作品タイトル不明
第1080話 セイレーンの悲劇(2)
「暗黒水雷戦隊、出るぞ!!」
ルーンの大戦艦『イオラ』の後部甲板から俺達は海へ降り立ち、追加の脚部パーツのホバーによってそのまま海面を滑るように疾走を始める。
遠目に見える大艦隊へ向かって、体一つで立ち向かってゆくのはなかなか怖いものがあるな。特攻するような気分になりそうだが、俺達に命を捨てる気はない。
俺は魔王を名乗り、それなりに大きな戦も経験してきるが、艦隊決戦は初めての事だ。つまり素人。
そんな俺がブリッジで指揮を執ったところで、さして戦力的な価値はない。だから海戦でも自分の戦力を活かして前で戦おうと思ったが、素人の俺には艦を操ることも出来ない。
当然のことながら海戦の主役は軍艦である。一昔前まではカリブの海賊よろしく、敵船に乗り込んで斬り合いするのもよくあったようだが、魔導戦艦という兵器が完成すれば、海の戦いは砲戦の時代となった。
その最先端を行くのがルーンやロンバルトの海洋国家であるのだが……流石に俺が自由に戦えるような軍艦を用意しろ、というのは無茶ぶりが過ぎるというもの。
今の帝国なら、あるいは古代兵器をかき集めて魔王専用艦を建造することも可能なのかもしれないが、そんな道楽をするほどヒトモノカネ、そして時間の余裕などあるはずも無かった。
じゃあ俺は海戦でどう戦うのが一番マシなのか、と考えた時に出た結論が、この『暗黒水雷戦隊』である。
要するに、ご立派な機甲鎧を着てるんだから、それで直接敵艦を叩きに行けよ、というもの。
海上での機動力さえ確保できれば、俺は自由自在に海を駆けまわり、敵艦に魚雷を撃ってもよし、そのまま乗り込んで行ってもよし、と戦況に合わせて動けるようになる。
魔王専用艦は無理でも、機甲鎧を海上で戦わせるための追加装備の開発なら何とかならないか……と頼んでみて出来上がったのが、このホバーユニットを筆頭にした、数々の水雷戦用武装である。
ちなみにシモンが限界だったので、代わりにレギンさんが請け負ってくれた。
水上機動を可能とするホバーユニットは、裾が大きく広がった袴のような形状。蹴りをするには不向きだが、金属の塊である機甲鎧を着込んでいても、そのまま水の上に立てる安定性がある。
ブーストを吹かせれば、スキーかスケートか、といった感覚で滑るように進むことができ、ちょっと練習すればジグザグ走行にUターン、急制動、といった機動も無理なくこなせるようになった。
このホバーの安定感の秘密は、黒き森の奥にある古代遺跡、天にかかる橋を攻略したことで獲得した、数々の宇宙船から分捕ったパーツにある。これのお陰で少々無茶な機能の再現もできたのだとか。あそこは本当に宝の山だったな。
そうしてホバーという脚を手に入れたことで、後はその機動力を落とさないギリギリの重量で対艦武装を搭載した。
主武装は両肩に積んだ魚雷発射装置。
魚雷は『 星屑の鉄槌(スターダストハンマー) 』の応用で、こちらが目標をロックオンすると、旗艦プルガトリオにいる妖精達がテレパシーによる思念誘導で追尾してくれる。
誘導装置が妖精という人力頼みなので、彼女達の乗る旗艦から離れ過ぎれば追尾能力は使えなくなるが、すでに砲戦を交わす距離にあれば問題ない。最悪、誘導ナシの直進だけで発射はできるので、至近距離でぶっ放せばデカい艦のどこかには当たるだろう。
魚雷は当然、生身のまま扱う兵器ではない。人が担げる発射機で撃つため、艦に搭載される従来の魚雷よりは、かなり小型化している。だがリリィの使う『 星屑の鉄槌(スターダストハンマー) 』よりは大きいので、敵艦の装甲を破るだけの破壊力はある。
その小型魚雷を、 空間魔法(ディメンション) を施したバックパックにありったけ詰め込んでいるのだ。
バックパックは魚雷を積む弾倉であり、常時ホバー移動によって通常よりも大きいエーテルの消耗を補うための増設バッテリーも搭載しているため、山登りでもするような大きさに膨れてしまった。
