作品タイトル不明
すれ違う思い
夜、部屋に戻るとジゼルがソファーで本を読んでいた。
立ちあがろうとするジゼルに立たなくて良いと片手をあげる。
(……!?)
ジゼルの異変に気がついたロランは動きを止めた。
(ジゼルの目の縁が赤くなっている。泣いていたのか? 何が起きたんだ?)
ロランは閉めたドアを見た。
(エミリーなら事情を知っているかも知れない)
すぐに部屋を出ようとドアノブに手を伸ばそうとするが、思い直す。
今部屋に入ったばかりですぐに出て行くなど不自然すぎるからだ。
平静を装いながらも瞬時にあらゆる可能性を考え始める。
今日のドミニク王との会話、そしてジュベールとシャルロット。
(まさか!? 誰かがジゼルを脅したのか?)
一気に心が凍りつき、ロランの表情が変わる。
先手を打たれジゼルを泣かせたのならば絶対に許すことはできない。
(今すぐ出て行こうか? それとも、本人に……確かめてみるか?)
ロランは昂る感情を抑え冷静に考え始める。
ロランのテリトリーに外部の人間が足を踏み入れることは不可能だ。
だが、ジゼルは泣いていた。
(何が起きたかジゼルに確かめたい。その口から伝えてほしい。どうか泣いた 理由(わけ) を言ってほしい)
しかしジゼルはロランから目を逸らす。
踏み込んでほしくない、と言うようなジゼルの態度にロランの心が沈む。
ジゼルはなかなか心を開いてくれない。
もちろんそうなった理由はロラン自身にある。
シャルロットの策略、憎まれ蔑まれここにきたジゼルに浴びせた冷たい言葉。
撤回できぬあの言葉をロランは後悔している。
「あなたを愛することはない」
その言葉は今、ブーメランのようにロランに返ってきている。痛恨の極みだ。
心を開いてくれない現実に打ちのめされる。
このまま跪きジゼルに拒否しないでくれと、縋りつきたい。
だが、そんな情けない姿を見せるわけにはいかない。
どんなに悲しくともその心情を表に出すなどできない。
ジゼルの前では何の役にも立たない男のプライドだけが今のロランを支えている。
「……そのままで良い」
平静を装いジゼルに声をかけ向かいのソファーに座った。
しかしロランの視線はテーブルに固定されている。
ジゼルの目の前に腰掛け、ジゼルを見ないなど明らかに不自然だとわかっているが、再び拒否されたらと考えるだけで息が止まる。
(大魔法使いの私が唯一敵わない人)
心臓が不安に波打ち気分が悪くなるほどの緊張。
だが、このまま引き下がるわけにはいかない。
(今度は心配している心情を眼差しに込めよう)
ロランは覚悟を決めジゼルを見つめた。
ジゼルと視線が交差する。
その瞬間ジゼルの瞳は悲しみに曇る。
ジゼルはゆっくりと目を逸らし握りしめた手元を見つめてしまった。
顔を見られたくないのだとわかる。
だが、なぜジゼルが泣いたのか、ロランは知りたい。
悲しいことがあったのなら話してほしいと思っている。
しかしロランに心を許していないジゼルが悩みや心のうちを相談するなどありえない。
それを突きつけられた現実にロランの心は打ちのめされくやしさに奥歯を噛んだ。
ジゼルは何を思ったか、徐に額の傷に触れた。
ガーゼが取れたその傷は赤く膨れ上がっている。
傷は前髪で隠せるが、心の傷は隠せない。
ロランの胸に痛みが走る。
あの日助けてあげられなかった後悔がずっと心につきまとう。
ジゼルは傷に触れ、涙を滲ませた。
(やはり、額が痛むのか?)
一瞬そう思ったが、それは違うとわかった。
ジゼルは泣いた理由を言いたくなくわざとそうしたのだ。
そうしてまで頼ろうとしないジゼルを見てロランも泣きたくなる。
(なぜ、うまくいかないのだろう?)
