軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第59話

偉王と称えられたエルの父の闇。

「翁からの話を聞いたであろう、廃村で起こった悲劇を。あれは全て現実に起こったことじゃ」

「現実に、ですって?」

あのいかにも作り話ですと言わんばかりのあれが?

「クワンダ国屈指の保養地、と言えば聞こえはいいがの、あの村は先王の欲の限りを尽くし作られた場所だったのじゃ。村の規模に合わぬ発展の痕跡がありありと残っておったであろうが」

そうだ。村に入って感じた違和感。廃れているとはいえ、村とは言えないほどに整えられていた様子が残る街並みだった。

「随分な金が先王から落とされていた。国民の血税である国庫から湯水のように、な。それに倣うように堕落した貴族共が大勢おったらしいわ」

だからあんなに栄えることが出来たのか、と納得がいく一方、

「村人を見捨てた、というのは?」

なぜ? と私は問うた。

「先王は急に怖じ気づいたのよ。村の存在が己の罪の象徴じゃからな。災害による風鳴りで村から人が去って行くのを、これ幸いとしたのじゃよ。なんの責任も取らずにな」

偉王だなんだと言われている先王だが、蓋を開けてみればこんなもんじゃ。そう笑うエルの目には、父王に対する嫌悪が垣間見えた。

「あの村で何が行われていたのか、逃げ出した村人も孤児も何も語らん。語れんのじゃよ、もう誰も存在しておらんからの」

「それは…」

先の言葉を紡ぐのを躊躇してしまう。だってその意味が、見捨てたのではなく始末された、と察してしまったから。

私は唇を噛みしめ、紡ぐはずの台詞を変えた。

「そんな場所をなぜアッシュ元王太子の幽閉場所に選んだんですか?」

女に狂い、国庫のお金を不正に使おうとした元王太子に相応しいと、皮肉を込めての決定だったのだろうか。

「いや、選んだのは兄じゃ。妾も先王も反対したのも聞く耳持たず、半ば強引に行ってしまわれた。残された者を振り返りもせず。皮肉にもな、妾の目には堂々とした後ろ姿に見えおったよ」

追われた身でありながら堂々たるその後ろ姿に、エルは尊敬していた頃の王太子を思い出したのではないだろうか。10年前のエルが、好き好んで兄たちを廃嫡に追い込んだのではないのを、私が一番側で見ていた。それを想うと、胸が締め付けられる。

「兄は何を考えていたのであろうな。そして何に対して、あのようなけじめを選んだのか。王太子として育った兄が、村人の存在しない廃村に移って苦労するのは目に見えたことじゃろうに」

侍従の翁が一緒だったとしても、彼も貴族。今までお世話される立場だった人間が、人の手を借りずに生活をするのは到底無理な話だ。死にに行った、と言われた方が納得するくらいには。

けれど、彼は死ぬために村に移ったわけではないのだろう。廃村で一晩お世話になった小さな屋敷は、確かに人の生きてきた名残があったのだから。

「村人もいない廃村で、付いてきてくれた家臣はたった一人。そんな中、他に世話をしてくれる人も助けてくれる人もおらぬ中で、子育てをするというのはどれだけの苦労なのであろうな。妾に想像もつかんよ」

そのエルの言葉に、ストンと嵌まったパズルのピース。

「やはり、ソレイユ君はアッシュ元王太子のご子息なのですね」

れっきとした王族の血をもつ、しかも廃嫡されたとはいえ、クワンダ国王族長子の血を引く子供だ。私が眠っているソレイユ君の面影に見たのは、アッシュ元王太子ではなく、彼が愛したソフィア・アンダーソン嬢のものだった。だから、まさかと思ったものの否定できなかったのだ。

「それならなお更、エルが養子に迎え入れるべきでは?」

歴代クワンダ国王は必ず長子の血の流れを汲んできたはずだ。後継のいないエルがソレイユ君を養子に迎え入れるというのは、なんら不思議なことではない。それが例え犯罪者の烙印を押されたアッシュ元王太子の子であったとしてもだ。後継がいない方が国としては問題だろう。エルとて、血のつながった甥を引き取りたいと思ったはず。

「そういうわけにもいかんのじゃ」

「何が問題なんです?」

重臣から婚姻をせっつかれていたエルには好都合な話だと思う。しかもソレイユ君はまだ幼い。王太子教育を施すにはもってこいだろうに。

「マーシャはソレイユの母を誰だと思うておるのじゃ」

「ソフィア・アンダーソン嬢しかいないでしょう? アッシュ元王太子が他の女性を選ぶとは思えません」

ソフィア嬢の為に、国庫に手を付けるという犯罪を犯そうとしたくらいに、惚れに惚れこんだ女性は彼女一人だけ。

「エルが王位に就いた際に恩赦を与えて、ソフィア嬢を廃村に呼び寄せたのではないですか?」

そこで夫婦同然で暮らし、生まれた子供がソレイユ君。

「そう考えるのが『普通』でしょうね」

いちいち『普通』を強調するクライブ様。かなり癇に障る。だからなんでそんなに喧嘩腰なのか、嫌な感じだ。廃村では、残念感が漂うものの好青年だったのに。

「兄に恩赦を与えるのであれば、王都に呼び寄せるまではいかなくとも、もっと住みやすい環境を用意したわ」

それに、とエルは目を伏せた。

「ソフィア・アンダーソンは修道院に送られた後、産褥で亡くなっておる。8年、いやもうすぐ9年になるかの」

「は……?」

あのアッシュ元王太子が、ソフィア嬢以外の女性と子供を作ったということだろうか。そんなまさか、という気持ちだった。だが、実際にソフィア嬢が8、9年前に亡くなっているというのなら、ソレイユ君を産んだのは別の女性だということだ。

