作品タイトル不明
107.老人達の反応
「本当にそれだけ?」
「ええ、神に誓って」
「あなた悪魔なんでしょう」
「おや、これは一本取られました」
ノワールは人なつっこそうな笑顔を浮かべた。
その笑顔を見ていると、本当はいい人なんじゃないか、と思えてくる。
だけど俺は警戒をやめなかった。
昨夜あの後、メーティスに連絡をして、「悪魔」の事を調べてもらった。
ノワールが初めて目の前に現われた時、「人間が悪魔と呼ぶ存在」だと自ら名乗った。
俺には「悪魔」という存在の知識はなかったから、メーティスにそれに関する知識はないかと、調べてくれるようにたのんだ。
すぐに返事が返ってきた。
メーティスの「知識」によると、悪魔とは神に仇なす存在で、かつては神だったのが堕落して悪魔になった――ということらしい。
神と悪魔の争いに関しては文献が多くあって、それを調べて最後「共有」すると、昨夜の段階では一旦締めくくられた。
それを知っていろいろと納得した。
神をあがめるルイザン教だけあって、その敵である悪魔に関する文献が多いという事に納得した。
それもあって、詳しい話はまだ全然何も知らないんだけど、神と悪魔が対立してたというのは知ってる。
それなのに悪魔が「神に誓って」といってもおいおいとなるわけだ。
「では何に誓いましょうか」
「うーん、別にいいかな」
「おや? よろしいのですか?」
「だって、何をいっても『じゃあそれに誓います』ってさらっと言われそうだもの」
「これは手厳しい」
そう言いながらも、ノワールはニコニコ顔のまま、それどころかどこか楽しそうだって感じるような笑顔をしていた。
やっぱり油断はならない、そう改めて思った。
「それよりも、ローラさんに何をしたの?」
「おや? そうでしたね、説明がまだでした。ご安心ください、ご主人様が心配されるようなものは、なにも」
「……なにも?」
「ええ、あのもの達に害をなすようなことは、なにも」
「……」
俺は黙ったまま、じっとノワールを見つめた。
今言った言葉が本当なのかどうか――それを見抜ける力があるだけでも無いんだけど、それでも探るかのようにじっと見つめた。
「認識にすこし介入をさせて頂いただけです。詳しく説明すると長いのですが、ご主人様と私が一緒にいるのを目の当たりにしても、私の存在に疑問を持たないという代物です」
「それだけなの?」
「はい。神に誓って」
ノワールはまた同じ言い回しをした。
いい性格をしてる、って思ったけど、それは言わないでおいた。
それよりも、敵意をまったく見せない、敵対行動もしていない、そんなノワールとどう接するのかを考えた。
敵意は感じられないけどどう考えても油断ならない相手。
そんな相手と接するのは生まれて初めての経験かも知れないから、俺は大分困っていた。
そんななか、部屋の外からドタドタとした足音が聞こえてきた。
足音は徐々に大きくなって、まったくのノンストップでドアがパーンと開かれる音に繋がった。
「おお、ここにおったかマテオ」
「おじい様」
現われたのは爺さんだった。
爺さんはドアを開け放って、一直線に俺の元に向かってきた。
そのままやはりノンストップで俺を抱き上げ、幼い子供にする様に「高い高い」をした。
「わはははは、今日も元気そうじゃのうマテオ」
「わわ、おじい様下ろして。本当に腰をわるくしちゃうよ」
「かまわぬ、その時はその時じゃ」
「ええっ、でも――」
「それよりもマテオ、ちゃんと食べておるのか? 少し痩せたのではないか?」
「え? 普通に食べてるよ?」
「だとしたら過労ではないか。小童に無理難題押しつけられてたりせんか? 小童のいうことなぞ適当に無視してもよいのじゃぞ?」
「あいては皇帝陛下だから……それよりもおじいちゃん、いい加減下ろして?」
「名残惜しいがマテオがそういうのならしかたないのう。それよりもやはり少し痩せておるようじゃな。ノワールよ」