見た目は凄まじい重武装の鈍重な機体に見えるが……いざ海上を走り始めれば、軽々と波を越えて進む、軽快な機動力を発揮してくれる。
俺を先頭に暗黒騎士達が一列縦隊となって進むば、あっという間に『 太陽神殿結界(ヘリオスフィア) 』が展開された領域から出た。
連合艦隊の全てを守る結界から出れば、もう俺達を守るものは自前の防御以外は何もない。激しい砲戦が交わされる海域は、別に俺達を狙っていなくとも、デカい流れ弾が幾つも飛び込んで、海面を激しく叩いて炸裂した。
しかし、そんな荒々しい海模様よりも気にするべきは、すでにロンバルトが勝負の一手を打っていることだ。
「頼むから、もう少しだけ結界もってくれよ……」
俺が到着した時点で、すでに敵艦隊から赤い波動が放たれていた。それは絶対防御を維持していた『 太陽神殿結界(ヘリオスフィア) 』に異変を生じさせ、結界破りの効果であることは一見して明らかだ。
表面が泡立つように溶け、結界に綻びが次々と現れる。魔力の反応からして、ドレインとはまた違う、術式を打ち消すような効果が働いている。
発信源は、間違いなく聖歌隊。
ただ結界張って味方にバフかけるだけじゃなく、こんな真似も出来るとは……本当に俺が間に合って良かった。
「あまり時間が無い、もっと飛ばしていくぞ。こんなところで脱落するなよ」
『イエス、マイロード!』
先頭として流れ弾を見切って進んでいるので、直撃弾は今のところない。返事もちゃんと全員分返ってきている。
しかし、いよいよ敵艦隊へと迫って来れば話は別だ。
ここまで近づけば、流石にそろそろ気づかれると思うのだが――――
「来るぞっ!」
俺の叫びの直後、至近で魔力の砲弾が炸裂した。
艦隊の外縁に位置する敵艦は、確実に俺達の存在を補足しているようだ。
そりゃあ、もう目と鼻の先だからな。前面にだけ展開されている結界を迂回して、側面から迫っているのだが、流石にここまで近づけば目視でも気づかれる。
ここからが本番だな。
「進行予定ルートを送る。各自、ルート上の敵艦を攻撃。進路を塞がれなければ、それでいい」
俺達の目標は聖歌隊が乗る劇場艦『セイレーン』。
他の艦はどうでもいい。『セイレーン』さえ落とせれば、形勢は逆転する。
だから重要なのはまず目的地に到達することであり、群れる敵艦は撃沈できなくても問題ない。というかあんな数の敵艦、手持ちの魚雷ありったけ撃ち込んでも全部沈めきれないし。
「このまま一気に敵艦隊へと突っ込む、『 黒煙(スモーク) 発射』!」
オルテンシア戦で使った『ダークストーム作戦』がここでも活きる。
ロンバルトの主力となる魔導戦艦が備える主砲は、古代兵器を丸ごと流用しているためか、その大半がエーテルの塊を撃ち出すブラスター式だ。ならば当然、エーテル拡散現象を利用した煙幕は有効――――
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン
うおっ、至近弾ヤッベ!?
いくらエーテル拡散させて威力減衰できるといっても、スプリガンのライフルよりもずっとデカい口径の主砲が、俺達の姿を目視できるほどの近距離でぶち込まれれば、人をまとめて吹っ飛ばすには十分な威力は残る。
これでも威力は半減近く落ちてるはずだから、無いよりマシというか、無ければ爆風で全滅していたな。
敵がこちらを補足し、一方的に撃ち込める間合いにある突撃寸前の今が最も危険な時間である。
黒煙で目くらましをしても、凄まじい数の敵艦が群れているのだ。当てずっぽうで撃つだけで、辺り一面制圧射撃で圧殺できる。
「――――『 黒土防壁(シールド・ディアース) 』・『 黒水防壁(シールド・ディアクア) 』」
回避不能なほどの砲撃に晒される中を、俺は必死に防御魔法を展開して凌ぐ。これも黒煙の減衰効果がなければ、防御ごと貫かれる威力が飛んできたことだろう。
俺自身は最悪『 鋼の魔王(オーバーギア) 』で耐えられるが、暗黒騎士はそうもいかない。
ここで犠牲者が出るのは避けられないだろうが、一人でも多く生き残り、敵艦隊へと切り込む!
