軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

呼び捨てで

俺は契約書を凝視する。

生まれて初めて一言一句、裏の意味まで考えて契約書を読んだ気がする。

誕生日の日に兄貴に電話で言われたっけ。

お前も十八歳になったんだから、法的責任を持つ立場になった。

契約書にサインをするときはよく読んでからにしろって。

えっと、甲が俺で、乙が押野さんになるのか?

いや、他のパーティメンバーだから、押野さんと東さんの両方だな。

「押野さん、契約書って本当に必要なのか? これ読む限り罰則規定とかもなにもないけど」

契約書は非常にわかりやすく、結構シンプルな感じだ。

俺を嵌めようとしている感じはない。

「他のパーティに奪われないためよ。もしも他のパーティに違法な契約を結ばれそうになったときに必要なの。あなたたちを守るためよ」

「そういうことね」

もう一度読んでからサインをする。

判子とか拇印とかは必要ないらしい。

判子は日本だけの文化って聞いたことがあるから、きっとそのためだろう。

こうして、俺たち三人は無事にパーティ結成となったわけだが、最後にやる事が残っている。

「開封の時間ね! キューブ狩りはこれが一番の楽しみなの」

「私も楽しみにしていました」

トレジャーボックスはそのままだと手の平サイズの小さな箱だが、開けてみたら嵩張る。

中身が瓶に入っていたら割れないように運ぶのが面倒でもある。

インベントリに入れたら構わないんだけど、全部終わってから開けようって話になっていた。

今日、キューブ狩りで手に入れたトレジャーボックスは競争の分を含めても合計で42個。

そのうち30個以上は俺が手に入れたわけだが、分配は公平ってことで一人14個に分けることにした。

「壱野、本当にいいの? 報酬の分配はさっきの契約以降の話だから、あなたが33個開けていいのよ?」

「構わないよ。また狩れば30個くらいすぐに集まるし」

「それもそうね。あなたったら倒すたびにトレジャーボックスを手に入れるんだもの」

東さんがいますぐ開けたそうにうずうずしている。

どうやら俺が開けるのを待っているようだ。

てことで、まずは俺が開けてみる。

「配信クリスタルか」

「いきなり当たりね」

たしか、相場は10万だったっけ?

当たりの部類なのだろう。

東さんが開けると、中には薬瓶っぽいものが。

「これはなんでしょう?」

「薬は鑑定してみないとわからないわね。ただのジュースの可能性もあるし」

「解毒ポーションらしいぞ」

俺が言った。

詳細鑑定については伏せているが、鑑定が使えることは既に東さんに話しているので問題ない。

「壱野、あなた鑑定も使えるの? 本当に多芸ね」

「まぁな。とはいえ非正規の鑑定士だから、鑑定書は書けないぞ」

「十分よ。手に入れたものの正体がその場でわかるのはありがたいわ」

「相場は……3000円ですか」

東さんはスマホで相場価格を見て、露骨にガッカリした。

解毒ポーションは結構出るらしい。

食中毒なんかにも効果はあるらしいけれど、風邪などには効果はない。

ダンジョンができ始めたころはかなりの値段がしたんだが、各種製薬会社がこの解毒ポーションを元に同じ効果のある薬の開発に成功したため、結構値段も下がってきている。

「って、3000円でも凄いんですよね。金銭感覚がおかしくなります」

「高校生に3000円は結構大きいよね」

「本当ですよ。あ、今度は魔石が出ました。白なので5000円ですね!」

「こっちも白い魔石ね。トレジャーボックスから出る魔石はだいたい黒なんだけど……これも壱野の幸運のお陰かしら?」

「何が出てきても俺の幸運のおかげって言われそうだな。あ、こっちはポーションだ」

という感じで開封作業は一喜一憂のやや憂少なめで進んだ。

ここでまさか英雄の霊薬が出る――なんてことは流石になく、開封作業は終了。

一番高額なのは配信クリスタルでこれが4個出た。

あとはポーション系と魔石系。

全部換金したら合計で80万円程らしい。

一人27万弱か。

それらは押野さんが振り込んでくれるらしい。

「押野さんに手間賃とか払わなくていいのか?」

「問題ないわ。相場価格っていうのはそれで買い取っても利益が出る価格だもの。うちの会社の利益にもなるし、それを考えれば少し上乗せしたいくらいよ。それより、いい加減に姫って呼んでくれない?」