「はい」
「え?」
俺はきょとんとした。
爺さんがあまりにも自然にノワールの方を向いて、執事と接する態度と口調で話したことに驚いた。
「マテオにもっと滋養のあるものをつくるのじゃ」
「かしこまりました。具体的なメニューのご指示がございましたら承ります」
「そうじゃな……この屋敷に万年雪のククリが置いてあったはずじゃ。それを使うのじゃ。今から仕込めば昼には間に合うじゃろう」
「万年ククリは国宝級の希少食材だったと記憶していますが、よろしいのでしょうか」
「構わぬ、どうせこわっぱの所にまた献上されるから、またぶんどってくるのじゃ」
「かしこまりました」
爺さんとノワールはまるで昔からの、かなり長い付き合いのある主従関係にある見たいに、ものすごく自然な会話をした。
そっちの驚きの方が大きくて、爺さんが指定する超希少食材の事なんて頭に入ってこなかった。
その後、爺さんはまた一通り俺を愛でてから、満足した様子で部屋から立ち去った。
「……」
「どうかなさいましたか?」
「おじい様とのやり取りの自然さに驚いているんだ」
「ええ――少し説明が足りなかったかも知れませんね。このように、私はこの家に古くから仕えている執事だと、見た方々は認識するようにしました」
「正直びっくりだよ、あのおじい様がああなるんだから」
「そのお気持ちわかります。あのご老人、人間にしてはかなりの傑物のようですから」
「……」
慇懃無礼、と言う言葉が頭の中に浮かんだ。
ノワールの言葉使いは丁寧だし、物腰も柔らかい。
だけど、言葉を一つ一つかみ砕くように読んでいくと、端々から人間をナチュラルに下に見ているというのが伝わってくる。
「では、一旦退出いたします、ご主人様」
「え? なんで?」
「昼食のオーダーを頂きましたので、それを。万年雪のククリはやりがいのある食材ですので、お時間を頂きたく思います」
「あっ、本当に作るんだ」
それはちょっと驚いた。
てっきり爺さんに適当に話を合わせていただけだと思っていたから、ちょっと驚いた。
とはいえ、俺もちょっと興味はある。
ただのパンと紅茶でもものすごくおいしく作れるノワール。
そのノワールが超高級食材――具体的にどういう食材なのかわからないけど、爺さんが皇帝から横取りしてくる超高級食材をつかったらどうなるのかは興味はあった。
油断ならないのはそのままだけど、それをやってもらおうか――と頷こうとしたとき。
「あら?」
部屋の外からまた足音が聞こえてきて、俺とノワールが一斉にそっちを向いた。
「おや、ご老人が戻ってこられたのでしょうか」
「ううん、ちがうよ。分からないかな」
「生者のことは意識を向けなければ――幼い少女ですか」
「うん」
意識しないと難しい、ただし意識すれば分かる。
その自己宣告通り、ドアが開いて入ってきたの幼げな老女――ヘカテーだった。
ヘカテーはドアを開けて、ドアの向こう、廊下の外でまず俺にむかって深々と一礼した。
「失礼致します」
「うん」
頷いてあげると、ヘカテーは部屋に入ってきた。
そしておれの前に立って、改めて口を開く。
「メーティスより話をうかがいました、その件については――」
俺に報告をしていたヘカテーだが、横にノワールが立っている事に気づいた。
最初は「部外者がいる」程度の表情で言葉をいったん止めていたけど、ノワールを改めてみて、はっとして表情をかえた。
目を見開き、驚く表情に変わった。
「その姿は悪魔!?」
「え?」
「おや」
ヘカテーの反応に俺もノワールも驚いた。
ヘカテーは更に続けた。
「悪魔ということは――やはり、いやはてのノワール!」
「おやおや」
ヘカテーはノワールをにらみつつ、俺の前にさっと移動した。
俺とノワールの間にはいって、俺をかばうようにして、ノワールとにらみ合った。
ヘカテーには……ノワールの力が通用していない?