軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

106.執事の真意

「おはようございますマテオ様。本日はこの後、ヘカテー様がお見えになるとのご連絡を承っております。朝食後くらいのご到着との事でございます」

「いや、それよりも――」

「まずは身支度のお手伝いをさせて頂きます。朝食のご用意も出来ておりますが、食堂までお運び頂くか、ここまでお持ちするかをお選びください」

「――なんで君が、って話聞いて?」

「では失礼致します」

ノワールは恭しく一礼して、俺の身支度を手伝った。

爺さんに拾われて貴族の一員になった俺は、それに恥じない身なりをしなければならないということで、毎朝使用人達に身支度を手伝ってもらっている。

正直それがないと、自分で身支度をするといろいろと抜けてしまう。

特にこのマテオに転生する前は顔を洗うのが苦手だった。

どうやっても髪と服を濡らしてしまうから、世間のみんなは一体どうやって朝に顔を洗っているのかを不思議に思ったくらいだ。

だからマテオになって、朝やってもらうようになってそこはものすごく助かった。

そしてノワール(?)の手伝いは今までのどの使用人よりも上手かった。

髪の梳き方も顔の洗い方も服の着せ替えも。

何から何まで使用人達よりも上手い上に、一人で全部やってしまっていた。

彼一人がいればメイド達を全員首にしても屋敷が回るんじゃ――そう思うくらいすごかった。

俺の疑問が完全にスルーされる中、あっという間に身支度ががととのった。

自分から見ても普段よりきっちり仕上がっているように見えた。

「いやそうじゃなくて――」

身支度なんてどうでもいい、今はノワールの事。

そう思って聞こうとした瞬間だった。

まるでタイミングを見計らっていたかのように、ドアがノックされた。

「はいりなさい」

「失礼します」

ノワールが応じて、一人のメイドが入ってきた。

昔から屋敷にいるメイド、ローラだ。

「お食事の用意が整いました」

「ご苦労様。マテオ様、いかがなさいますか?」

「ちょ、ちょっとちょっと。ローラさん」

「はい、なんでしょう」

「この人? なんでここにいるの?」

俺はノワールの事をローラに聞いた。

昨夜初めてあった相手、しかも殺し合いのような戦いをした相手だ。

そもそもが昨日まで屋敷にはいなかった男だから、その事をローラに聞いた。

が、聞かれたローラはきょとんとした顔で俺をノワール(?)を交互に見比べた。

「えっと、どうして……というのは?」

「ええっ!? だって、えっと……」

「マテオ様のお世話はずっとノワール様のお仕事でしたけど……」

「え?」

今度は俺がきょとんとするハメになった。

どうやら彼はノワールで間違いないようだ。

だけど、ずっとこの屋敷で働いているメイドのローラは、彼がずっと俺のお世話をしてきたと言っている。

それはない。

昨夜会ったのが初めてなのは間違いない。

なのにそんな風にいわれてきょとんとした。

そんな俺の反応をみたローラも、ますます困惑した。

困惑と困惑が顔をつきあわせてしまって、ローラはよりこまった顔をした。

そこに助け船を出したのがノワールだった。

「マテオ様はまだ半分夢の中のようですね。食事を部屋まで持ってきて下さい。後は私が給仕します」

「あっ、はい。わかりました!」

助け船を出されたローラは、見るからにホッとした顔で、一礼して部屋から出て行った。

ほとんど間をおかずに、ワゴンを押して戻ってきて、そのワゴンを置いて、また部屋から出て行った。

そうして、部屋では俺とノワールの二人っきりに戻った。

ノワールは柔らかい物腰のまま、ワゴンを部屋の反対側にあるテーブルの方に押していった。

寝室とは言えくつろぐためのテーブルとソファーがある。

そのテーブルにワゴンから料理を手にして、並べだした。

「お待たせ致しましたマテオ様。こちらへどうぞ」

「……」

俺は少し迷ったが、立ち上がって向かっていった。

そしてノワールが準備を整えた朝食のあるテーブルの所にすわった。

何が起きているのかほとんど分かっていない、だけどひたすらわめくだけじゃ何も状況は好転しないだろう、というのはなんとなく分かってきた。

決して油断しないように、むしろ人生で最大級に警戒する様にと心がけながら朝食の前に座った。

「どうぞ、お召し上がり下さい」

「ああ、いただきます……」

テーブルの上に置かれているのはオーソドックスな朝食だった。

主食がパンで、サラダとドリンクがついている。

普段ならデザートもあるけど、それは食べ終えた頃にまただれかが持ってくるからまだここにはない。

俺は警戒しつつ、何があってもいいように注意しながら、パンを手に取って、一欠片口にはこんだ。

