作品タイトル不明
26.長期休暇に突入
先日のテストが返却された。予定よりも出来が良かったのは例の勉強会の成果だろう。
心配していたグレンも赤点を免れた様で「お前らのお陰だ!」と、私とセイジ様を同時に抱きしめようとしてきたので速やかに屈んで回避をした。
その結果、避け損ねたセイジ様のみが熱い抱擁を受ける事となり、たまたま近くを通りかかったユーナさんに何かしらの誤解を与える構図となっていた。少しだけ同情する。
ともかく、テストが終われば王立学園は長期休暇だ。
休暇中も寮は機能しているけれど帰省する生徒がほとんどであり、私も家へと戻っていた。
「只今戻りました、お父様」
「おぉ、クリステラ。元気にしていたか?」
執務室では父が机の前に立ち書類を眺めていた。
「学園はどうだ?」
「特に問題は無く過ごしています」
「そうか。…誰か…親しくはなれたか?ご令嬢や……その、…ご令息と」
なんとも歯切れの悪い言い方をしている。ふと例の不良生徒や生徒会副会長の顔が頭に浮かんだけれど、そんな関係じゃないとすぐに首を横に振った。
「残念ながらどなたとも」
「…そうか…。やはり…」
言葉の続きは聞こえなかった。少し俯いた父は複雑な表情をしている。
確かに隠れる様に地味に過ごせとおっしゃっていたけれど、父はそこまで不安に思っていたのだろうか。
だとすると定期的に送っていた手紙にウィル様の事を書かなくて正解だったかもしれない。
「旦那様、そろそろお時間です」
「あぁわかった。クリステラ、詳しい話はまた夕食の時に聞こう」
そう言いながら父は上着を羽織った。
「お出かけですか?」
「あぁ、その……ローリング卿のところに。少し、な」
やはりすっきりしない言い方だ。何故だろう、私と視線を合わせないようにしている気がする。
少し気にはなったけれど「いってらっしゃいませ」と見送った。
それにしても侯爵家のローリング様の所に何をしに行くのだろうか?
不思議に思いながらも父が去った執務室を後にした。
―――
次に向かったのは姉の部屋。
ノックをすると姉付きの侍女が出てきて、すぐに部屋に通してくれた。
ボルドーを基調とした部屋の中央に立つ女性が私のお姉様だ。鮮やかな青色のドレスを纏い、姿見の前で確認をしているところだった。
私の方を見て愛嬌ある笑顔を向けてくる。
「クー!お帰りなさい」
「只今戻りました。…式のドレスの確認中ですか?」
「そうよ。青ってどうかしら?似合う?性格がキツそうに見えない?」
少し釣り目でハッキリした顔立ちの姉は、父親譲りの艶やかな赤髪と相まって性格のきつい派手な美人に見られがちだ。
本当は心優しく可愛らしい物が大好きな彼女なので、きつく見られる事を気にしている様だった。
「似合ってますよ。綺麗です」
「そう?なら良かった…。
調整ももう終わるから、この後一緒にお茶しましょう」
はい、と返事をすると姉は仕立て屋によってドレスを締め上げられ苦しそうな声を出していた。
大変そうだなとその姿を眺めて待つ事にした。
―――
今日は日差しも柔らかく風も穏やかだったので、外でお茶をする事となった。
「結婚式の準備って大変だわ」
「もう半年後ですからね」
「あっという間ね。他のドレスも間に合うのかしら。
うふふ、貴女も数年後には同じ様な事するのよ」
姉の言葉に飲んでいたアイスティーを吹きそうになった。それに気づいた様子もなく姉は続ける。
「貴女なら淡い色のドレスも似合いそうね。ふんだんに花とレースで飾るのも素敵だけど、小さい宝石を散りばめるのも良いわね。きっと妖精みたいな可愛らしい花嫁になるわ!」
「…結婚、ですか…」
人との対話から逃げている様な私に結婚なんて出来るのだろうか。
夢見る乙女の様に空想に花を咲かせる姉を見ながら、ストローで氷をかき混ぜる。
「反応が悪いわね?」
「……私には相手がいませんので…」
「まだ学園生活序盤じゃない。運命の出会いはまだまだこれからよ」
「終盤になっても見つかる気がしませんが…」
苦々しく呟くと、姉は「そんな訳ないでしょう」と胸の前で腕を組んだ。
「貴女みたいな可愛い子なら普通にしてても引く手数多でしょう?」
対人能力が一定以上ある姉の言う『普通』とは何だろう。少なくとも私の学園生活は『普通』では無いのだろう。
思わず半眼で 黄昏(たそがれ) ていると、姉は何かに気づいた様に勢い良く身を乗り出してきた。
「まさか…本当に地味に過ごしてるの!?」
「………お…お父様の言いつけですので」
「何言ってるのよ!あんな意味不明な言いつけなんて守らなくて良いのよ!」
目立たぬよう地味に隠れて過ごしなさいと入学前に父に言われた際に、目の前で興奮する姉はもちろん、母も兄達も猛反対だった。
父を除く4人から、言いつけなんて気にするなと学園に入るギリギリまで言われていたけれど、これ幸いと言いつけに従ったのは私なわけで。結果は御覧のとおりだ。
「地味に隠れてたら恋人はおろか、友人だって作れないわよ。貴女はただでさえ人と付き合うの苦手なんだから」
「下手に近づいて相手を怒らせてしまうよりマシかと…」
「簡単にそんな状況にはならないわよ!それに、そんな事言ってたら1人寂しく卒業よ。女は卒業するまでに婚約してないと行き遅れ扱いされるわよ!」
「…ううぅ…」
姉の勢いに言葉が返せない。
確かに、女性の結婚適齢期が18~23歳と言われている今の時代、令嬢は学園卒業までに婚約を決める事がほとんどだ。
そして女性が学園内外問わず誰とも婚約せずに卒業することは稀で、もし自分の娘が行き遅れてしまった場合には、その家族は相手探しに躍起になるとかならないとか…。
ちなみに男性の結婚適齢期は18~30歳と幅広いので、卒業後に若い女性を探す男性は多々いる。焦らされなくて羨ましい限りだ。
「…もしかしてお父様、すでにクーの相手を学園外で探してるんじゃないかしら?」
「そんなはずは…」
「いえ、それでもまずはクーが動かなくちゃ!学園に素敵な人はいないの?確か第2王子が同じ学年よね。でもそれは高望みしすぎだから、誠実でまじめで、ユーモアがあって、あぁ貴女を大事にしてくれる事が一番で……」
「あの…」
「あまり家柄が釣り合わないと苦労するから、下位ないし中位くらいで…」
「………」
結婚願望のない私としては売れ残っても良いと考えているのだけれど、興奮する姉にその想いは届かず、この先2時間は椅子から離れられなくなったのだった。