「ようやく抜けたな――――お前ら、たっぷり礼をしてやれ」
『イエス、マイロード。攻撃開始!』
そうして、地獄の砲撃を潜り抜け、ついに俺達は敵艦隊の中へと殴り込む。
まずは挨拶代わりに魚雷の一斉射。
バシュバシュ、という音と共に円筒形の魚雷が短く飛んでから海に落ち――――水底から獲物を狙うモンスターが如く、静かに、それでいて速やかに、進んで行く。
妖精達のテレパシーに反応し、それぞれが海中の中でロックオンされたターゲットに向かう。この距離、このタイミングで、最早こちらの魚雷攻撃を防ぐ手段は相手に存在しない。
ドドッ、ズドドドォ……
周囲一帯から、連続的に爆発音が響き渡る。同時に、敵艦から「被弾!」と大慌ての叫び声も。
ここまで来れば、かえって安全だ。
ロンバルト艦隊は聖歌隊の結界が広がる範囲内に入るため、かなり密集した陣形となっている。当然、艦隊の中まで飛び込めば、付近には多くの味方艦が浮かび、至近距離に向けて主砲など誤射の危険性が高い。
俺達に向かって撃ち込まれる砲撃は明らかに鈍る。
その代わり、機銃弾のような連射型の攻撃が四方八方から飛んでくるが……小口径のエーテル弾なら、黒煙で十分に防げる。古代兵器頼りで、実弾兵器を発展させなかった国を恨むんだな。
そうして敵艦がズラズラと並び、エーテルの銃火が飛び交う中を、俺達は黒煙と魚雷をばら撒きながら、速度重視で突き進んで行く。
俺達の突撃を食い止める者が現れることもなく、いよいよ目標である劇場艦『セイレーン』が見えてきたが、
「やっぱ自分の周りは結界で囲うよな」
『セイレーン』を含む周辺だけは、ドーム型の全方位結界でしっかりと守られていた。聖歌隊の力によるものであり、その凄まじい頑強さは、砲戦が続く中でもいまだに破られていないことから明らか。
無論、海中までしっかりと覆われているので、ちょっと潜ってスルーするなんてことも出来ない。
コレを破るのはなかなか骨が折れそうだが、幸い、俺の手元にはちょうどいい武器がある。
聖歌隊はロンバルトにおけるトップアイドルらしいが、こっちにものど自慢はいるのだ。折角の機会に、試させてもらおう。
「歌え――――『 天使の歌声(ワイス) 』」
この手に掲げるのは、『獄門鍵エングレイヴドゥーム』。
一振りすれば、精神を乱し、悪霊が沸き立つ発狂ボイスを発する呪いの大鎌だが、今この刃から響くのは、聞き惚れるような美しいボーイソプラノである。
この声の持ち主は武器に宿った墓守ではなく、彼女が愛した少年のもの。呪いの因果の元となった少年だが、あくまで彼は悲劇的な結末を辿った過去の人物であり、呪いそのものでは無い。
本来ならそんな昔話の登場人物というだけで終わるのだが……サフィールのハイドラ家が、彼の死体を下僕として使役してきたことで、遥か過去で消え去るはずだった彼の魂の欠片を、現代まで存続させた。
そして墓守の薙刀が呪いの武器と化して、今を生きる俺の手に握られたことで、時を超えて奇跡の再会を果たすに至る。
呪いとなるほどの強い思い、未練、あるいは悲願。それを達成すれば呪いは自ら浄化される――――だが、必ずそうなるとは限らない。晴らせない恨み、晴れたところでどうしようもない憎しみ、そもそも正当な理由など無い邪悪な思念。呪い、のバリエーションは様々だ。
そして『獄門鍵エングレイヴドゥーム』の墓守にとって、かの少年との再会は悲願であったが、呪いを晴らす理由にはならない。何故なら、彼が受けた苦しみには変わりなどないからだ。この奇跡の再会も、長い年月を死体のまま使役され続ける冒涜的な行為によるもので、そこに救いは無い。
ワイス少年の死体そのものは、俺との戦いの結果、全て灰となって消え去った。
そしてそこに残されていた魂の欠片というべき残留思念は、全て『獄門鍵エングレイヴドゥーム』が取り込み――――今、この呪いの刃には、ワイスも宿っている。
きっと彼の魂は死体と共にこの世から消える方が、正しく成仏できたことだろう。
『獄門鍵エングレイヴドゥーム』という新たな依代に宿るのは、彼の意志ではなく墓守の 呪い(エゴ) に過ぎない。
そして、彼の歌声を新たな力として使う俺も、やっていることはサフィールと大差はないのだろう。
だが、呪いの武器こそ俺の力。呪いの主たる墓守が是とする限り、俺はその力を存分に振るわせてもらう。
「聞かせてやるよ、エミリア。天使の歌声に、墓守の歌を重ねた地獄の 二重唱(デュエット) をな」
ルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
美しくもおぞましい、呪いの旋律が響き渡る。
その発信源たる呪いの刃は、刀身を超振動させて切れ味を増大させる『共鳴怨叉』という技と化すのだが、今は単純に物理的な威力を上げる効果に留まらない。
二重唱を発したエングレイヴドゥームが最も効果を発揮するのは、同じく歌唱によって構成された術式の破壊だ。
歌の女神の加護によって編まれた聖歌の結界。その聖なる歌の守りに、呪われた不協和音の刃が突き立つ。
「――――『黒凪・震』」
キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!
