軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

英雄の出陣

静岡県静岡市葵区にある静岡県立総合病院。

もう診療時間は終わっているのだろう。

他の患者の姿もなく、通路は明かりがともっているがそれでも不気味だ。

俺は看護師さんと一緒に、ミルクの待っている家族用の待合室に速足で向かった。

言われていった場所にはミルクのお母さんの姿はなく、彼女が一人俯いていた。

泣いているのだろう。

俺は駆け足で彼女に駆け寄る。

「ミルク!」

「泰良っ!」

ミルクは俺に気付くと、泣きながら抱き着いてきた。

事情は電話で聞いた。

富士山のダンジョンから魔物の群れが出てしまった。

富士山のダンジョンの周囲は自衛隊がいて、直ぐに対処に当たろうとしたのだが、銃などの近代兵器は全く効果がなかった。

そのときちょうど外にいた探索者は牛蔵さんだけで、自衛隊の部隊は壊滅状態になった。

ちょうど富士山の山頂でダンジョン再突入の準備をしていた牛蔵さんは、自衛隊の皆を逃がそうと魔物の群れの中に単身で突撃した。

黒いダンジョンの外でも、その周辺でのみダンジョンの中と同じように動けるため、牛蔵さんは魔物相手に善戦した。

だが、一つ問題が起きた。

どこまでの範囲でダンジョンの中と同じように戦えるか、まだ検証が終わっていなかったのだ。

そして、牛蔵さんはダンジョンの効果のある領域の外に出てしまったらしい。

その瞬間、魔物にやられてしまった。

自衛隊員の人がなんとか牛蔵さんをこの病院まで運んできたそうだが、意識不明の重体で、かなり危険な状態らしい。

そのことをミルクとミルクのお母さんが知ったのは、二人が静岡についたあとだった。

その時、政府は魔物がダンジョンから出たことを公にする前に対処したかったらしい。

もっとも、魔物がダンジョンから溢れてから半日以上経過し、政府も隠し切れなくなったようで、その情報は公開されていて、テレビもSNSもその話題で持ち切りだ。

「落ち着け、ミルク」

「……落ち着けって…………泰良、どうやってここまで来たの!? さっき電話したばっかりだよね」

「知り合いに送ってもらったんだ。それより、牛蔵さんは? まだ生きてるよな?」

「う、うん。でもかなり危ない状態だって。さっきお医者さんが来て今夜が峠だって。お母さん、気を失っちゃって、私、一人じゃどうしたらいいかわからなくて――」

「まだ生きているのなら間に合う。これを持ってきた」

俺はそう言ってインベントリから一本の薬瓶を取り出す。

「牛蔵さんから貰ったD缶の中に入ってたんだ。これは英雄の霊薬っていうどんな怪我でも治すことができる薬だ。牛蔵さんに使ってやれ」

「え? それって――」

「いいから早く!」

「……うん! わかった! 行ってくる!」

ミルクが走っていく。

大丈夫、生きているのなら助かる。

あの薬はそういうものだ。

これで回復してくれ、牛蔵さん。

あんたにはまだまだ俺の目標でいてもらわないといけないんだ。

「今日はあなたに驚かされっぱなしよ。まさか、英雄の霊薬を持っているなんてね。しかも、値段の付けられない秘薬なのにぽんと渡しちゃうなんて」

ゆっくりと歩いてきてそう言ったのは姫だ。

彼女に無理言って、ヘリでここまで運んでもらった。

降りたばかりのタクシーの運転手を捕まえて、八尾空港まで移動して、そこで姫の乗ってきたヘリと合流し、さらに一時間。

どう説明したのか、病院屋上のヘリポートの使用許可まで取って着陸したのでミルクと電話をしてまだ一時間半くらいしか経過していない。

そりゃミルクも驚くよな。

「勿体ないなんて言うなよ?」

「牧野牛蔵は日本ランキング10位の探索者で、元プロボクサーだけあってメディアの出演も多いから人気も高いもの。彼に恩を売っておくのは悪いことじゃないわ」

「…………そうだな」

「助かるといいわね」

「ああ」

俺が頷くと、姫は待合室のテレビのスイッチを入れた。

途端に、激しい光が映し出され、戦闘の音が流れる。

とても日本の光景とは思えない。

魔物の群れが富士山をゆっくりと降りてきて、自衛隊が応戦している。

ヘリの中でも情報は見ていたが、戦況は芳しくない。

『魔物の進行は止まる様子はありません。自衛隊の攻撃が全く効果がありません』

『以上の地域に政府から緊急避難確保が発令されています。御覧の地域の方は指示に従って避難してください。従来の避難場所と異なります。従来の避難場所と異なります。避難場所は――』