「――っ、おいしい!!」

思わず声に出してしまった。

警戒したままだから口の中に「放り込んだ」パンは、今までの人生の中で、いや前世も含めた二回分の人生の中で一番美味しいパンだった。

「なにこれ、普段のよりずっとおいしい。ほんのり甘くて、香りが良くて、『おいしい』厚みがすごい」

「恐れ入ります」

ノワールはそう言い、腕を腰の前にかざして優雅に一礼した。

「え? もしかしてこれ、ノワールが作ったの?」

「はい、作らせて頂きました。よろしければこちらの紅茶もどうぞ」

「うん……おいしい!」

言われた通りにドリンクの紅茶も一口。

これもすごくおいしかった。

「これ、いつもと違う茶葉なの?」

「いいえ、屋敷に所蔵しているありものでございます。パンの方もです。牛乳のみ今朝絞りたてのものをつかわせて頂きました」

「絞りたての牛乳はいつものことだから、まったくいつも通りじゃない……」

俺は驚愕した。

ノワールがいった事が本当なら食材は何もかも普段通りだが、普段よりも数ランクおいしかった。

「どうしてこんなにおいしいの?」

「こう見えて私、死体の扱いが得意なのです」

「……うん?」

今、この人なんていった?

「今なんて言ったの?」

ノワールの言葉があまりにも奇抜すぎて、脳が理解することを拒否して、同じ言葉をそのまま口に出してしまった。

「はい、死体の扱いが人間よりも遙かに上手なのです」

「何をいってるのぉ!? ってその言い方、やっぱりあのノワールだよね!」

突っ込みの声が裏返ってしまった。

冷静になって警戒しようと思っていたのが完全にペースを崩されてしまった。

「はい、昨晩以来でございますね、マテオ様」

「ええっ!? えっとちょっとまって……」

俺は額に手を当てつつ、もう片方の手をつきだして、話をいったん制止した。

そうやって制止しつつ、混乱しきった思考をまとめるために頭をフル回転させた。

――が。

「死体の扱いが上手いってどういうこと?」

あまりにも混乱していたからか、質問の軽重、順序を間違えてしまった。

「食材というのは すべからく(、、、、、) 動植物の死体でございます。その扱いが上手ければこうして加工も上手く行くのでございます」

ノワールはにこりとした表情のまま、言い放った。

「いいかた!」

「それともマテオ様は生きたままの何かを食す方が好みでしょうか」

「そんな好みはないよ! あとそれ加工じゃなくて料理っていって!?」

「良かったです。たしか活け作り? という手法もございますが、そちらは通常の料理人程度のスキルしか持ち得ませんので。こうした加工――ああ、料理でございますね。料理は死体の声が聞こえますので上手くできるのです」

「食材の声ね!」

俺はまたまた突っ込んだ。

もういちいち突っ込んでたらキリはないって思ったけど、突っ込まずにはいられないような内容だった。

「これはこれは失礼致しました。たしかに、この場合食材の声と申し上げた方が聞こえはいいですね。今後はそう致します」

「えっと……、あ、うん。それでお願い」

「話の流れでございますので、昼食のリクエストなどはございませんか? 今申し上げましたように死体――ではなく、食材の声が聞こえて誰よりも上手く扱えますので、この世でもっとも美味しい料理をお出しできますよ」

「え? それは……えっと」

俺はちょっと困った。

それまでの勢いが完全に削がれてしまった。

ノワールの「 食材(死体) の声が聞こえる」というのは、落ち着いて考えたらまったくの突拍子のない話でもなかった。

昨夜はじめた会ったときも「死者を玩ぶ行為」云々の話をしていた。

はじめて会ったときから死者がどうのこうのという話をしていたのだ。

そこに何かがある――というのが事実かどうかはまだ分からないが、ノワールの言行としてはまったく矛盾するところがないものだった。

そして、今口にしたパンと紅茶のおいしさがあった。体験してしまった。

そこで「この世で最もおいしい料理」って言われると興味の方が上回ってしまった。

俺も美味しいものは好きだ。

普通に好きだ。

二回分の人生の中で一番美味しいパンと紅茶を食べた後に、「この世でもっともおいしい料理」って言われたらそりゃあ興味をもってしまう。

が、ギリギリの所で理性がブレーキをかけてくれた。

「どうして僕にそんな事を?」

「昨夜あれから少し考えまして、マテオ様にお仕えした方がいいのかもしれないとおもいました」

「僕に!? どうして?」

疑問が解けずにいたら更に大きな疑問が生まれてしまった。

「私以上に、死者に精通するお方になるかもしれないから」

「……っ」

疑問がとけたかは自分でも言い切れないところだけど、「そう来たか」と少しだけ納得したのだった。