軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

109.魂ソムリエ

すこし迷った結果、今の状況じゃ何もできないと思った。

「えっと……ちょっとヘカテーと二人っきりで話したいことがあるから、席を外してくれる?」

「かしこまりました」

「……」

俺は驚いた。

ノワールはいともあっさりと引き下がったことに驚いた。

「どうなさいましたかご主人様」

「あ、うん。素直に席を外してくれるんだ、って」

「主が下がれと命じて下がらない執事は不適格です。もちろん、そうではない非常時もありますが、今は平常時でございますので」

「な、なるほど」

「では失礼致します」

ノワールはそう言い残して、更に腰を折って深々と一礼して、優雅な物腰のまま部屋からでていった。

部屋の中にのこった俺とヘカテー。さすがにノワールがいなくなった事で、張りつけていた空気が一気に弛緩した。

ヘカテーが見るからにホッとしていた。

「神は……やはりすごいです」

「え? それってどういう意味?」

「悪魔は本当にほしいと思った魂は手間暇を度外視で付け狙うと聞きました。調理の比喩はあながち嘘ではありません。たった一つしかない超高級食材ともなれば――あっ」

ヘカテーは言いかけた言葉を飲み込んだ。

そして慌てて俺に向かって謝罪してきた。

「も、申し訳ございません! 神を食材に例えるなど弁明のしようがない冒涜を――」

「ううん、大丈夫だよ。わかりやすいからオッケーだよ」

俺はヘカテーを慰めた。これはまあ本心で、本当にわかりやすいと思った。

同時に、悪魔って本当にそういう存在なんだろうな、とおもった。

「だけど……」

「だけど?」

「ううん、なんでもない」

俺は首を振って、言いかけた言葉を飲み込んだ。

肉体を狙われる、というのなら話は分かる。

このマテオボディはともかく、もうひとつの体――海神ボディは文字通り神の肉体。

だから体を狙われるのなら話は分かる。

だけど、魂では説明がつかない。

俺はただの人間だ、今は爺さんに拾われて貴族の孫になってるけど、記憶に残ってる前世から普通の人間、そこら辺にいる村人A程度の存在だ。

そんな俺の魂が最高級食材といわれてもピンと来なかった。

来なかったけど――。

「この先ずっと付け狙われるのかな」

「おそらくは……」

「そっか。困ったね」

「……ご命令とあらば」

「うん?」

「ルイザン教総出であの悪魔を討伐致します」

「総出って、大げさね」

「いえ。100年程前に直接対峙したときは、直接の死者だけでも300人に上りました。その上で討ち漏らしたのですから総出は大げさではございません」

「300人も!? って、直接?」

「はい。心につけ込まれて、後日我をうしなって暴れ回ったもの達による犠牲者も含めれば……」

「後遺症みたいなものなんだ……うーん」

犠牲者が数百人、いやヘカテーは言葉を濁してるけどもしかしたら1000人を超えてるかも知れない。

それでも討ち漏らしたし、そうであってもノワールのあの余裕だ。

総出で討伐、というのは大げさでも何でも無いのかもって思った。

だからこそ――。

「ううん、やっぱりやめて」

「よろしいのですか?」

「うん……あっ、僕がタイミング見計らうから、ゴーサインを出すまでは動かないで?」

思いつきでいい方を変えた。

動くなって言われてもヘカテーならよかれと思って、あるいは代わりにとか思って、ノワールに突っ込んでいくかも知れない。

だけど俺のゴーサインを待て、っていえばちゃんと待ってくれるかもしれない。

いい方一つ変えただけのものだけど、それがうまくヘカテーの性格にはまった。

「承知致しました。ではその時までに準備を万全にしておきます」

「うん、お願いね」

とりあえずこれでヘカテーが突っ込んでいく事はなくなったから、俺はホッとしたのだった。

夕方、俺はイシュタルと向き合っていた。

リビングの中で、ローテーブルを挟んで、イシュタルとソファーに座ってむきあった。

「悪魔……人では決してないとは分かったけど……」

ノワールの事を説明すると、イシュタルは少し納得した。

訪ねてきたイシュタルはヘカテーと同様、「神マテオ」の使徒であるため、ノワールの影響を受けずに、その正体を普通に見破っていた。

人間とは明らかに違う異形の姿をした悪魔ノワール、その詳細を説明するとイシュタルは戸惑いつつも納得した。

「大丈夫なの? あれ。見た目からして禍々しかったし」

「うーん、当面は大丈夫だと思う」

自分でも頼りないな、って思うような返事だった。

ノワールの言い分をまるっと信じるのなら、俺が死ぬまで、あるいは俺の真の願いを叶えるまでは大丈夫だろうとは思う。

おもうけど、それも確証のない話だから、返事がどうしても曖昧なものになってしまう。

