軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジゼルの想い

ヤニックは淡々と話すロランの言葉に寒気がした。大変な惨事が起きてしまうと、微かに震える手を握りしめロランを見た。ロランはヤニックの様子を見て静かに笑い出す。

「フフフ、ヤニック、震えるほどのことでもない。バリエとニコラ?伯爵家?いらないだろ?」

ロランはそう言って視線を外しお茶を一口含んだ。ヤニックはロランの静かなる怒りに返事ができない。ロランを中心に周りの空気が張り詰め、一ミリでも動けばこのギリギリなる均衡が崩れてしまう気がし、生唾を飲み込んだ。ロランはその状況を気にすることもなく、何かを思い出したように顔を上げヤニックに言った。

「あ、すまないがランスロットに連絡してくれないか?作家のリカルドを今からジュベール本宅に連れてきてくれと。もちろん正装姿で」

ヤニックはロランの言葉に頭を下げる。だか内心は動揺した。ロランが何を考えているのか全く見当がつかない。だが、ロランがそう言うなら従うだけだ。それは力関係で従うわけではない。信頼しているからだ。

だが、気になることがある。バリエ伯爵家、バリエ伯爵はジュベールと良好な関係を築いている。無くしても困るわけではないが、問題児の娘だけを標的にし、家門は脅すだけが最適だとヤニックは考えた。これは執事として主人へのアドバイスだ。

「……ふむ、なるほど。では令嬢には死にたくなるほどの後悔をさせながら、生かすことにしようか」

ロランはそう言って瞼を閉じ、ヤニックはロランに頭を下げ部屋を出ていった。

「恐れ入ります。……わ、私の事は何と言われようと批判は甘んじて受け止めます。反論もございません。けれども、ベルトラン様の品位を下げる発言はどうかおやめ下さい。ベルトラン様はそんな方ではございません。先ほどの発言をお取り消しくださいませ」

ロランは口元に手を当てた。ジゼルが、あのジゼルがベルトランの名誉の為に口を開いたのだ。

(信じられない。ジゼル!その言葉……どれほどの勇気が必要だったのだろう)

ロランの胸が熱くなる。あのジゼルが令嬢達に立ち向かったのだ。心が震える。

(ジゼルを誤解していたのかもしれない)

ジゼルは全てを諦めているように見えた。だが、そうじゃない。自立しようと、自分の足で立とうとしているのだ。だが、ジゼルが言った言葉は令嬢達に揉み消されるだろう。

このアーティファクトがなければ誰にも知られず消えてゆくジゼルの言葉と想い。

「まぁ震えてらっしゃるわ!」

「ご自分を棚に上げ怒りを向けるとは悪女の名に相応しいわ」

「私たちはベルトラン様を侮辱するつもりはございませんわ。あなたが侮辱させているのよ?わかる?」

「あなたの存在がすべての原因なの」

ロランは顎を引き奥歯を噛む。ジゼルの勇気をバカにする令嬢達。

揉み消され消えゆく言葉。

(ジゼル自身が、私に愛されていると知らない中で令嬢たちに立ち向かった覚悟、ジゼルは全てを失う覚悟であの言葉を口にしたのだ!)

その事実を見たロランは目の奥が熱くなった。これほどまでに心を打つ言葉があるのだろうか?

(ジゼルが震えながら口にしたその言葉、絶対に消さない!!)

「皆さんもうおやめになって」

(この声はシャルロット!!)

「皆さんがわたくしを心配し心を寄せてくださる気持ちは本当に感謝いたします。けれども、この方を困らせてはなりません。わたくしと同じく辛い思いをされています。ロランも同じように苦しんでおります。愛のない結婚は誰をも不幸にする。けれどこの結婚が終わった時、皆幸せになれるのです。全てが片付いたらロランとわたくしは結婚し、この方は不慣れな場所に来る必要もなく、悪女という呼び名は いずれ(・・・) 人々から忘れ去られ 一人(・・) 幸せに向かって歩んでゆけますわ……だからそのような敵意は要りません」

「シャルロット!!!」

ロランはシャルロットの言葉に我慢ならず声を上げた。忌々しくも不快な言葉の数々、どれほどジゼルを馬鹿にすれば満足するのか。

シャルロットの闇はあまりにも深く醜い。どれほど美しい容姿をしても、その醜さは隠しきれない。

「キャア!」

「シャルロット様?!」

(……シャルロットが、転んだのか?)

