作品タイトル不明
第60話
「……………あぁ、うん」
思わず言葉に詰まった私に、
「どうして止めちゃうんですか 聞かないんですか? 聞いていいんですよ? というか、早く聞いてくださいよ。相手は誰かって!」
そう笑いながらせっつくクライブ様に、少々どころかかなりドン引き。
「…………うわぁ…」
口から零れる白けた声に、エルは肩を竦めるだけ。助けを求めるようにアイリーン様に視線を向けると、相変わらず女神のような笑みで頷き返され、またキースを見やれば渋い顔でこちらも大きく頷いた。
「さ、どんと聞いてくれて構いませんよ。お答えする準備は整っていますから!」
先ほどまで態度の悪さを考えると、訊く気が失せる。だって答えはもう分かっているようなものだ。
さんざん廃村で『嫁』を連呼していたクライブ様。いくら両想いだったとしても、婚姻をしていない状態でお相手を『嫁』呼ばわりをしてはいけません。そう説教したのは記憶に新しい。というか、つい数日前の出来事だ。忘れるわけがない。
それでも期待の眼差しを向け続けてくるクライブ様にどう対応すべきなのか。助けを求めようとも、誰も手を差し伸べてくれる様子はない。心友だ、友人だ、相棒だなんだと言いながら、随分と薄情である。
さぁ、さぁ、と催促をしてくるクライブ様にうんざりしつつ、私は深く息を吸って、それから寝息をたてるソレイユ君をそっとアイリーン様に渡した。
これから何が起こるのか察したアイリーン様は笑みを深め、
「お好きになさいな」
そう私にだけ聞こえるくらいの小さな声で言ってくれた。
クライブ様の望みに素直に従うか、従わないか。私のやるべきことはただ一つである。
「クライブ様」
「はい!」
うん、大きなお返事、大変結構です。私は満足げに、にっこりと微笑んだ。
「……ぁ」
と、笑顔と裏腹な私の雰囲気に気が付いたエルがヤバイという表情をしたが、もう遅い。
「エル! クライブ様! 背を正しなさい!!!」
「「ひっ!」」
突然の私から飛ばされた怒号に、二人してぴゃっと背筋が伸びた。素直でよろしい。
「まず、お二人の間に子が誕生すると、それは大変喜ばしいと存じますわ。おめでとうございます」
「へ、あ、ありがとうございます…?」
怒号からの祝福にクライブ様はきょとん顔での返礼だ。その間抜け顔、いつまで持つでしょうね。
「ですが、物事には順番というものがあるのをご存じですか? 特に貴方たちは、王として、また騎士として国民の見本とならなければいけない立場です。それなのに、婚姻前に関わらず肉体的交渉を行うなど、言語道断です!」
「た、確かに順番は前後しましたが、それは…っ」
「言い訳は聞きたくありません!」
ぴしゃりと言い訳は遮断だ。無駄な時間を使いたくはないからね。
私は恋人関係になるな、と言っているのではない。アイリーン様じゃないけれど、恋というものは落ちてしまうものだからね。落下してしまえば加速してしまうのは当然なのだとは思う。けれど、だ。
「クライブ様。貴方は騎士という立場でありながら、ご自分の欲に負け、本能に身を任せてしまったことをご自覚なさいませ。しかもお相手は主君である女王陛下なのですよ」
いかなる脅威からも守らなければならない主君に対して、騎士であるクライブ様が欲を覚えてどうするの。馬鹿なの? 考えなしなの?
「マーシャ。違うのじゃ。クライブが悪いのではない」
「だとしても、です」
庇いたい気持ちは理解するけれど、それは只の甘やかしだ。
「例え女王陛下からのご命令であったとしても、逆に諫めるくらいの度量を身につけなさいませ。獣ではないのですから、本能に従うのではなく理性で律するべきです」
「……はぃ」
渋々とした、ふて腐れたようなお返事、とても不愉快。何も分かっちゃいないんだったら、返事をするんじゃない。図体のでかい子供なんですかね?