振り下ろした武技と共に、聖歌と墓守の歌、両者の旋律が入り乱れ、干渉し合った結果、大勢の女性の悲鳴のような不気味な音を響かせながら、結界は切り裂かれた。
淡く輝く緑色の光線が束になって編まれたような結界表面に、まずは刃による斬撃が刻まれ、切り拓かれた箇所が修復するように強い発光をするが、それを阻害するように呪歌が響き、再生を許さずさらに傷跡を広げてゆく。
そして次の瞬間には、神々しい輝きを浸食する黒いひび割れが走り、超振動の威力で粉砕するように一挙に大穴をぶち抜いた。
「突入!」
首尾よく突破口を開けたなら、迷うことはない。
砕けた結界の破片がキラキラと舞い散る中を、水飛沫を上げながら最大速度で突っ込んで行く。
ここまで来れば、もう俺達は止められない。
結界を即座に破って間合いへと入って来たことで、慌てて護衛の兵士達がブラスターを射かけてくるが、こっちは戦艦の主砲に狙われながら突っ込んでんだ。今更そんな豆鉄砲で撃たれて怯むような奴は誰もいない。
目標の劇場艦『セイレーン』を目前にして、ここで一列縦隊を解除。暗黒騎士を両側面と後方へと回り込ませ、多方向から一気に乗り込ませる。
勿論、俺は真正面の船首から、堂々と単独で乗り込む。
ブースターを噴かせて、海面から一気に上昇。ちょっとしたビルのような高さで聳える巨大な劇場艦の甲板へと、飛び乗る。
「『 魔弾(バレットアーツ) ・ 全弾発射(フルバースト) 』」
飛び上がると同時に、普通の魔弾を普通に一斉発射する。
甲板に現れたのは、鎧兜を着込んでいない、ブラスターを握りしめた歩兵ばかり。ベスト型のプロテクターを着込んだだけの生身が相手なら、ただの銃弾だけで制圧するには十分だ。
渇いた炸裂音と同時に、悲鳴が上がる。
それは撃たれた兵士のものと、血を噴いて彼らがバタバタ倒れる惨状を目の当たりにした、か弱い歌姫達が上げたものだ。
彼女達のステージは前甲板のど真ん中に設置してある。戦場全域に歌声を響かせるなら屋外ステージになるのは当然だが、こうして敵に乗り込まれれば、ステージから相手の姿も良く見えるだろう。
もっとも、こんな目の前にまで敵に迫られたことなど、彼女達は一度も無かっただろうけどな。
「そこで止まれっ!」
「魔王め、ここより先は通さんぞ!」
「歌姫には、指一本触れさせない!!」
流石にただの歩兵だけが護衛では無かったようで、随分と見栄えのいい白と青の華麗な鎧を纏った騎士達が、ステージを守る最後の壁となるよう立ちはだかっていた。
「揃いも揃って女ばかり……なるほど、徹底しているな」
神聖な乙女である歌姫達によって結成された聖歌隊が乗る船。いくら豪華客船が如く巨大であっても、閉鎖空間であることに変わりはない。
だからこそ、万が一など無いよう徹底的に対策されているのだろう。
よく見れば、俺が撃った兵士達も、目の間で気炎を上げて立ちはだかっている騎士達も、全員が女性である。男は一人も見当たらない。
この『セイレーン』だ男子禁制の女の園であるようだ。
「ヒツギ、頼む」
「はい、ご主人様。どうぞヒツギにお任せを」
女が相手ではやりにくい、などと今更温いことは言わない。ヒツギを呼んだのは、単純にこうするのが最も早く、最も確実だから。
俺を背中に庇うような位置で、 影空間(シャドウゲート) からいつもの如くメイド服を着込んだ小さなメイド長は姿を現した。
「……んん?」
しかし、俺の目にはヒツギの隣にもう一つ小さな人影が映る。
目の錯覚ではない。そこには確かにもう一人立っていて……俺が握っていたはずの『獄門鍵エングレイヴドゥーム』が、この手から失われていたことに気が付いた。
「お前は、ワイスなのか……?」
「……」
振り向いた顔は、確かにサフィールの下僕として使役されていた、執事服の少年と全く同じ。
けれどその顔は人形じみた無表情ではなく、穏やかな微笑みを浮かべて、俺へと静かに目礼をする。
