作品タイトル不明
第4話 鬼柴田、史料が少なすぎる
前回、徳川将軍が大奥で事故る話をしました。
事故。
ええ、事故です。
徳川将軍が、大奥のどこでお手付き……もとい、正室・側室以外の女性と事故を起こしたか。
そんなものまで史料で追えてしまう江戸時代。
歴史学、容赦がありません。
そしてワンコさんは思いました。
江戸時代、史料が多い。
本当に多い。
将軍のお風呂事情まで追えるくらい、多い。
では、戦国時代はどうでしょう。
ここでワンコさんがぶつかったのが、柴田勝家公でした。
柴田勝家公。
言わずと知れた、織田家の重臣。
鬼柴田。
瓶割り柴田。
無骨な猛将。
頑固。
不器用。
融通が利かない。
そんなイメージで語られることの多い方です。
ワンコさんも、最初はそういう印象を持っておりました。
戦場で強い。
とにかく強い。
腕っぷしが強い。
武骨で、豪快で、情よりも軍略や武勇で語られる人。
そういうイメージです。
ところが、調べようとすると、ここで壁にぶつかります。
史料が少ない。
本当に少ない。
いや、もちろん柴田勝家公に関する史料が何もない、という意味ではありません。
あります。
安堵状。
感状。
書状。
連署状。
領国支配や軍事、政治に関わる文書は残っています。
勝家公が越前でどのように支配を行ったのか。
どのように土地を安堵したのか。
どのように褒賞を与えたのか。
どのように織田家重臣として動いていたのか。
そういう部分を知る手がかりはあります。
けれど。
ワンコさんが知りたかったのは、そこだけではありませんでした。
柴田勝家公という人が、どんな人だったのか。
家族とどう向き合っていたのか。
家臣たちにどう接していたのか。
妻に対してどういう顔を見せたのか。
日常ではどんな言葉を使ったのか。
怒った時、笑った時、困った時、何を考えたのか。
そういう、人間としての部分です。
そして、そこになると、一気に見えなくなります。
史料が少ない。
本当に、少ない。
江戸時代なら、将軍がお風呂で事故ったことまで追える場合があるのに。
戦国時代では、あれほど有名な柴田勝家公ですら、家族関係や内面、日常の姿は見えづらい。
この差は、とても大きいです。
このあたりは、豊臣秀吉公と比べると分かりやすいかもしれません。
秀吉公は、女性たちに宛てた手紙なども残っています。
もちろん、それだけで秀吉公のすべてが分かるわけではありません。
手紙に書かれた言葉が、その人の本心をすべて表しているとも限りません。
相手に見せる顔。
立場上の言葉。
その場の都合。
そういうものも当然あります。
けれど、それでも。
誰にどんな言葉をかけていたのか。
どんな距離感で接していたのか。
どんな気遣いをしていたのか。
逆に、どんな癖や人間味が見えるのか。
そうしたものを考える材料が、比較的残っているわけです。
つまり、同じ戦国時代の有名人物でも、史料の残り方によって「見える顔」がまったく違います。
秀吉公は、手紙から人となりを考える余地がある。
けれど勝家公は、政治や軍事、領国支配に関わる文書は残っていても、家族や女性たちに向けた言葉、日常の顔、内面をうかがえる材料がかなり少ない。
この差は、とても大きいです。
史料が残っている人は、後世の人間がその人の人間味に触れやすい。
史料が残っていない人は、分かりやすいイメージだけが残りやすい。
だからこそ、勝家公について考える時、ワンコさんはどうしても思ってしまいます。
本当に、後世に伝わる「鬼柴田」「無骨な猛将」という顔だけだったのだろうか、と。
もちろん、戦国時代にも史料はあります。
手紙もあります。
日記もあります。
寺社の記録もあります。
公家の日記もあります。
商人や宣教師の記録もあります。
けれど、それらは当然、残ったものだけです。
残らなかったものは読めません。
焼かれたものは読めません。
戦乱で失われたものは読めません。
敗者側の家にあったものは、そもそも残りにくい。
そして勝家公は、最終的に敗れた側の人です。
賤ヶ岳の戦いに敗れ、北庄城でお市の方とともに最期を迎えた人。
豊臣秀吉公が勝者となっていく歴史の中で、勝家公は負けた側に回りました。
勝てば官軍。
負ければ、語られ方も変わります。
もちろん、だからといって「勝家公の史料は全部消されたのだ!」と断言したいわけではありません。
そこまで言えるだけの材料を、ワンコさんは持っておりません。
ただ、歴史学科で史料の残り方を学んだ身としては、どうしても思ってしまうのです。
敗れた側の史料は、残りにくい。
残ったとしても、後世に伝える価値があるものとして保存されにくい。
その人の内面や日常や、家族とのやり取りのようなものは、なおさら残りにくい。
だからこそ、後世に残った人物像だけが一人歩きしやすい。
鬼柴田。
無骨な猛将。
頑固者。
そういう言葉は分かりやすいです。
とても分かりやすい。
けれど、分かりやすい人物像ほど、怖いものもありません。
本当にその人は、それだけだったのでしょうか。
ある時、ワンコさんは柴田勝家公の残した文字を見る機会がありました。
現存する手紙の文字です。
その時、ワンコさんは驚きました。
とても繊細な字だったのです。
ワンコさんの中にあった「鬼柴田」のイメージとは、少し違いました。
もちろん、字が繊細だからといって、その人の性格すべてが分かるわけではありません。
