軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

435.趣味趣向の夜

居酒屋領主館の喧騒を切り裂くように、一際高く、そしてどこか芝居がかった笑い声が木霊した。

「ほーほっほっほっほっほー! 見てくれ、これぞ英知の結晶! この後部に新型魔導ユニットを換装するのだ。そうすれば、あの『ウル・ヨルン号』にすら引けを取らぬ、次元を越えた推進力がこの手に……!」

テーブルの上に鎮座させた完成予想模型を愛おしげに撫でまわし、身振り手振りで熱弁を振るうのは、海賊公社のメリッサ・ストーン船長だ。

現在、『アビエラ・グレイス号』は改修という名の「魔改造」の真っ最中。その全貌を模した精巧なミニチュアを前に、彼女のボルテージは最高潮に達していた。

「……あー、あの〜。メリッサ船長。その話、私らが聞くのはこれで通算五回目なんだが。……いや、細かい修正を含めれば六回目か?」

向かいの席で、女騎士ミラ・カーライルが額を押さえながら深い溜息をつく。

己の先祖の船が至高の姿へと進化を遂げ、自分のモノになる――その歓喜は理解できなくもないが、今のメリッサはアルコールと興奮が絶妙にブレンドされ、少々「キマって」しまっているようだ。

「おい、ラルフ……。聖教国の司教から、あの船の模型を譲ってもらえないかと、儂のところにまで打診が届いておるぞ。あれは非売品なのか?」

いつもの定位置であるカウンターの端で、冷酒を嗜みながらホタテの刺身を突いていた「お忍びの国王」が、面白そうに首を傾げた。

「あ、いえ、普通に売ってますよ。ほら、あそこに」

ラルフが投げやりに指差した先。壁には一枚の品書き――否、広告が躍っていた。

『1/50 アビエラ・グレイス改 ―― “Phantom Pulse”モデル木造模型 特装版』

「あっ、マジだ! 本当に売り物なのかよ!」

「いや待て、値段を見ろ。金貨十枚だぞ……正気か!?」

「完全受注生産だってよ。……だが、気になる。その『特装版』ってのは、一体、なんなんだ?」

酒場のあちこちから、船好きの客たちの垂涎と困惑が混じった声が上がる。

十枚の金貨といえば、ちょっとした家財が揃う金額だ。

どよめきを煽るように、ラルフが声を張り上げた。

「特装版は模型本体だけじゃない! かつての伝説、ジェームス・ストーン船長から現代のメリッサ船長へと至る、海賊公社の血脈を綴った豪華装丁の『ファミリー・ヒストリー』。さらに、このためだけに醸造された特注ワイン『キャプテン・ストーン』の白がセットだ!」

「なっ……歴史資料と酒まで付くのか!?」

「……それなら、妥当な……いや、むしろ安いのか?」

「ううむ、歴史的価値を考えれば、後で化けるかもしれんぞ……」

"付加価値"という名の魔力に、客たちの財布の紐が目に見えて緩んでいく。

そこへ、ラルフがさらに追い打ちをかけた。

「ちなみに、『ウル・ヨルン号』も近々予約開始の予定だぞ」

その瞬間、ガタンッ! と椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ちがった影があった。

先ほどまで模型を愛でていたはずのメリッサが、獲物を狙う猛獣のような眼光でカウンターへと詰め寄る。

「ら、ラルフ様……! 今、ウル・ヨルン号と言ったか!? あれも出るのか? いくらだ、いくら出せば手に入る!?」

「え? いや、メリッサ。お前、自分の船の模型があるだろ。ウル・ヨルンも欲しいのかよ」

「当たり前だ! あの大海原を共にした名船……愛着がないはずがなかろう! ぐぬぬ、物欲が、物欲が止まらん……!」

メリッサの瞳が、ぐるぐると渦を巻く。

すでに彼女の脳内では、白銀のアビエラ・グレイスと、漆黒のウル・ヨルンが並び立つ光景が完成しているのだろう。

「わかった、わかったから落ち着け。数日中に予約を受け付けるから。……ったく、新しい趣味に目覚めるのはいいが、破産するなよ?」

「ウォォォォォォォォ! 稼ぐぞぉぉぉ! 私の自室の祭壇に、二隻の伝説を並べて、毎晩それをおかずに極上の酒を飲むのだ!」

もはや海賊船長としての威厳はどこへやら、彼女は新たな「沼」へと勢いよくダイブしていった。

「ちなみに、もっと手軽な『1/144スケール・組み立て塗装式モデル』も試作中だ。こっちは庶民的な価格にする予定だから、腕に覚えのある奴は期待しててくれ!」

ラルフの宣言に、今度は一般の客たちが沸き立った。

「なに、自分で組み立てるのか? 面白そうじゃねえか!」

「俺、塗装には自信があるぜ。自分専用のカラーにしてやる!」

未知のホビーがもたらす熱狂が、酒場の空気を塗り替えていく。

だが、その狂騒を冷ややかな視線で見つめる影が一つ。

いつの間にかラルフの隣に立っていたダンジョン・マスターのスズが、彼の袖をクイと引いた。

「な、なんだよ、スズ。お前も予約したいのか?」

ラルフが胡散臭そうに横目を向けると、スズは無表情のまま、氷のような声で囁いた。

「ラルフ。私は、意図的な飢餓感で購買意欲を煽るようなやり方は、どうにも好かないわ。それはマーケティングではなく、ただの『転売ヤーへの餌付け』よ。市場の健全性を、目先の完売御礼と引き換えにする不健全な商売だわ」

スズの脳裏には、かつての世界で幾度となく目にした「限定」「抽選」「予約終了」という忌まわしき文字列がフラッシュバックしていた。

転売目的の買い占めにより、本当に欲しい子供たちの手に届かない不条理。

彼女の言葉には、深い怨念にも似た苦味が混じっている。

「おいおい、声がデカいって。前世で子供たちの夢を支えた業界最大手を敵に回すような真似はやめろよ」

ラルフは周囲に聞こえないよう声を潜め、大企業の損益計算書を代弁するかのような、 忖度(そんたく) に満ちた現実論を突きつけた。

「いいか、スズ。あの『バンなんとか』って企業だって、必死なんだよ。金型の維持費、原材料の暴騰、物流コストのパンク……。彼らは転売ヤーと戦ってるんじゃない。コスト高という名の、倒しても倒しても湧いてくる巨大なレイドボスと戦ってるんだからな!」

「……バン、なんとか? ああ、あの『Breaking』な舞台で、サングラス越しにメンチを切ってた……バン中村のことね?」

スズは視線を真っ直ぐに固定したまま、この世界には存在しないはずのネットミームを盾に、完璧なトボケ顔を披露した。

「おい! そのボケ、大丈夫かよ?! ……お前、絶対に確信犯だろ! というか、お前のエンタメ守備範囲、存外に広すぎるんだよっ!!」

耐えかねたラルフの手が、ガシッとスズの頭部を鷲掴みにした。

そんなやり取りを余所に、酒場では早くも「模型の筆塗りに最適な塗料は何か」という議論が白熱し始めている。

「痛い、痛い! 暴力反対!!」

「アウトローなコンテンツ嗜んでるクセに! 何が暴力反対だ?! コラッ!」

この世界に、新たな 趣味(ホビー) という名の文化が深く、そして熱く根付いていく。

そんな、少しだけ騒がしい夜のひと時だった。