「この悪女!!……シャルロット様!!お怪我はございませんか?!!……この悪女に押し倒されたのですか!!」

(マリエットの声!!)

ロランは伝わってくる緊迫感に息を呑む。ここから事態は急変する。

「シャルロット様!!」

「大丈夫です。わ、わたくしが自分で転びましたのよ」

「シャルロット様、悪女を庇う必要はありません!こんなに震えてらっしゃるのに……。シャルロット様を押し倒そうとするとは!!」

(シャルロットがジゼルを庇い、マリエットがジゼルを悪役に仕立てる作戦か!)

ロランは両手を握りしめる

「シャルロット様が背中を見せた時に悪女が押したのよ!そうじゃなければ何も無いところで倒れるはずがありませんもの!」

(ローズ・ニコラ!)

ロランは大きく息を吸い込んだ。

「やはり悪女だ」

「背を向けたシャルロット様に対し危害を加えるとはジゼル・メルシエは死罪だ!」

「優しくお声をかけてくださった姫様に対し鬼畜の所業だ!」

ジゼルの背後にはシャルロットを崇拝する若い令息や令嬢が集まっている。

(……お前達がジゼルを取り囲んだのか)

「こんな女死んでしまえばいいのに!」

ジゼルの背後にいた女が叫んだ。

「シャルロット様と同じ目に遭うがいい!!」

その隣に立つ若い男アルマン・ニコラがジゼルの背中を思いっきり足で蹴り倒した。

ガッシャーン!!!

ロランは目の前のティーカップを手で払いのけ立ち上がる。その音を聞いたヤニックは慌てて部屋に入りロランを見た。ロランは顔色を変えず静かに天井を見上げている。だが、その瞳は青い炎を宿し、行き場のない激しい怒りはロランの体を震わせている。そのオーラに邸宅内の窓ガラスがビリビリと震え始める。このままではこの屋敷にいる者まで危険に晒す。

「ロラン様!!落ち着いてくださいませ!!ここにはジゼル様もいらっしゃいます!」

ヤニックは慌ててロランに話しかける。

ロランは『ジゼル』という言葉に反応し、ヤニックを見て笑い始めた。

「……フフフ、ヤニック、バカみたいだと思わないか?こんな、こんなくだらないことで……ジゼルが……ジゼルが傷つけられて、怪我を……私の顔を見て、ほっとしたように涙を、こぼし……」

ロランは言葉に詰まった。怒りを抑え込むように両手を強く握る。

許せない。許すことなどできない。

守ることができなかった自身に対する腹立たしさと、ジゼルをこんな目に遭わせたシャルロット達に対する憎悪がロランの心の闇に火をつけた。ダークネスドラゴンはロランの闇とともにある。

ジゼルに関する怒りはダークネスドラゴンに直結し、ダークネスドラゴンはロランに召喚されるのを待っている。

『その怒りは私の怒り。ロラン私を召喚するのだ』

ロランは頭の中に響く声に黙って頷く。

「ロラン様。このヤニック、ロラン様について行きます。どうぞお好きなようになさってくださいませ」

ヤニックは怒りで震えるロランの心中を察し、言った。

「……ありがとう、だが、怒りにまかせ また(・・) 全てを消したりはしない。けれど、二度とジゼルを馬鹿にできないよう、手を出そうだなんて、微塵にも想像できないよう、ジゼルが受けた仕打ちをきっちりと返すのが夫である私の 役目(礼儀) 。だから私は、ダークネスドラゴンが召喚できる唯一の人間……そう思わないか?」

ヤニックは黙ってロランの言葉に頭を下げた。ロランの怒りと悲しみがヤニックにも伝わる。

(ロラン様はこの後ジゼル様が受けた屈辱を返しにゆく。おそらく大変な事態になる。だが私は何が起きようともロラン様を支えよう)

ヤニックはメイドが持ってきた着替えをロランに渡し静かに部屋を出ていった。そしてヤニックと入れ替わるようにジゼルが部屋に入ってきた。