『政府は在日米軍の派遣の要請を検討し――』

チャンネルを変えても、魔物のニュースばかりだった。

避難箇所が通常と違うのは、地震や台風と違って、学校の体育館に避難しても魔物相手だと効果は薄いからだろう。

自衛隊はなんとか近くの別のダンジョンに誘導しようとしている。

ダンジョンの中ならば、高レベルの探索者がいれば対処できる。

しかし、その誘導もうまいこといっていない。

このままだと人里に出てしまう。

避難は始まっているが、避難先が近くの避難所ではなく、かなり離れた場所になっているから避難もままならないはずだ。

逃げ遅れる人の数は多く、予想される被害の数は想像すらできない。

「姫――もう一つ頼みがあるんだが」

「聞くだけ聞いてあげる」

「あの魔物の前に俺を送ることってできるか? ど真ん中じゃなくて、少し離れた場所に下ろしてくれるだけでいい」

俺がそう言うと、姫は目を吊り上げる。

「自殺志願者を仲間にした覚えはないわ」

「俺なら勝てる」

「ダンジョンの外だと剣術スキルも使えないし、魔法も使えないのよ。どうやって勝てるの」

「俺なら魔法を使える。イビルオーガを倒した魔法だ」

「泰良、自分が何言ってるかわかってるの? ダンジョンの外で魔法を使うなんて、ダディにだってできな………………本当なのね?」

俺は無言で頷いた。

どうやら姫は俺のことを信じてくれるようだ。

でも、彼女はまだ納得しない。

「相手はレベル50相当の魔物の群れよ? 泰良、イビルオーガだと1体が精一杯って言ってたわよね?」

「あれはダンジョンの中での場合だ。ダンジョンの外だったら一分に一体は倒せる」

「外の方が強いってどういう理屈よ……あぁ、もう。わかったわ。いますぐ行けるのよね?」

姫はそう言うと、どこかに電話をかける。

ネイティブな英語でかろうじて聞き取れる単語はあっても内容までは理解できない。

そして、話は終わった。

「いったい誰に電話したんだ?」

「いま魔物たちと自衛隊が戦ってるわ。少し離れた場所っていってもそんなところに行けるわけがない。だからこっちで手を打ってるのよ」

と姫が言ったら、今度は彼女のスマホに電話が掛かってきた。

即座に出る。

「押野姫よ。ええ、ええ、問題ないわ。いまから出発する。二十分で上空に到着するわ。かならず止めてあげる。こちらからの要求は、解決した人物について妙な詮索をしないこと。以上よ――オッケー、じゃあ現地に着いたら通信を入れるわ。これでいけるわね」

「いまのは?」

「防衛大臣よ。ダディから総理に連絡してもらったの。いまからヘリを飛ばすから攻撃するな。ヘリから降りた人間を攻撃するな。ヘリから降りた人間が魔物を倒してみせるってね。どうする? 顔を隠すもの用意する?」

「大丈夫だ、これがある」

俺はインベントリから変身ヒーローの仮面を取り出す。

英雄の霊薬と一緒に出たやつだ。

もしかしたら、今日、この日のために出たのではないのか? と思えるくらいピンポイントに使えるアイテムだ。

「これを着けると個人の認識ができなくなる。そういう魔道具だ」

「……凄いわね。目元しか隠していない変な仮面なのに、今まで話していた私ですら泰良だって認識できないわ」

「変身ヒーローっていうわりには服装も変わってないしな……」

「いつもと同じ服なのね。なんとなくいつもと違う気がするわ」

服まで違って見える?

それも変身ヒーローの仮面の効果なのか?

「問題は録画映像でも効果があるのかどうかだが」

「スマホ画面越しで見ても別人に見えるし、大丈夫そうね」

電波に乗せても効果があるのか。

だったらいけるだろう。

「屋上に行きましょう。ヘリのパイロットにはもう伝えたわ」

「ああ」

俺は牛蔵さんの無事を祈り、

「いってきます」

と一言告げて出発する。