「クライブ様。貴方が先ほど喧嘩を売ってきたのは、エルのお腹に自分の子が宿っているのを知っていたから、私の発言に腹を立てたのでしょう? 自分の『嫁』を侮辱するな、って」
「っ」
ほら、大正解。
「私が国として捉えた発言を、貴方はご自分の『嫁』に対してだと受け止めた。夫として『嫁』の為に意趣返しをしたのですよね。その行動が間違っているとは言いません」
いちいちカチンとはしたけれど、だ。
「ご自分の愛する女性を守り行動をする。それは褒められる行為です。ですがそれ、本当にエルを守る行動だったと自信をもって言えます?」
相手が私だったから、なんて言い訳は聞いてあげませんよ。
「もしこれが公の場だったとしても同じ事をできますか? いいですよ。グラン国代表として特例親善大使の仮面を被りましょうか? それで同じ会話をしてみます?」
「え、っと…、いや」
「ですよね。言えないですよね。だって、 国の代表(私) を怒らせようとしてましたもんね」
相手にしなかったけど、一歩間違っていたら国際問題だ。
「せっかくキースが崖から飛び降りてまで、特例親善大使の命を救ったんですよ。命をかけてまで両国の同盟を守ったのです。それを後輩の貴方がぶち壊すとか馬鹿ですか?」
「……ごめ」
「謝罪は求めておりません」
いらない、そんな口だけの謝罪。私が求めるは、クライブ様が自分の立ち位置がどういうものかという自覚だ。
「そんなに度量が小さくてどうします。それで一国の王のパートナーが務まると本気でお思いですか?」
「そ、そこまで貴女に言われる筋合いはありません!」
「では誰が言ってくれるというんです? 誰が女王陛下とその恋人に厳しく叱責することができるんですか? むしろ今まで何度も同僚や友人に諭されはしませんでしたか? それも優しく、婉曲にかつ丁寧な言い回しで」
「そ、れは……」
「ありますよね。でも聞く耳を持たなかったのでしょう? 同僚や友人の皆さま方は理解しているんですよ。貴方が近い将来、王配として王族に入るかもしれない可能性があると。そんな立場の貴方に強く叱責できる人は限られているんです。それにクライブ様の性格からして、厳しく叱責される事から逃げていたのではないかとすら邪推してしまいます」
「う…ぅ」
口籠もるクライブ様に、やっぱり、と私は大きく溜息を吐いた。
「褒めるんじゃなかった。損した気分よ」
良い家臣に恵まれた、なんて家臣じゃなくて恋人じゃないの。
私の呟きが聞こえたのが、エルは少々口を尖らせているような気がするが、まぁいい。エルのお説教はクライブ様の後だ。この浮かれてお花畑になった脳みその軌道修正が最優先だ。
「キース!」
「うぉ、っと。何だよ、俺に飛び火とか止めてくれよ」
「飛び火も何も、貴方も連帯責任よ」
「なんでだ!」
「なんでもクソもありません。キースはクライブ様の先輩なんでしょう? 上司でしょう?」
廃村で「先輩、先輩!」って懐かれていたじゃなの。ウインクを真似しようとして、両目を瞑る残念ウインクを得意気に披露するくらいには。
「俺はクライブを部下に持った覚えはない。勝手にこいつが先輩呼ばわりしてくるだけだ」
「少しはフォローして下さいよ!」
「フォローする余地がないだろうが、馬鹿!」
「酷いです、せんぱぁあい!」
うわぁ、成人男性の涙目とか見たくない。
「話を逸らさない! キースがどう思っているかは別なのよ」
そんなのはどうでもいい。クライブ様がキースを『先輩』と慕っているという事実が大切なのだ。慕っている人の言葉なら聞く耳を持つかもしれないじゃないの。
「慕ってくれる後輩に、一国の王の伴侶になるためにはどんな心構えが必要か、教えてあげるのは先輩であるキースの役目じゃないの! 無知は罪なのよ! クライブ様の欲望が暴走した責任は本人にしかないけれど、一言でも良いの。忠告くらい出来たでしょう⁉」
「無茶言うな。俺だって寝耳に水だったんだ。てっきりクライブの絶望的片想いだとおもいきや、突然の『嫁』呼ばわりだぞ! 俺だって心臓がひっくり返りそうになったに決まっているだろうが⁉」
「……絶望的片想いって……、酷いぃぃぃい、ぜんぱぁぁあい」
酷い、間違いなくとてつもなく酷い言い方である。だが、私だってクライブ殿の『嫁』がエルだと知っていたら、同じように思っただろう。だが、うっかり納得して叱責する気持ちを削がれている暇はないのだ。