「本当に!? もし困ってるのなら帝国総出で――」

「いいから! 総出はいいから!」

イシュタルはヘカテーと同じような事を言い出した。

イシュタル、その正体は帝国の皇帝である。

正真正銘の、帝国の皇帝。

その命令一つで冗談抜きで国が総出で、という動き方になる。

世界のほとんどを総べる帝国と、世界最大の宗教。

それぞれのトップが同じように「総出」という言葉を使ったのが嬉しくはあると、ちょっと怖かった。

「それよりも、イシュタルが今日来たのは夜の太陽の件だよね」

「あ、うん。出来れば直接話を聞かせてもらたいないなって」

「うん、それなら――」

俺は頷き、イシュタルに夜の太陽の顛末を話した。

いろいろやって、最終的にエクリプスとして使徒化したことで、丸く収まっただろうと説明した。

「そうなんだ……使徒……」

「うん。といってもみんなみたいに見た目が人間じゃないのがちょっと複雑」

「え? そうなの?」

「そうなんだ。特徴的な見た目だから、会うときは驚かないでね」

「レッドドラゴンみたいな感じ?」

「それよりワンランク――ううん、ツー、いやスリーランクくらい斜め上の見た目かなあ」

「ど、どんなのなの?」

イシュタルは驚き、戸惑った。

思わせぶりないい方になってしまったけど、あれはそうだよなあ、と思った。

言葉でうまく説明できる自信がなくて、「会ってみればわかるよ」としか言いようがなかった。

夜になって、部屋の中。

夕食をとった俺は部屋に戻ってくついろいでいた。

お茶をもらおうと思っていたら、それを察したのか、ノワールが現われた。

「どうぞ、ご主人様」

ノワールはそう言い、白磁のティーカップに琥珀色の紅茶を指しだしてきた。

湯気が立ちこめる紅茶は、同時に芳しい香りを放っていた。

「いい香りだね――朝のとちょっと違う?」

「はい、疲労回復と鎮静作用があり、安眠効果が期待出来るかと思います」

「そうなんだ……うん、おいしい。やっぱりお茶をいれるのうまいね」

「恐悦です」

「そういえば、イシュタルはまだ庭にいるの?」

俺は探りを入れる意味合いもかねて、ノワールにイシュタルの事を聞いた。

イシュタルはあれ以降ノワールには敵意を剥き出しにしていた。

ヘカテーはその辺り上手く抑えたが、イシュタルは丸出しだった。

この辺り性格なのか 年季(、、) なのか分からないけど、イシュタルは少しフォローしないとダメかも知れないって思って、それで聞いてみた。

「はい、夜の――失礼。エクリプス様とご一緒でございます」

「そうなんだ。びっくりしてる?」

「呆然としておられましたが、飲み込みつつあるようです」

「そっか」

俺は頷いた。

夜になって、再びやってきた夜の太陽ことエクリプスをイシュタルと引き合わせたが、どうやら想像通りの結果になったみたいだ。

一方でイシュタルの事をノワールに聞いたが、ノワールは慇懃な態度をまったく崩さず、けろっとした顔で俺の質問に答えた。

あまりにもけろっとしてるから、俺はもう少し踏み込んでみることにした。

「イシュタルの事、どう思ってるの?」

「イシュタル様ですか? ご主人様の僕、と認識しております。ヘカテー様もです」

「それだけ?」

「ええ。失礼ですが、魂としてはお二人とも凡庸でございますので」

「凡庸!?」

俺はさすがに驚いた。

イシュタルとヘカテーの事を凡庸だと評したのは驚きだった。

「はい。まずはイシュタル様。人間の基準でいえば傾城傾国の美女ではございますが、中身つまり魂はただの女でございます」

「な、なるほど? ……ヘカテーは?」

「あれはただの犬でございます。忠犬ではあるのだとおもいますが、まったくもって凡庸でございます」

「そ、そうなんだ……」

さすがに俺はちょっと戸惑った。

イシュタルとヘカテーをそのように評して、最後に凡庸と斬って捨てるのは驚きだ。

「その分、ご主人様は実に素晴らしい」

「へ?」

「今までめにしてきたなかでもっとも素晴らしい魂でございます」

「うーん、それずっといってるけど、そんなに大した魂なの? 正直ぼくにはイシュタルやヘカテーの方がすごいって思うけど」

「とんでもございません、他に類をみない、希少で極上の魂でございます」

「うーん、そうかなぁ」

俺は首をかしげた、ノワールの言い分はまったく納得いかなかった。

こんな村人Aの魂を捕まえて極上と言われても、って思った。

が、次の瞬間。

「料理で例えるのでしたら」

「本当に料理好きなんだね」

「再蒸留酒――一度蒸留してある程度年月たって熟成したものを、再び蒸留した再蒸留酒のような、そのような感じでございます」

「――っ!」

俺は驚いた、めちゃくちゃ驚いた。

蒸留したあともう一度蒸留した――という例えが、村人Aだったのに転生貴族になったという俺の身の上と合致しすぎてておどろいてしまうのだった。