軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

108.悪魔の溺愛

「おや、漏れがあったようですね」

ヘカテーににらまれても、ノワールはまったく動じていなかった。

一瞬虚を突かれたような表情をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻って、手をすぅっと差しだした。

それに反応してヘカテーは身構えたが、

「大丈夫ですよ、害を及ぼすものではありません」

と、そう言いながらパチン、と指を鳴らした。

同時に、指を鳴らした音ととも力の波動が拡散したのを感じた。

正体不明の力の波動だったから、俺も少しだけ身構えた。

「大丈夫です、これで――」

「お下がり下さい神、ここは私が」

「――おや?」

ノワールの表情が変わった。

ヘカテーの反応を見て、それを表情を変えた。

驚き――ノワールにしては強い驚きののった表情になった。

「効いていない、ということでしょうか」

「え? それっておじい様やメイド達にしたことがヘカテーに効いてないってこと?」

もしやと思ってノワールの反応に聞き返す。

ヘカテーは「え?」と驚いて、俺をかばう立ち位置のまま首だけ振り向いてきた。

それに対し、ノワールは驚きが少し引いて、いつもの慇懃な笑みに戻っていた。

「はい。何故か効いていない様です。討ち漏らしだと思いましたが、どうやらそういうことではないようですね」

「ヘカテーには効かない……僕も? ……」

状況を頭の中でまとめて、少し考えて、一つの可能性を導き出した。

そして――呼んだ。

「エヴァ? 来れそうならすぐにきて」

力に乗せて、エヴァを呼んだ。

直後、廊下から慌ただしい足音がして、少女の姿のエヴァが部屋の中に飛び込んできた。

「パパ呼んだ?」

エヴァは一直線に俺の所に駆け寄ってきて、顔がくっつくくらいの距離まで迫ってきた。

「うん、使徒の中で呼んですぐに来れそうなのがエヴァだったから」

「使徒の中? 何かするの?」

「この人、どう見える?」

俺は真横にいるノワールを指さした。

エヴァは俺が差した方をみた。

そこで初めて気づいたかのように血相を変えて、そのまま見あがめた。

「昨日のあいつ! パパを狙ってきたのね!」

「おや?」

「待ってエヴァ、まずは僕の話を聞いて」

「え? うん、パパ……」

「その人、昨夜のあの人に見えるんだよね」

「うん、そうだよ。というかそのままじゃない」

「……うん、そうだね」

「これはこれは……複数の対象に効かないとは。ご主人様、そのお二人に何か共通点がおありなのですか?」

ノワールは不思議がった表情――敵意をまったく感じさせない表情のまま聞いてきた。

敵意がないもんだから、ついつい答えてしまう。

「二人とも僕の使徒なんだ」

「使徒……ですか」

「うん。えっとヘカテー、正式にはなんていうんだっけ」

「尊き青き血の使徒、でございます」

ヘカテーは恭しく俺の質問に答えた。

そのヘカテーの返事を聞いて、ノワールは少し考え込むそぶりを見せたあと。

「……まるで神のようですね」

「神でございます」

ヘカテーは何のためらいもなく、ノワールに向かってそう言い切った。

まだ少し強ばっている表情は、「神に無礼を働いているのをわかったか」と強く主張しているかのようにみえた。

「最後の悪魔……」

「はい、 最果て(いやはて) のノワール、最後に 発生(、、) し、現存する唯一の悪魔でございます」

寝室の中、俺はヘカテーと向き合って座り、彼女から話を聞いていた。

ちなみにエヴァは俺の横に座っていて、渦中どころか中心も中心にいるノワールは、まるで他人ごとの用に、執事的な振る舞いのまま少し離れた所に立っていた。

表情は相変わらず慇懃な笑みのままで、その笑みをちらっと目にする度にヘカテーが柳眉を逆立てている。

そのヘカテーは怒りを押し殺しつつ、俺の質問に答えるべくノワールに関する知識を搾り出してくれた。

「最後で唯一というのはどういうことなの?」

「かつて相対したときには、『完成した悪魔だから他の悪魔は必要なくなった』と本人の口から聞いております」

「おや?」

傍観モードだったノワールが目を少しだけ見開いて、驚いた仕草を見せた。