埋まることのないジゼルとの距離。その現実は想像以上にもどかしく苦しい。
けれどジゼルが望むのなら、今は気付かないふりをしよう。
悲しい嘘を幾つ重ねたらジゼルの心に触れられるだろう?
「傷は?」
ジゼルの嘘を信じたかのように、軽く声をかける。
ただ真っ直ぐにジゼルを見ることができない。
顔にかかる髪を耳にかけながら話しかけるのが精一杯だ。
ジゼルは答えない。たが、ジゼルの顔を見る勇気が湧かない。
また目を逸らされたら、拒否されたら、そう思うだけで心が沈む。
しかし、このままではダメだと、気力を振り絞り微笑みを浮かべジゼルを見つめた。
「……はい、今触れたら多少痛みはありますが、大丈夫です。ありがとうございます」
ジゼルはいつも通り穏やかな口調で答える。
大丈夫、ジゼルがよく使う言葉。
(ジゼルは大丈夫じゃない。私にだってそれくらいわかっている。だが、その言葉を使われてしまうと、これ以上踏み込むことが出来ないんだ)
そして、ジゼルはこの距離感を求めている。
だが、一方で、心を開かないジゼルに対し腹立たしさも湧き起こる。
プライドの高いロランは自分が翻弄されている現実を受け入れきれないのも事実だ。
「……魔法が効かないのは命取りだな。お前よく今まで生きてこれたな」
つい拗ねたような口調でジゼルに当たってしまったが、すぐに後悔する。
意味のないプライドがジゼルの心をより一層冷めさせると気付いたが、もう遅い。
発した言葉は取り消せない。
自らの失態を悔やむようにロランはハラハラと顔にかかる髪を力無くかき上げた。
「あ、えっと……」
ジゼルはハッとした表情を浮かべ、口ごもった。
(ああ、私はなんと愚かな発言をしてしまったのだろう)
ロランは再び自己嫌悪に陥る。
(これほど愚かな男だったとは……)
ロランは顔にかかる前髪の隙間からジゼルを見ると、ジゼルは悲しげな表情を浮かべテーブルに置いてある本を見つめていた。
(このままではダメだ。何か言葉をかけなくては)
その様子を見たロランは咄嗟に声をかける。
「深く考える必要のない会話だ。答えなくても良い」
できるだけ穏やかに、優しく声をかけたが、既に手遅れだった。
その言葉にジゼルは体を強張らせる。
「……す、すみません」
消えそうな声で答える。
その弱々しい声を聞き、ロランは激しい後悔と自身への失望に心底うんざりした。
「ハァ」
ロランは深いため息を吐いた。
(なぜ守りたい、大切にしたいと思いながらも、ジゼルのそっけない態度に腹を立てるのだろう? これほどまでに感情をコントロール出来ないとは情けない)
忸怩たる想いに耐えきれなくなり席を立った。
ジゼルは黙ったままソファに腰掛けている。
今日起きたこと、ドミニク王、ジュベール、シャルロット。
あまりに多くのことを抱えてしまった。
それをジゼルに悟らせるわけにはいかない。ジゼルが心を開いてくれなくても、常に優しく接したいと思っているが、心を開いてくれない現実に動揺する。
(情けない。こんな気持ちではダメだ。できるだけ早く、ジゼルと出かけよう。気分転換が必要だ)
ロランは重苦しい部屋の空気を変えるように窓を開け夜風を入れた。
*
翌日、ジゼルが泣いた理由をエミリーに聞いた。
悲しい物語本を読んだ、とジゼルは言ったが、エミリーは首を傾げ否定する。
ただ、本当の理由は分からないと付け加えた。
泣いた理由を言わないジゼルの孤独に胸が痛む。
エミリーには引き続きジゼルの動向に注意するよう伝え、ロラン自身もジゼルと過ごす時間を増やそうと努力した。