ビシっと決まった執事の衣装はそのままに、手には呪い大鎌を携えて。
「そうか、もう『蒼穹双雷』は必要なさそうだな」
俺の言葉にワイスは頷くと、墓守の大鎌を構えて前へと向いた。
ワイスがヒツギと同じように人の姿で実体化したこと。その彼に己を使わせること。どちらも墓守が望んだことなら、俺は止めない。
露払いするなら、人手は多い方がいい。
「ちょっとご主人様! 執事を雇ったなんて、聞いていませんよっ!?」
「いや、俺も今初めて見たし」
「このメイド長ヒツギ率いるパーフェクトメイド軍団だけでは不足ですか、ご不満ですか、欲求不満なのですかぁーっ!!」
まぁ、メイドに対して急に執事が生えてきたら、ライバル登場と心穏やかではいられないか。
叫ぶ気持ちは分かるが、今はゆっくり議論している暇はない。
「まずは目の前の仕事を片付けてくれ」
「やってやるですぅ! ポッと出の新参執事なんぞに、遅れをとるヒツギではありませぇーん!」
「……」
元気よくヤル気を叫ぶヒツギはロングスカートの裾を翻し、ワイスはニコニコとした笑みを浮かべたまま大鎌を振り上げ、それぞれ聖歌隊を守る女騎士団へと向かってゆく。
天馬騎士のように、女性だけで編成されていても男に劣るようなことは無い。聖歌隊という戦略級の結界を扱う重要戦力の専属護衛を任される彼女達も、見栄えだけでなく実力で選ばれた精鋭だろう。
だが、俺を止めるなら勇者を傍に置いておくべきだったな。
『 蛇王禁縛(ヒュドラバインド) 』の極太触手が荒れ狂い、呪いの歌声が響き渡れば、俺を直接狙える者は誰もいない。
ヒツギとワイスの二人が護衛騎士団を圧倒し始めた中、俺は一歩ずつステージへと歩みを進める。
舞台上の歌姫達は最早、聖歌を紡ぐどころではない。
俺の歩みに合わせて、各方面からも暗黒騎士が突入しており、そこかしこで戦闘が始まっている。
彼女達も迂闊にステージを降りて、逃げ出す場所の見当もつかず、泣いたり悲鳴を上げたりして混乱している模様。
こうして聖歌を中断させただけで、すでに俺の役目は半分以上果たしている。
辛うじて『 太陽神殿結界(ヘリオスフィア) 』が崩れる前に聖歌を止められた。逆にロンバルト艦隊は、攻め手と守り手を同時に失ったようなもの。すでに頭上には、連合艦隊の砲撃が飛び交い始めている。
間もなく、本格的に砲撃戦による損害が起こるだろう。
戦況の優位は十分。だから、俺にも少しだけ個人的な用事を済ませるだけの余裕も出来る。
とうとう泣いて怯える歌姫達が立つステージの上へと、俺は上がり込む。
このまま彼女達を皆殺しにすることなど容易いが……それをするかどうかは、ただ一人、涙を見せず、震えることもなく、真っ直ぐに俺を見つめる歌姫のエースにかかっている。
俺は顔を覆う兜を解除し、素顔で彼女の視線を見つめ返した。
「エミリア」
「……クロノ」
アッシュ、とはもう呼ばないよな。
俺が魔王を名乗っている、なんてことはすでに大陸中に広まっていること。
エミリアの睨みつける強い視線。
そこに込められた思いを、俺は正確に理解することはできない。何を思ってカーラマーラを出で、ロンバルトへ辿り着き、歌姫となったのか。
俺の知るエミリアは、たとえ女神の加護を授かったとてしも、自ら戦争に協力するような性格では無い。彼女はトップアイドルになっても、その地位に執心するでもなく、子供の奴隷を無くしたいと心から願って行動を起こせる、優しく気高い心を持っていた。
ザメクの底なしの野望に共感することは無いだろうし、脅されてやむなく、という事情も無いようだ。
それでもエミリアは、エルロード帝国の、俺の敵として、こうして立っている。
結局、俺がどう頭を捻ったところで、彼女の真意は分からない。
それでも、俺は覚悟を決めて、エミリアに会いに来た。だから躊躇はしない。
「何が魔王よ、結局アンタなんて、兄さんやザメクと同じ――――」
パァン!!
エミリアが何か言い出していたが、俺はその頬をビンタして黙らせた。