「いや、なんか恥ずかしいんだが」

「こっちに来てから男の子はみんなそういうのよね。日本人って奥手なのかしら? でも、名字だと目立つでしょ? 壱野が押野グループの庇護下であることを喧伝したいのなら構わないけど」

「……わかったよ、その代わり姫って呼び捨てにするぞ……いや、姫ちゃんの方がいいか」

「子ども扱いしてるでしょ。私の方がお姉さんなのよ?」

「悪かった。じゃあ、姫って呼ぶからな。俺も泰良で構わない」

「オッケーよ、泰良」

と呼び名が決定したところで東さんが急に立ち上がり、顔を真っ赤にして叫ぶように言った。

「わ、私もアヤメって呼んでください!」

「え? 東さんもっ!?」

女の子を呼び捨てにするなんてミルクくらいだったのにな。

正直、恥ずかしいからこのままがいいんだけど、ここで拒否すると姫を特別視しているみたいだ。

さらに、今後、姫とは別に、ミルクと一緒にパーティを組んでダンジョンに行くことになったら彼女だけ仲間外れになってしまう。

「わかった。アヤメさん……でいいかな?」

「アヤメって呼び捨てで……あ、でもアヤメちゃんも捨てがたいかも……」

「アヤメ、混乱してるわね」

いつのまにか姫も東さん――アヤメを呼び捨てにすることに決めたらしい。

「あなたたち、帰りはタクシーで帰る? なんならヘリを呼びましょうか?」

「呼ばれても降りるところがねぇよ。電車で――いや、タクシーを頼む。アヤメを家に送ってから駅に行くから一台でいいぞ」

今度は自転車を忘れないようにしないとな。

帰る途中に、お金が振り込まれてた。

契約書の用意といい、姫は仕事が早いらしい。

「一日で26万6000円……お母さんに話しても信じてくれなさそうです。詐欺にあったんじゃないかって心配されそうですよ」

「差し詰め俺は詐欺の親玉だな」

「そんな、壱野さんのことを詐欺師だなんて思ってませんよ! (王子様だって思ってます)」

なんかごにょごにょと言っているが、俺のことを信用してくれていると思っていいだろう。

にしても、結局、アヤメは俺のこと名前で呼べなかったな。

必死に練習していたんだけど、「タ、タイ、タイ……」

で止まってそれ以上言えなくなった。

男の子を名前で呼ぶのは彼女にはハードルが高かったようだ。

そしてタクシーはアヤメの家に到着。

普通のマンションだ。

「ありがとうございました、おやすみなさい。タ、タイ…………壱野さん」

「うん、俺の方こそありがとう。おやすみ、アヤメ」

「待ってください――」

とアヤメがスマホを操作し、

「もう一度お願いします」

「おやすみ、アヤメ……えっと、これでいい?」

よく聞こえなかったのだろうか。

「はい! (あとはこっちで編集しますから)」

まぁ、アヤメが満足そうにしているからそれでいいか。

アヤメを家まで送り届けた俺はそのままタクシーで駅まで送ってもらう。

一万円を超えるタクシー代に、やはり内心でビビリながらもD払いで精算。

ここまで来たら駐輪場の150円なんて目じゃないぜ――と思っていたら電話がかかってきた。

ミルクからだ。

通話ボタンを押す。

「よう」

『…………』

「ミルク、どうした?」

ミルクの反応がない。

だが、声が聞こえないわけではない。

彼女の息の音が聞こえた。

確かにミルクはそこにいる。

間違い電話の類でもなさそうだ。

タダ事ではないと思いながら、もう一度訊ねる。

「ミルク、大丈夫か!? いったいなにが――お前、どこにいる!?」

『お願い……お願い、助けて、泰良』

電話の向こうで彼女は泣きながら俺にそう言ったのだった。

『このままだとパパが死んじゃう』

牛蔵さんがっ!?

一体、何があったんだ?