「私とお会いしたことがあるのですか? 変ですね、ここ百年ほど人の前に姿を見せたことはないのですが」

「あっ、ヘカテーはルイザン教の大聖女なんだよ。確か……317歳だったっけ」

「はい」

「317歳の大聖女……ああ、あの子でしたか」

「やっぱりあったことあるんだ」

「ええ、100年ぶりですし、その見た目ですから、まったく連想はできませんでしたが」

「なるほど」

道理だ、と俺は深く頷いた。

「あの時はお世話になりました」

「いけしゃあしゃあと……」

ヘカテーは感情を剥き出しにした。

この短いやり取りだけで、よほどの因縁が二人の間にあるんだろうなと察した。

同時に、ヘカテーがこういう直情的な反応をすることは珍しいから、それがどういうものなのかが気になった。

「何かあったの?」

「有り体に申し上げますと」

「うん」

「彼女の仲間達全員に、心に巣くう欲望をついて、誘惑し堕落させた――といった所でしょうか」

「誘惑……」

「全員が一応聖職者でしたが、心の奥底にドロドロとした欲望をかかえていましてね。それを理性で抑えていたのですが、そっとその蓋を開けてやり、かつ叶えてあげたという訳です」

「どうしてそんな事を?」

「誘惑し、それで操ったのでございます! そのせいで我々はかつての仲間達を手にかけなくてはならなかった」

「……ああ」

なんか想像がついた。

戦争とかで良くつかわれる手だった。

真っ向からぶつかって相手を撃ち倒すよりも、何かをやって一人ねがえさせれば、相手が一人減ってこっちは一人増える、差し引き二人分の効果が出る。

そういうことをやった、ということなんだろうな。

「また人間の前に出てきて! 今度は何をするつもりなの!?」

「彼に少し興味がありましてね」

ノワールは慇懃な笑みのまま、俺をみてわらった。

それがますますヘカテーの逆鱗に触れてしまった。

「神に無礼を働くつもり!?」

「いいえ、違いますよ。ええそれはもう、神の名に誓って」

「貴様――」

ヘカテーはいきり立って、ノワールに飛びかからん勢いだったけど、とっさに察して手をかざしてヘカテーを止めた。

もう顔が真っ赤で、頭に血が上っている状態だったが、俺の制止がギリギリで届くかんじで、ヘカテーは不承不承引き下がった。

俺はノワールの方を向き、たしなめるようにいった。

「ねえ、それはだめだよ。そういうつもりがないのなら言い方変えて、逆なでするつもりなら普通にやめて」

「これは失礼致しました」

「……うん」

「ですが、ご主人様に害をなすつもりがないのは本当です」

「そうなの?」

「むしろあらゆる願いを叶えて差し上げたいとおもっています」

「へ?」

「お望みはなんでしょう。ありきたりに世界征服や全ての美女といったものであれば、三日間頂ければいかようにもいたします」

「ちょっとまって、え? それってどういう事? ヘカテーが来る前もそれっぽいことをいってたけど、どうして僕に?」

「そうですね、悪魔が私一人になってしまったことで、悪魔の典型的な行いは人間の知識から消え去ってしまったのですね」

「はあ……」

「理由は二つ。一つは先ほど、大聖女様がいらっしゃるまえにご主人様に話した事です」

「死者の声がどうこう、ってやつ?」

「はい。ご主人様の存命中にそれを解明したいと考えています」

「もうひとつは?」

「悪魔は人の魂を集めます。理由は様々ありますが、広義的な意味で食糧、ととらえて頂いて構いません」

「はあ、なるほど」

「そして人間が料理をする様に、悪魔も魂を下ごしらえします。心の底からの望みを叶えた魂は極上なのですよ」

「あー……うん、そうなんだ……」

なんとなく、何となくだけどわかった。

「とある地方の牛農家が、牛にビールを飲ませたり、音楽を聴かせたりするのと似てるかな」

「さようでございます」

ノワールはにこりと微笑んだ。

そして、改めて――って感じで言い放つ。

「ご主人様は何をお望みですか? 手始めに世界を差し上げましょうか」

ノワールは笑顔をやはりう崩さなかったが、極めて本気なトーンでそう言い放った。

たぶん、たぶんだけど――。

下心があるだけで、爺さんと 皇帝(イシュタル) がしてくる溺愛とやることは同じになるかもしれないと、俺は直感的に察したのだった。