軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アーティファクト

医者を見送ったエミリーは部屋に戻り片付けをしていた。先ほどはロランの圧に押しつぶされそうになったエミリーだったが、ロランの新たな一面に驚きもあった。あの冷たい主人が、何事にも心を動かすことのなかったロランが感情を露わにする姿を初めて見たのだ。エミリーはロランの変化に驚いた。そしてロランが抱いている感情にエミリーは気がつき始めた。

「エミリー、汚れたドレスを着替えさせろ」

ロランはそう言ってジゼルを見た。ジゼルは治療が終わりほっとしたのかエミリーに優しく微笑み立ち上がった。エミリーはジゼルを支えゆっくりと歩き出す。

ロランは窓辺に移動し、これからのことを考え始めた。まず、何が起きたか把握する為、ジゼルのドレスからアーティファクトを回収する。

「あの、ロラン様、」

ジゼルが声をかけてきた。ロランは振り返りジゼルを見る。

(何か言いたいことがあるのだろうか?)

ただ、思い詰めた表情を浮かべ話しかけてきたジゼルを見てロランは片眉をあげ、首を傾けた。普段のジゼルならこんな風に話しかけてこない。しかもこの状況で話しかけてくるとは、余程のことなのだろう。だが、今のジゼルに必要なのは休息だ。それにゆっくりと考える時間も必要だとロランは感じた。どんな話であっても受け止めてあげたい。

(ただ、私の元からいなくなること以外なら)

ロランは口籠るジゼルを見つめた。血と涙の跡が痛々しい。代わってあげることが出来たら……ロランは眉間に皺を寄せ言った。

「……血と涙で汚れた顔は見たくない」

何一つ落ち度のないジゼルがこんな姿になってしまった。その原因はロランにある。自分自身に腹を立てても仕方がない。仕方がないと言って済ましてきた結果、ジゼルが怪我をした。

ジゼルは寂しそうな表情を浮かべロランに頭を下げた。その様子を見てロランは手を握りしめた。

(……情けない)

ロランは部屋を出てゆくジゼルの後ろ姿を見つめた。背中を蹴られた衝撃でリボンに付けたアーティファクトが落ちそうになっている。

(本当に情けない。全て私の責任だ。ジゼル……すまない……)

ジゼルの弱々しい後ろ姿を見たロランは唇を結んだ。

ロランはジゼルが出て行った後、閉まったドアを見つめながらヤニックを待った。アーティファクトをエミリーが回収し、ヤニックに渡し、それをロランが受け取る。

(冷静でいられるだろうか)

ロランはアーティファクトに記録されている内容を見ることに不安を感じた。

(そこに記録されている真実に私は冷静に対応できるだろうか?)

ロランは両手を握りしめた。

「ロラン様、回収してまいりました」

ヤニックがアーティファクトを持ってきた。

手の中に真実がある。

ロランは気持ちを落ち着かせる為、髪をかき上げ、ソファーに腰を下ろしヤニックが持ってきたお茶に手を伸ばした。喉が渇いている訳ではないが、複雑な感情に喉が圧迫される。唾液が飲み込めないような感覚にロランはお茶を口に含んだ。

(ジゼルが戻ってくる前に真実を見ておこう)

ロランはアーティファクトを手に握り魔力を注いだ。するとアーティファクトは緑色の光を放つ。ロランは瞳を閉じ頭の中に流れてくる映像を見始めた。映像はジゼルの背面のみだが声は十分に聞こえる。

想像どおり、メイド達はジゼルを大切に扱ってくれていた。その気持ちにロランの口角が上がる。ホッとするような温かい会話に緊張が解ける。その後、公爵家に移動し、古木に話しかけるジゼルの可愛らしさにロランは笑みを浮かべた。本当は二人で一緒に公爵家に行きたかった。そんな思いがロランの心に広がる。今は無理でもいつか必ずジゼルと共にあの古木を眺めたい。

公爵家に入ってからのジゼルの行動はロランも知っている。シャルロットと一緒にいたロランは複雑な思いがある。

(だが、今日でそれも終わった)

ロランは映像を見続けた。

ジゼルを認めた貴族達との穏やかな会話が続き安堵していたロランだったが、そんな時間は長く続かなかった。ベルトランとロランが居なくなった時、事件は起きたのだ。

「図太い神経をお持ちなのねぇ。ジゼル・メルシエ?聞いた事ない田舎の底辺貴族がジュベール公爵家に足を踏み入れるとは」

ロランは目を見開く。この声は赤髪のローズ、ローズ・ニコラだ。一気に怒りが吹き上がる。

「魔法が使えないって聞きましたわ。神に見放された人間と噂されていますのよ」

この声は黒髪の令嬢アメリー・バリエ。シャルロットを取り巻く令嬢達は親の地位も高い。だから彼女達からすればジゼルは底辺なのだ。だが、今ジゼルはジュベールの人間だ。これだけでこの二名を侮辱罪で訴えることも出来る。ロランは大きく息を吐く。

(だが、私はそんな生ぬるいことはしない)

令嬢達の悪口は続く。それを聞いているだけでロランは耐えられなくなった。眉間に皺を寄せ唇を噛む。血流が増加し、体が熱くなる。爆発しそうな怒りを、このざわめく気持ちを抑える方法があるならばいますぐに知りたい。

「ジュベールは彼女を認めておりません」

ロランはその声にハッとした。

(母上、なぜそんなことを……)

その言葉を聞いたロランは自分を見失いそうになった。

自分の母親がそんな言葉をジゼルに向けるなど信じたくなかった。冷や水を頭からかけられた気分だ。だが、これが現実なのだ。ロランは息苦しくなる現実に顔を歪めながら続きを見た。

ジゼルを見守っていた使用人がこの状況に危険を感じジゼルを連れ出そうとした。だが、シャルロットの前を通る通路しか空いていない。おそらくジゼルがこの場から逃げぬよう誰かの指示で通路を塞いだのだ。

(シャルロットの仕業だ!)

アドレナリンが上昇し、ロランの瞳に怒りの炎が灯る。シャルロットがジゼルを見逃すわけがない。この絶好の機会を作る為、侍女のマリエットを連れてきたのだ。

「ロラン様と全てが不釣り合いなジゼル・ジュベール様。誰も認めていないお可哀想な夫人」

アメリーのその言葉にロランは目を見開いた。ジゼルをジュベールの人間と呼びながら蔑むその言葉に我慢の限界を超えた。動悸が激しくなり、頭の中が怒りと憎悪に支配される。

(よくも!!!)

しかし、次の言葉にロランは息を呑んだ。

「サラ夫人を亡くしたベルトラン様をたぶらかす事は簡単でしょうけど、ロラン様は無理よねぇ」

この言葉はロランの妻であるジゼルと、ジュベール公爵家の偉人ベルトランを見下し侮辱する言葉だ。この言葉はジュベール公爵家一族を辱める言葉として受け止められても仕方がないほどの重い言葉。

(ローズ・ニコラ、その言葉はジュベールに対する宣戦布告と見做す。私も応えよう)

ロランは突如立ち上がり待機するヤニックを呼んだ。

「ヤニック、私のローブを持ってきてくれないか?戦闘用のものだ」

その言葉にヤニックの顔色が変わる。ロランの瞳は激しい炎に包まれている。長年仕えているヤニックもその瞳を見るだけで背筋が寒くなる。ロランは両腕を組み首を傾け、微笑みを浮かべながら青ざめるヤニックに言った。

「フフフ、ヤニック、心配するな。なんでもない事なのだ。ジゼルとお祖父様を、ジュベールを侮辱した家門を潰すだけ。誰にも異論は言わせない」