「ん、んんっ。ま、あれです。絶望的片想いが成就したのは喜ばしいですが!」
それは横に置いといて。
「まずは無責任な行動をしたご自分を反省なさい。そして、これから自分に何が足りないのか、何を学べばいいのか、しっかり考えなさい。それが『嫁』を守ることに繋がります。本能に任せた短絡的行動や思考は今すぐ焼却してしまいなさい。よろしいですか、クライブ様!」
「はぁい…」
「返事は短く!」
「はい!」
よろしい。全く、いい大人がメソメソしないの。ソレイユ君がシクシクしていたら、それはもう全力で慰めに入るけど、いい成人男性がメソメソしたところで鬱陶しいだけだ。
さて、だ。
「エル」
「ひぅ」
「……」
そこまで肩を跳ねさせなくてもいいじゃない。まるで親から叱られるのを待っていた子供みたい。もしくは悪者に捕らわれたお姫様…って、それじゃ、私が悪役になるじゃないの、冗談じゃない。
私は自分を落ち着かせるように数度の深呼吸を繰り返し、それからエルに向かい合った。
「エル、貴方は女性である前に一国の王です。此度まで婚姻については随分と我儘を通してきたのでしょう? では、なぜ正式な手順を踏まずにこのような事態になったのです?」
何か考えがあるというのなら聞かせてちょうだい。けれど、下手な言い訳だったらいらない。そう思いながらじぃっと見つめていると、先に目を逸らしたのはエルの方。後ろめたい気持ちがある証拠である。
「色恋沙汰に慎重すぎるくらいに慎重だったエルが、こんなことになるなんて考えもしなかったわ。まぁ、恋がそうさせたと言われたら、私には何も言えないけれど…」
それで身を滅ぼした人がいるのを、私たちが一番知っているのに。大きな溜息を吐きながら私は言った。
「今のエルたちの状況は、決して褒められるものではないのは分かっているでしょう?」
元王太子たちと同じ轍を踏むなんて愚かな真似をしてほしくはない。
「分かっておる。これは妾たちの過ちじゃ」
「そうね。でもその過ちの責を一番背負うのは、お腹の中の子供よ」
本来だったら子供を授かるとは喜ばしいことなのに、順番が違うだけで婚姻前にできた子供だと一生レッテルを張られるのだ。それはグレイシス家メイドのメアリも同じこと。でもエルたちと決定的に違うのは、メアリは平民であるということだ。
平民が婚姻前に孕むのと、貴族しかも一国の王が婚姻前に子を孕むのは、比べものにならないくらいに次元の違う話だ。後に婚姻が成立するという経過が同じだったとしても、負う責任が大きいぶん、エルとクライブ様の間に生まれた子供は、責任が無いにも関わらず、とても大きな重圧を背負うことになるだろう。
「どんなに国が良くなるように尽くしても、恋愛すら自由にできんとは世知辛いのぉ」
「違うでしょ。問題はすり替えないの。今までだって婚姻をせっつかれていたのに、我が儘を通していたじゃないの。恋愛だってクライブ様とだったら、賛成の声こそなくとも大きな反対の声はなかったはずよ。元王太子の時とは違うもの。貴方が王であることと、そしてエルの婚姻と後継の存在を渇望されていたことを踏まえれば、十分に有利に動くことができたはずだわ。子を授かる順番さえ間違わなければ、ね」
「むぅ……」
ふてくされても、現実は変わらない。
「マーシャは喜んでくれんのかのぉ…?」
そろそろと私を見やるエル。いつもの唯我独尊ぶりはどこにいってしまったのか。
「馬鹿ね、本当に馬鹿」
そんなわけないじゃない。私が叱ったのは決して喜んでいないからじゃない。
「おめでとうって最初に祝福したでしょう。エルが大切に想える相手ができたのも、そして新しい命を授かったのも、嬉しいに決まっているじゃないの」
そんなの当然過ぎて、疑われるなんて思いもしなかった。
「最初から面倒な真似しないで教えてくれれば良かったのよ。好きな男性との子ができたって。どうしても守りたいから、力を貸してほしいって!」
それでも説教は免れなかったとは思うけれど。
「私はマイラ様の筆頭侍女でもあり、エルの心友でもあるんでしょ。喜んで協力するに決まっているじゃないの」
「そう、じゃの…」
「そうよ。本当に馬鹿なんだから。 王(・) 位(・) 争(・) い(・) なんて面倒事、はっきり言って得意中の得意よ。任せてちょうだい!」
まったくまったく、と私は肩を竦めた。