作品タイトル不明
蛇のような女
ロランは城を出たその足で公爵家に向かった。
ドミニク王が言ったシャルロットの謝罪を受け入れたという真偽を確かめるためだ。
ロランが来ることを予想していたかのように父親のリオネルと母親のルィーズがロランを出迎えテラスに案内する。
「お父様、私がここに立ち寄った理由はご存知のようですね?」
ロランはそう言って紅茶を口に含む。リオネルはゆっくりと頷きロランに話し始める。
「ロラン、お前の気持ちはわかっている。私だってルィーズが同じ目に遭ったら到底許せないと思うだろう。だが」
ロランは黙って二人を見つめる。
「だがな、ジュベール公爵家と王家は深いつながりで成り立っている。ロラン、お祖父様と陛下との確執、国が分断される危機に陥った時民は動揺した。あれから数十年が経ちようやく国も安定し、ロランとシャルロット様の関係がどれほどこの国の民にとって希望となったか」
ロランは唇を結ぶ。リオネルは何も知らない。大魔法使いと魔力の無い娘が抱える大きな責任を知らないからそんな発言ができるのだ。
「五ヶ月が終わればロランは自由になれる。その時に、冷静に考えてみたらどうだ? シャルロット様は世間知らずな所があるのは認める。それにやり方もよくなかった。だが、それはロランへの想いがあったからこその過ちだった」
ロランは深いため息を吐き、リオネルに言う。
「お父様、今のお話は私の意思とジゼルに対する感情が一切汲み取られていないことにお気づきではありませんか? それに私は大魔法使いです。大魔法使いは魔力の無い娘のために存在する。お言葉を覆すようで申し訳ありませんが、それが延いてはこの国のため、民のためとなるのです」
ロランは二人を見つめる。
(なぜこれほどシャルロットを推すのだろう?)
ロランは両親の気持ちがどこに向かっているのか全くわからない。
不可解な表情を浮かべるロランを見てルィーズはロランを諭すように話しかける。
「ロラン、全く会いにこない、挨拶にも来ない嫁に、社交活動も出来ない嫁に愛情をかけられるほど私たちはできた人間ではなくてよ? それに比べシャルロット様は毎日謝罪のために神殿に向かい、その帰りにはここに立ち寄ってくださっている。今も……」
「ロラン……」
「!?」
ロランは背後から現れたシャルロットを見て驚きのあまり声が出なかった。
(なぜここにいるんだ!?)
シャルロットの登場に戦慄が走る。しつこく絡みつくシャルロットの性質にロランは心の底から湧き出す嫌悪感を表情に出した。
この場から去ろうと立ち上がり歩き出そうとしたロランの腕をシャルロットは掴む。
ロランは目を見開き拒絶の意思を込めその手を払い退ける。
「アッ!」
その反動でシャルロットがよろめく。
「ロラン!! シャルロット様になんてことを!! 自らの罪を反省しここまでしてくださるシャルロット様を許さないなどあり得ません!!ジュベールはシャルロット様を許したのですよ!!」
ロランの態度を見たルィーズは烈火の如く苦言を呈し、ロランはその言葉に堪えきれない怒りを爆発させる。
「お言葉ですが、ジゼルがここに来れない理由を考えたことがありますか!? 悪女だと言われ、嫌われ、結婚式にも来なかったお二人に、ジゼルを認めないと言った母上に合わす顔がないと、そう考える娘です。けれど全ての元凶はここにいるシャルロット!! それを許す? 元凶がここにいて、被害者を責めるなど私には到底考えられない!!」
「うっ、ロラン、ごめんなさい」
ロランの言葉を聞いたシャルロットは涙を流し始めルィーゼは立ち上がりシャルロットに駆け寄った。ロランは目の前で繰り広げられる異様な光景に絶句する。
(シャルロットは完全にジュベール公爵家に入り込んでいる)
ルィーゼは両手で顔を覆うシャルロットの肩を抱き慰めている。その様子を見たロランはこれ以上話しても無駄だと判断し歩き出した。
「ロラン!! 今ジゼルは聖女様だと民から慕われ、受けた仕打ち以上の名声を得たわ。すでに被害者ではないの。大魔法使いとしてその使命を終えたら魔力の無い娘を保護する理由はなくなるわ。そうなった時、この国に必要なのはなんなのか、考えなさい。ロランはそんな立場なのよ!!」
ルィーゼの言葉にロランは立ち止まる。きっと何を言っても理解してもらえる可能性は低いだろう。それほどまでにシャルロットは両親の心を掴んでいる。
シャルロットにしてやられた現状に両手を握り締める。
全てはシャルロットの手の上にあるのだ。
まるで毒蛇のようにロランにまとわりつくシャルロット。じっくりと首を絞められるような感覚。
(この蛇のような女からジゼルを守れるだろうか?)
不安が胸をよぎる。
ジゼルはロランの生きる意味。ジゼルを守るためにドミニク王の提案を受け入れても良いかもしれない。さすればシャルロットをジゼルから、ジュベールから遠ざけることができる。
ただ、両親の気持ちが変わる保証はない。
提案を受け入れ、ジュベールから除籍する選択もある。
ジュベールではなくなったロランにシャルロットが執着することはないだろう。
ジュベールを出てもロランは生きて行けるだけの財はある。この先もこの国がジゼルを排除しようとするならば、ジゼルと国を出ても良い。
ジュベールの名を捨てる!
ロランは決心し、再び歩き出した。
「ロラン! 待ちなさい!!」
ルィーゼが去っていくロランを追いかけようとする。
だがロランは移動魔法を使い姿を消した。
*
ロランはマグノリアの丘に行った。
久しぶりのこの場所はいつでもロランを優しく迎えてくれる。
「……疲れた」
ロランは自ら発した言葉にハッとし、ため息を吐く。
誰にも吐けない本音。ジゼルの前では頼れる人間でありたい。それ以外の人間には弱みを見せたくない。だけどここだけはそんな自分を曝け出せる。
ジゼルとの結婚が決まった時、この丘から夕陽を見た。あの日は自分のことだけを考え見た夕陽。そして今、大切な人をどう守ればいいのか守り切れるのかそんな不安を抱え見る夕陽。
ジュベール公爵家との不和、ジゼルに悟られるわけにはいかない。自分のせいだと去っていってしまう可能性がある。今は何も語らず、悟られないように。全てが整ったらジゼルと共にここに来よう。
ロランはマグノリアの花に触れた。マグノリアはロランの思いに応えるようにその芳香を漂わせる。
全てが整いここで、この場所でジゼルに全てを打ち明けよう。
どうかその日まで、マグノリアよ、私を見守ってください。
ロランは初めてマグノリアに祈った。マグノリアはロランの願いを受け入れたように優しく揺れた。