翁以外にアッシュ元王太子に付いていった人が他にいた? いや、それはエルが否定していた。では近隣の村に住んでいたの女性だろうか。偶然出会って、傷心のアッシュ元王太子の心を奪っていったとか? ぴんとは来ないが、ない話ではない。

でも、それでは私がソレイユ君に見たソフィア嬢の面影の理由がつかない。

「待て待て、先んじて頭の中でグルグル思考するのは止めんか」

「え、はい」

とはいっても、考えるなと言われても考えてしまうのが私だ。

「それはマーシャの長所ではあるが、また逆に短所でもある。最後まで話は聞いてからにしろと、昔から言うておろうが!」

「……はい」

うん、分かっている。これは私の悪い癖だ。けれど、窘めてくれるのがエルだけだったから、ついつい忘れていたというのは、只の言い訳になるだろう。これは間違いなく、私が悪い。

ごめんなさい、続きをどうぞ。そうお口を噤み、手のひらを見せてエルに続きを促した。

エルは私の様子に懐かしさを覚えたのか、苦笑を浮かべつつ口を開く。

「ソレイユの母はソフィアで間違うておらん」

「ですが、それだと計算が合いませんよ?」

ソフィア嬢が亡くなって8、9年だっているのでしょう? ソレイユ君はどう見ても4、5歳だ。どちらかというと、舌足らずな所をみるともっと幼くても不思議ではない。

「口を挟むでない。反省をしとらんのか、お主は」

疑問を投げかけることすら駄目なの? それくらいいいじゃないの。

「察しの良いマーシャですら、正解に辿り着くのは難しい事例でしてよ。わたくしだって最初は信じられませんでしたもの。陛下の仰るように、最後までお話を聞いてごらんなさい」

感深く、また謎めいたことを言うアイリーン様。

「はあい」

そうアイリーン様に窘められたら従うしかない。それに難しい事例? どういう意味だろうか、頭が追い付かない。

「4歳ほどにしか見えんソレイユは、もうすぐ9歳ということじゃ」

「はい?」

ソレイユ君が9歳とか、なんの冗談だろう。そう私が本気で思った。けれど、エルの表情はとても真剣で、いつもの悪ふざけではないのが直ぐに分かった。

「大きく生育の遅れがあるのじゃよ。9歳でありながら、その姿は一目瞭然じゃろ」

「…ぇ」

あまりの事実に言葉が詰まった。まだまだ幼児に見えるソレイユ君が、もうすぐ9歳。リアム君と同じ年か、誕生日によっては年上だ。

「生まれついたものなのか、過酷な環境での栄養状態が悪かったのか、もしくは両方なのであろうな。残念なことに、遅れが見られるのは身体だけではなく、ここもじゃ」

そう言ってエルは自分の頭を指して言った。

「医官が言うには、通常の2倍の時間をかけて成長するかもしれんし、もしかしたらどこかで成長が止まる可能性やもしれん。いつまで生きられるかすら、皆目見当もつかんらしい」

淡々と告げるエルの言葉に、心臓がぎゅっと締め付けられるような感覚が襲った。すやすやと私の膝で眠るソレイユ君の寝顔は穏やかで、とてもじゃないがエルが言うようには見えなかった。

「それが王家に迎え入れることができない理由なんですね」

王族に迎え入れられるということは、それだけの責任が発生する。それが次期後継候補となればなお更だ。ヘロニア大公家に迎え入れられたとしても同じこと。生育に遅れが見られるソレイユ君にそれは過酷過ぎる環境だ。

「理由の一つじゃな」

「一つ? ということはまだ何か理由があるのですか?」

この事実だけで、もう十分お腹いっぱいの内容である。他の理由があったとしても、これ以上に驚くことはないだろう、そう思っていた。

だが、次にエルの口から放たれた台詞に私は唖然とするしかなかったのだ。

「妾の腹に子がおる」

「……………………………………………は?」

頭がエルの言葉を理解するのを放棄したのか、何を言っているのかちっとも分からない。誰の腹に、子が、いるって??

「だから、腹に子がいるのじゃ。まだ小さなうずらの卵のような大きさじゃがな」

「へ、は? 子ども? はぁあああ?」

「なんじゃ、その顔は。ひひひひ」

この際、私の顔がどうなっていようが構わない。エルのお腹に子供がいるなんて、顎が外れるほど大口を開いて披露としても、この驚きを表現できるかどうか。

「……えぇぇええ、いつの間に?」

そんな相手が出来たなんて聞いていない。心友と言っておきながら、ちょっと薄情ではないだろうか。無駄に長い手紙を何通も送ってきたくせに、これは重要案件でしょうに!

「お相手は、だ……」

誰? と訊ねるつもりでエルの方へ顔を向けると、とてつもない満面の笑みのクライブ様が視界に飛び込んできた。