルスに偶像と視線を一周させた。
「えっと……どうしようかな」
俺は「やるべきなのか?」という意味でどうしようかなと行ったのだが、二人は違う受け取り方をした。
「お先にどうぞ、聖女様」
「なんですって」
慇懃なノワール、眉間にしわを作るヘカテー。
いつも通りの二人は、俺が「どっちから?」といってるように受け取ったみたいだ。
「何を企んでいる悪魔」
「いいえ、何も企んでいません。私が何かを企てる必要もないでしょう。どうぞ、お先に」
「……」
ヘカテーはしばしノワールを睨みつけたが、ノワールはまるで柳の如くその視線を涼しげな表情のまま受け流した。
ヘカテーは折れて、こっちを向いてきた。
「それでは神。どうぞ、お好きなものから」
「あ、うん。えっとじゃあ……」
このまま何もせずに話が収まる様子じゃなかったので、俺は腹をくくって、一番近くにある石像に手を伸ばした。
石像に触れて、魔力を込める。
石像は溶けた。
オーバードライブで溶け出した――が。
途中で完全に溶けきらずに爆散した。
とっさに避ける。ヘカテーをかばいつつ避ける。
爆散した石像は、溶けかかったこともあって岩の破片がロウソクの燃え掛けみたいな半分溶けた破片ばかりになった。
「こ、壊れちゃった。どうしようヘカテー」
「ご安心を」
「え? あ、大丈夫なんだ」
「はい。神に直接形を変えて頂いたものでございますので、明日にも聖遺物指定を致します」
「えええ!? いいのそれ?」
「神の恵みに感謝します」
ヘカテーは嘘でも強がりでもなく、そういうったのはまったくない感じのまま、素直に「感謝します」といった。
「こちらもどうぞ」
「う、うん……あっ」
次の石像もオーバードライブ中に爆散した。
その横にあるのは黄金の神像っぽくて、それもやはり触れた瞬間にばくさんした。
ものの一分で、俺は実に五体の偶像をオーバードライブで破壊した。
「も、もうやめる。ごめんねヘカテー、たくさん壊しちゃって」
「とんでもありません。神の恵み感謝致します」
ヘカテーはやっぱり、「壊してくれてありがとう」みたいなニュアンスで返事してきた。
偶像はまだまだあるが、これ以上ルイザン教が所蔵してる国宝級の工芸品を壊すのは心苦しかった。
視界の隅でノワールの姿をとらえる。
ノワールは相変わらず笑顔だったが、どことなく「それみたことか」的な感じにもみえてしまった。
「ノワールは――」
「はい、なんでしょう」
「こうなることは分かっていたの?」
「ご明察です、ご主人様」
ノワールは慇懃な笑顔のまま答える。
ヘカテーの怒気というか殺気というか、そういうのが背中に突き刺さってきた。
「どうして?」
「ご主人様のオーバードライブ。至近距離で見せて頂いたのは初めてではございますが」
「あ、そういえばそうだったっけ」
「はい。予想以上の力でございました。さすがご主人様でございます」
「あ、うん」
「ただ、ご主人様でなくとも。あのようななんの仕掛けも人の情念も込められていない物がオーバードライブに耐えられないだろうとは思っていました」
「な、なるほど……」
ちょっと恐くなって、ちらっと背後をみた。
ヘカテーは「ぐぬぬぬぬ」って感じで、反論したいけど言い返せない、その分怒りマックスの顔でノワールをにらんでいた。
「それに比べると、こちらは例の彼の情念がたっぷり込められた代物。それは名工の魔導具と事実上同じ代物。それに加えて成功例もございます」
「たしかに、ホムンクルスで一回成功したもんね」
「おっしゃる通りでございます。さあご主人様、こちらをどうぞ」
「あ、うん。じゃあちょっとだけ……」
俺はそういい、大量にならんでいるホムンクルス近づいた。
ノワールのいうとおり、ホムンクルスでは一回成功している、再現性もあった。
だから俺はまったく躊躇することなく一体のホムンクルスに触れて、オーバードライブをかけた。
ホムンクルスは溶けて――途中で爆散した。
「あ、あれ!?」
「むっ……これは」
「耐えられなくなったみたいね」
オノドリムがそう言ってきた。
ノワールは珍しくちょっとだけ困り顔になった。
その直後だ、背後から実に「楽しげ」な声が聞こえてきた。
「大口を叩いておいてその程度ですか?」
「……」
なんでだろうと思いながら、別のホムンクルスにも触れる。
するとやはり途中まではオーバードライブ風にとけるが、溶けきらずに爆散した。
ヘカテーの偶像とまったく同じ現象だ。
「ねえ、いまどんな気持ち?」
「……ふっ、これしきのこと、どうという事はありません」
「なんですって?」
「このホムンクルスがダメなのはひとえにご主人様の力が高いからこそ」
「とうぜんですね、神なのですから」
「であればその力に耐えうる物を持ってくれば良いだけです」
「……偶然ね、同じ事を考えていました」
「へえ……」
ヘカテーとノワールはにらみ合った。
視線がぶつかり合って、本当に火花がバチバチ出るんじゃないかってくらいのめちゃくちゃすごい眼差しで互いににらみ合った。
「それ以上の物が用意できるというのですか?」
「当然です。我々は聖骸なる物をいくつも保有しています。それを使えばきっと神の要望に応えられる事でしょう」
「え? ちょっとまって、聖骸ってなに? なんかすごい事いってない?」
「そういうことですか。でしたらこちらも出し惜しみをしていられませんね。魔神の依り代を持ってくるといたしましょう」
「こっちも待って!? 更にすごそうな言葉が出てきたよ? 対抗しなくていいんだよ?」
俺は二人に突っ込んだが、二人は俺を無視するような形で、風のようにこの場から立ち去って、俺のために聖骸やら魔神のよりしろやらを取りに行ったようだ。
「えー……どうしよう、なんかすごい話になりすぎてるんだけど」
「あはは、いいじゃん別に」
「うーん、いいのかな……」
「というかさ」
「え?」
俺はオノドリムの方を向いた。
彼女はいつもの快活な笑顔のまま、「名案だ!」って感じの顔できりだした。
「よりしろでおもいだしたけど、あたしのよりしろでもいいじゃん」
「えっ!?」