筆跡だけで人柄を断定するのは危険です。
それはそれで、歴史学科の人間としてやってはいけないことです。
けれど、思ってしまいました。
この人、本当に「ただの無骨な猛将」として括っていい方なのだろうか。
戦場で強かった。
それは間違いないでしょう。
鬼柴田と呼ばれるほどの武将だった。
それも間違いないでしょう。
けれど、その一方で、あの繊細な文字を書く人でもあった。
ならば、勝家公の中には、後世に伝わる「無骨な猛将」という言葉だけでは拾いきれない何かがあったのではないか。
そう思ったのです。
歴史上の人物は、よく一言でまとめられます。
豪傑。
智将。
名君。
暴君。
悪女。
猛将。
裏切り者。
英雄。
分かりやすい言葉です。
便利な言葉です。
けれど、人間は本来、そんな一言で片づくものではありません。
ましてや、史料が少ない人物ならなおさらです。
残っている史料が少ない。
後世に作られたイメージが強い。
勝者側の歴史の中で語られてきた。
そういう人物ほど、私たちは気をつけなければならないのだと思います。
もちろん、ワンコさんは歴史研究者ではありません。
歴史学科は卒業しましたが、専門は江戸時代初期の法制史です。
武家諸法度とは仲良しでしたが、柴田勝家公の専門家ではありません。
なので、ここで書いていることは、学術的な断定ではありません。
あくまで、歴史を学んだことのあるワンコさんが、史料の残り方や人物像の作られ方を見て感じたことです。
ただ、それでも。
どうしても思ってしまうのです。
柴田勝家公は、もっと色々な顔を持っていた人だったのではないか。
無骨なだけではなく。
頑固なだけではなく。
戦場で強いだけではなく。
不器用で。
情が深くて。
言葉は少ないけれど、人を見る目があって。
家族を大切にしようとする人だったかもしれない。
妻に対して、不器用なりに優しい人だったかもしれない。
家臣たちに対して、厳しくも面倒見のよい人だったかもしれない。
そういう部分が、史料に残らなかっただけかもしれない。
そう考える余地が、戦国時代にはあります。
もちろん、これは危ういことでもあります。
史料にないからといって、何でも自由に作っていいわけではありません。
歴史を扱う以上、史料に残っていることは大切にするべきです。
分かっていること。
分からないこと。
後世の編纂物にあること。
一次史料で確認できること。
推測にすぎないこと。
創作として広げていること。
それらは、できる限り分けて考えるべきです。
けれど、分からないからこそ、物語が生まれることもあります。
史料の空白。
そこには、何もなかったわけではありません。
ただ、残らなかっただけかもしれない。
誰かが書かなかっただけかもしれない。
書かれたものが失われただけかもしれない。
後世に価値がないと思われて捨てられただけかもしれない。
あるいは、敗者側の記録として残りにくかっただけかもしれない。
その空白に、「もしも」を差し込む。
それが、歴史IFを書く面白さなのだと思います。
ワンコさんが柴田勝家公を書く時、いつも思うのはそこです。
史実そのものを再現するわけではありません。
史実を無視するわけでもありません。
残っている史料を見て。
後世のイメージを見て。
その間にある空白を見て。
「もしも、この人にこういう一面があったなら」
「もしも、史料に残らなかった家族の顔があったなら」
「もしも、鬼柴田と呼ばれた人が、家では不器用な夫であり父だったなら」
そう考えながら書いています。
もちろん、これは史実の断定ではありません。
あくまで創作です。
戦国IFです。
でも、ワンコさんは思います。
歴史には、残ったものがあります。
そして、残らなかったものもあります。
勝者側の記録があります。
敗者側の沈黙があります。
語られた人物像があります。
語られなかった顔があります。
その全部を考えた時、柴田勝家公を「無骨な猛将」の一言だけで終わらせるのは、少しもったいない気がするのです。
鬼柴田。
確かに、そう呼ばれるほど強かった人なのでしょう。
けれど、その鬼は、本当にただ怖いだけの鬼だったのでしょうか。
戦場では鬼。
でも、家族の前では不器用な人。
言葉は少なくても、ちゃんと見ている人。
豪快なだけではなく、繊細な部分も持っていた人。
そんな勝家公がいてもいいのではないか。
少なくとも、史料の空白には、そう想像する余地がある。
ワンコさんは、そう思っています。
江戸時代のように、将軍のお風呂事故まで追えるほど史料が多い時代もあります。
同じ戦国時代でも、秀吉公のように人間味の見える手紙が多く残っている人物もいます。
一方で、勝家公のように、有名武将でありながら人間としての姿が見えにくい人物もいます。
史料が多ければ、生々しいところまで見えてしまう。
史料が少なければ、後世のイメージだけが強く残ってしまう。
どちらも、歴史の怖さです。
そして、どちらも、歴史の面白さです。
ワンコさんにとって柴田勝家公は、まさにその「史料の空白」を強く感じる人物でした。
だからこそ、書きたくなったのです。
鬼柴田と呼ばれた人の、史料には残らなかったかもしれない顔を。
次回は、歴史創作を書く時にワンコさんが気をつけている「史実・通説・本作独自設定」の分け方について、もう少し具体的にお話ししようと思います。
史実と創作。
考証と物語。
その間で、ワンコさんは今日も頭を抱えております。